第1話 朝の通学路で疑ってみた
高校へ入学して一週間。
人生で初めて彼女ができた。
ただし相手は、俺のことを好きでもなんでもない。
恐らく陽キャがやる陰キャへの惨い虐めだ。
その証拠を掴むため、俺は学校一の美少女――秋月フユと付き合うことにした。
***
付き合った翌日。
俺は通学路に立っていた。
厳密には秋月の家近くに。
ここで待ち合わせをして、一緒に学校へ行く。
そういう盲のやり取りを昨夜メールで行った。
あのデータは残しておかなければ。
いざという時、俺の武器になり得る。
それにしても――
「……遅い」
待ち合わせの時間は午前八時ちょうど。
既に五分は経過していた。
別に遅刻はしないけど……ハッ⁉ まさかカメラか? どこかで撮ってるのか? 俺の無様な姿を? それで別れた後、仲間内で『まだ甲斐甲斐しく待ってる。ウケる~』とか、一緒に笑って眺めるつもりだな。流石は主席合格者、そんなエグい作戦を練るとは。
俺は周囲を警戒しながら、秋月が来るのを待ち続けた。
そしてそれから数分後。ようやく秋月が姿を現す。
長い金色の髪を頭の後ろで一本結びにして。
必死に走りながら、こちらへやって来る。
……や、やるな。朝から激しく胸を揺らしての登校なんて。
で、でもあれだ。俺の意志は強固だからな。そ、そんなもので揺らぎはしない。
「ごめんなさい、夏陽君。ちゃんと約束したのに遅くなっちゃいました」
「気にするな。ここから歩いても十分間に合う時間帯だ」
俺は肩に掛けたスクールバックの紐をギュッと掴む。
ここからだ。ここから俺と秋月の本当の勝負が始まる。
「ところで秋月が時間に遅れるなんて珍しいな?」
俺は歩き出しながら、そっと秋月の方に手を伸ばす。
すると秋月が目を丸くしていた。
「……どうしたんですか?」
「いや、鞄を持とうと――」
「だ、大丈夫です‼ 鞄ぐらい自分で持ちますから‼」
か、鞄を持つことを拒絶しただと⁉
明らかに怪しい。妹や親友の彼女なら、自分から『持て』と脅すはずなのに。
もしかして鞄に何かあるのか? 俺に見られたらまずいもの……計画書か‼
「秋月。悪いことは言わない。大人しく鞄に隠しているものを出せ」
「ど、ど、どうしてわかったんですか⁉」
「そんなの雰囲気でわかる」
俺が両手を伸ばして、『陰キャ失恋計画』的なものの登場を待っていると。
ズッシリとしたものが、俺の手のひらに置かれた。
それは風呂敷に包まれており、仄かに美味しそうな匂いが漂っていた。
「も~う。夏陽君には隠し事ができませんね」
「これは……」
「はい。夏陽君のために作ったお弁当です‼」
OBENTOだと⁉
弁当。それは俺にとって科学兵器である。
『――お兄ちゃん、お弁当だよ』
『パクッ』
『――ママ‼ お兄ちゃんが息してない‼』
あれ以来、妹の料理は何一つ信頼してない。
なんて恐ろしい兵器を持ち出して来るんだ。
「そ、その……夏陽君のことを考えて。愛情をたっぷり込めました‼」
秋月がハニカンで答える。ついうっかり、俺がときめきそうになるほど可愛い笑顔で。
しかし、そこで俺はあることに気づく。
ここがウチの生徒も通る道だということに。
そんなところで学校一の美少女が手作り弁当進呈。
目撃した生徒からマッハで噂は広まり、放課後のトイレでリンチ大会。
それから俺は不登校になり、灰色の青春を送り続けることに。
……なるほど。これが秋月の本命の作戦だな。
「嬉しいよ、秋月の料理が食べられるなんて」
ここは素早く弁当を回収。
それで戦線を離脱するのが正解だ。
多勢に無勢。民衆を味方につけられた場合、俺に太刀打ちできるはずがない。
「じゃあ、早く学校に行こうぜ」
俺は弁当を鞄に仕舞い、秋月の隣を歩き出す。
車道側を俺が。反対側を秋月が。
すると何故かだ。何故か秋月が嬉しそうな顔をした。
まさかまだ何か仕掛けが――
「夏陽君は優しいですよね」
「はい?」
予想外の言葉に俺は首を傾げる。
俺が優しいだって? この美少女は何を言っているんだ?
まさか俺の警戒を解くため、甘い言葉で俺の心を誘導するつもりか?
そんな手に乗るほど、俺の心は弱くない。
「そんなことはないさ。秋月の方が断然優しいだろ。いつも教室の花瓶の水を変えたり、休んでいるやつのためにノートを執ったり、他にもクラスにまだ馴染めてないやつに声を掛けたり。十分秋月の方が優しいやつだと俺は思うね」
秘儀逆おだて。相手に褒められた時、逆に相手を褒めることで相手を浮かれさせる。
俺が妹におだてられ、明らかに面倒なことを押し付けられそうな時に使う必殺技だ。
これで秋月のやつも冷静さを欠いて――
「……嬉しいです」
俯いて顔を真っ赤に染めていた。
それも顔から湯気まで出して。
「いつも夏陽君が見ててくれたなんて」
間違いない。俺が彼女を見ていたことに怒りを覚えている顔だ‼
確かに好きでもない相手に注視されて、嬉しがる人間なんて一人もいない。
秋月の本音を計算に含めるのを忘れていた。俺としたことがなんて失態だ。
「秋月――」
「キャッ――」
何とかフォローしようとして、秋月に手を伸ばそうとした。
するといきなり短い悲鳴を上げられてしまい、地味に傷ついた。
「ち、違うんです。い、今のは嫌とかじゃなくて。むしろその……触られたらと思うと嬉し過ぎて……だからその……ごめんなさい‼ 私、先に学校行きますね‼」
俺を置き去りにして、秋月が駆けていく。
俺はその後姿を眺めながら、ある革新を得る。
「俺に触れられるのを拒絶しただと?」
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