第17話 イチコロ
手早く関係各所の説得を終わらせたフユ。
俺が彼女を連れて帰宅した直後だった。
「フユさ~ん‼」
玄関にて、俺を突き飛ばしてフユに抱きつく少女がいた。
ムカつくことに俺の妹である。
「ハハハ。おかしいな。兄ちゃん今、すごく吹っ飛ばされた気がするよ」
「あれ? お兄ちゃん居たんだ? それよりもフユさん‼」
ちょっと華ちゃん。それは無いんじゃないの?
妹を溺愛するお兄ちゃんに対して、絡みが一瞬だけって。
「今日はフユさんに見せたいものが沢山あるんです‼」
フユに急かすように靴を脱がせた華。
どうやら、夕飯が遅くなった怒りはないらしい。
いつもこれぐらい温厚ならいいのに。
「お兄ちゃん。お兄ちゃんの部屋のアルバム――」
「勝手に人の部屋に入んな」
そこは丁重にお断りさせていただく。
そもそもなんであんなもの見たがるのか。
こういう陽キャの習性は理解に苦しむ。
そもそもだ。
「フユだって俺とは小中ずっと同じなんだぞ。今更アルバムなんて見たところで――」
「だからお兄ちゃんはモテないんだよ」
「ねぇ華ちゃん。今、無意味にお兄ちゃんの心を抉る必要あった?」
確かに十六年という人生の中で、モテたことなど一度もない。
今は彼女なんているが、その子も俺には全然好意を抱いていないだろうし。
俺としてはウチの親友、レオがモテるのが未だに謎だ。
「というわけでフユさん。こんなお兄ちゃんは放置して、華の部屋に行きませんか?」
「でもその……お夕飯の手伝いとか……」
「心配しないでください。ウチは兄が一人でするので」
「人と一緒に作る料理は落ち着かないだけだ」
それを理由に、中学の家庭科の授業もサボったことがある。
それどころか、中学の林間学校すら休もうとした。
それは流石に母ちゃんから鉄拳制裁を受けたが。
「なのでお手伝いは必要ありません」
「それでも……」
華に腕を引かれながらも、こちらを気にしている様子のフユ。
これは助け舟を出すべきなのだろうか?
俺としてはフユレベルの料理人なら、是非代わりに台所へ立って欲しいレベルだ。
俺の手間も省けるし、俺の見えないところでフユと華を二人きりにせず済む。
まあ両親にフユが気に入られる可能性もあるが、それは向こうも本意ではないだろう。
別に俺とマジで、付き合っているわけではないのだから。
ならば助けた方がプラスだな。
「そういえば、この前フユに弁当をもらったけど。すごく美味かったな」
突然の褒め言葉。それにフユがわかりやすく動揺していた。
その証拠に顔を俯かせ、ギュッと制服のスカートを掴んでいる。
流石はフユだ。恥ずかしがっている演技もバッチリである。
あとは華が、俺の想像通りの反応を見せてくれれば――
「まあお兄ちゃんよりは誰でも上手だよね?」
俺は無言のまま、軽く華の頭を叩く。
それに対して華が唇を尖らせた。
「事実なのに。別に叩かなくても……」
「お前が言うな。人を殺せそうな料理を作るくせに」
「そ、そんなことないよ。友達に手作りクッキーを配ったけど、誰も何も――」
「言えなかっただけだろうな。天国への日帰り旅行に行ってて」
「もう‼ そんなこと言うなら、今日は華がご飯作るから‼」
不味い。怒りに任せて色々と余計なことまで。
でも華より料理が下手なやつがいないのは真実だ。
というか、ウチで一番料理ができるのは今や俺だぞ。
「行きましょう、フユさん。華が料理の何たるかを教えてあげます」
「頼むから。食えるものを作ってくれよ」
「え⁉ え⁉ え~⁉ 私が料理をすることは決定事項なんですか⁉」
俺たち兄妹に巻き込まれ、自然と料理メンバーに確定していたフユ。
自分の望み通りとはいえ、こんな風にあっさりと決まるとは思わなかっただろうな。
それからフユは驚きつつも、成すすべなく華にキッチンへと連れて行かれた。
さてと。俺もたまには華の料理姿を観察――
「お兄ちゃん。入って来たら、今年のバレンタインデーはあげないから」
華が冷たく告げ、リビングのドアが勢いよく締まる。
それはないだろ、華。流石のお兄ちゃんも泣いちゃうよ。
だってさ。いくら地獄を見るほど激マズな家族チョコとはいえ、女の子からチョコを貰えるなんて、俺には一生縁のないことだろうし。その頃までには確実に、フユとの縁も切れているはずだ。あと俺にくれるとすれば……また板チョコじゃなくて、激辛カレールーを渡して来そうなヤンキーお嬢様のみ。というかあいつ、なんで彼氏のレオだけじゃなくて、俺にも渡して来るんだよ。義理だとわかっていても、色々とハラハラするんだよな。主に友情的な問題で。
「そういえば……」
俺はふと、そのヤンキーお嬢様のことを思い出す。
あいつは今日、あのアパートに泊まると言っていた。というか半年に一度は泊まりに行くらしい。本当、あいつの家族については未だに謎だ。別に知りたいとも思わないが、多少なりとも興味はある。足の小指ほどの興味が。あの様子だと、フユもレオも知っているみたいだし。知らないのは俺だけかよ。それはそれでなんか癪に障るんだよな。
リビングへ通じるドア。そのすぐ近くにある、二階へ上がるための階段。
俺はそこで頬杖を突き、料理の完成を待つことにした。
気分としては、期待半分処刑前の囚人気分半分だ。
しかもリビングの奥にあるキッチンからは――
『華ちゃん‼ それはちゃんと分量を量って――』
『大体で大丈夫ですよ。兄もいつもやってます。あとは他の調味料も適当に――』
『お願いだから私の話を聞いて‼』
『任せてください、フユさん。これでお兄ちゃんもイチコロです‼』
キッチンでの騒ぎを聞いて、俺は華に料理の手解きは絶対にしないと決めた。
というかイチコロって、ちゃんと『胃袋を掴む』的な意味で合ってるよな?




