第18話 ヤンキーお嬢様の好きな人
弟や妹たちに夕飯を食べさせた後、アタシはいつもの部屋で頭を悩ませていた。
半年ぶりに使う布団と卓袱台しかない部屋。
そこには畳まれた制服と、机の上に広げられた勉強道具しかない。
でも今、アタシの心は手の中のスマホへ向けられていた。
画面に表示されてるのは、あるバカの電話番号。
いい加減にラインぐらい入れればいいのに。
「……ただお礼の電話をするだけじゃない」
それだけのことなのに、アタシは今悩んでいる。
きっとまだ忘れていないから。
あの時、あいつに言われた言葉を。
『なら通り名はドラゴンキャットな』
初対面の女の子に突然付けた最低なあだ名。それはとても、『集団作業とか無理』と言って、家庭科の調理実習を抜け出しているやつのセリフじゃなかった。さらに言うなら、この辺りでは一番の不良に掛ける言葉でもなかったと思う。現にアタシ、殴りそうになったし。でもあいつはその後、こう言葉を続けた。
『ドラゴンみたいに狂暴でネコみたいに自由だからな』
当時のアタシは、自由なんて言葉からかけ離れた場所にいた。
お父様の命令に縛られ、獣坂という家柄に縛られ、母の面影に縛られる。
そんなアタシをあいつは『自由』と評した。
正直、何も知らないクセに。と思った。
あの子が――アタシの親友が惚れているからどんな男かと思えば、ただの勘違い野郎。
初めてアタシは親友の――秋月フユの人を見る目を疑った。
でもあいつの魅力はとにかく見えづらい。
自分で意図的に隠しているとしか、思えない程に。
だからアタシもあいつの魅力に気づくのが遅れた。
『また暴れたんだって? 今度は他校の不良と――』
『うるさい。アンタには関係ないでしょ』
中学時代、アタシとあいつは一時期サボり仲間だった。
特にグループワークとかがある時、あいつは決まってアタシと体育館裏にいた。
『それよりもまたサボったの? アンタ、成績大丈夫なの?』
『足りない分はテストで賄うから問題ない』
『アンタ、理数系が壊滅的よね?』
『も、問題ない。国語に関しては学年総合二位だし』
『でも一位になったことはないわよね?』
『誰かさんの所為でな』
会えばいつも、お互いに憎まれ口を叩いて。
授業が終われば、あいつは呆気なく帰って行く。
でもアタシはその時間が嫌いじゃなかった。
『……お前、バカだろ』
ある日、アタシが片腕を包帯で吊っているのを見て、あいつはそう呟いた。
別にあいつとアタシは友達でもないのに。
『問題ないわ。こんなのただの掠り傷よ』
『……掠り傷ね』
『ヒっ⁉』
言いながら棒で軽く、アタシの腕を突いた男。
右腕に走る激痛にアタシは小さな悲鳴を上げる。
本当、昔から自分を陽陰者と罵りながらも、やることは常に恐れ知らず。
普通、怪我人の腕を棒で突いたりする?
骨は折れてなかったにしろ、ヒビは入ってたのに‼
『アンタね――』
アタシが文句を言おうとした時、あいつ――夏陽ハルは怖い顔をしていた。
とは言っても、顔はいつもの死んだ魚みたいな目。
ただ纏っている雰囲気がなんとなく、怖く感じた。
『――お前さ、自覚ある?』
『な、何がよ。この無敵の一匹狼、獣坂竜虎ちゃんに怖いものなんて――』
『お前は一応女の子だろうが。一生モンの怪我した後に後悔しても遅いんだぞ』
『そんなのアンタには関係――』
『ああ、関係ないな。ぶっちゃけ友達でもないし』
『なら――』
『でも知り合いだからな。そのお前が泣く姿は見たくない』
あの頃、アタシを心配するような人間はフユしかいなかった。
お父様はアタシが喧嘩に明け暮れても、家の務めを果たせば問題無しと判断し。
弟や妹たちとは、あの頃会うことを許されていなかった。
だからアタシを心配するのは、アタシの事情を色々と知るフユだけ。
そのはずだったのに。
『次に喧嘩で怪我したら、ウチの妹の激マズ料理の刑な』
その男は事情なんて何も知らず、アタシのことを心配してくれた。
だけど。
「アンタはアタシの親友が先に惚れた相手だから」
だから自分の気持ちに気づかないフリをした。
わかっていながら、見ていないフリをした。
でもたった一人にはバレていて。
『獣坂さんがハルを好きなのは知ってるよ』
その男の子はアタシの気持ちを知ったうえで、ある提案を持ちかけてきた。
『それでも僕は君が好きだから。僕が君のハルへの気持ちを忘れさせてあげる』
男の子の名前は獅子王レオ。
ハルが唯一、吊るんでいた男。
そしてアタシはレオとある約束をしてる。
『半年。高校へ入学して半年間で君の気持ちが消えなかったら、潔く別れるよ』
それがアタシとレオの約束。
だけどアタシは未だに夏陽のことを好きでいる。
そのことを、今日のあいつを見て再確認した。
だからお礼の電話をするのも一苦労で――
「勘違いされないわよね? でも……夏陽とフユはもう付き合ってるわけだし……」
この春、アタシの親友は遂に勇気を出して夏陽に告白をした。
聞いた時はアタシも驚いたけど、まさか夏陽が告白をあっさり受け入れるなんて。
別にフユに振られて欲しかったわけじゃないけど、それはそれで少しだけショックで。
「えい‼ ただお礼を伝えるだけじゃない‼ いつも通りにしてればいいのよ‼」
アタシは意を決して電話する。アタシの親友が好きな人で、アタシ自身も好きな人に。




