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第16話 来る

 あの後、フユと一緒に竜の巣までソフトを送り届けた帰り道。

 俺の隣ではフユがおかしそうに笑っていた。


「ソフトちゃん、ハル君以上に辰虎ちゃんに懐いてましたね」

「俺がキャリーケースから出した瞬間、ダッシュで辰虎に飛びついたからな」


 恐らく一ヶ月の間、本当に大切にされてきたのだろう。

 一日や二日、一緒にいただけの俺が振られるのも無理はない。


「それよりもハル君。随分と辰虎ちゃんに気に入られてましたね」

「どういうわけか、昔から年下には妙に好かれるんだよな」


『ハル、また来てくれる?』


 いきなり呼び捨てだったしな。

 俺、あいつよりも明らかに大人なのに。


「言っておきますけどハル君。変な性癖に目覚めたら、本当に怒りますからね」

「変な性癖って……バカ言うな。俺がロリコンに目覚めるわけないだろ」


 仮にそんなものに走ったら、確実にそのタイミングで振られる。

 振られてロリコンの失恋少年の誕生だ。

 ……まさか新しい計画はそれなのか?

 いや、だとしたら俺に忠告はしないはず。

 するとしても匂わす程度、相変わらずこいつの考えは読めない。


「そもそも俺に好意を抱く人間なんてお前ぐらいだ」


 その人間もそういう演技をしているに過ぎないけど。

 つまりで俺を好きな人間はいないということだ。

 ……自分で言ってて虚しくなってきた。


「それよりも付き合わせて悪かったな」

「私が好きで一緒に来ただけですから」


 俺は元々、一人でソフトを返しに行くつもりだった。

 それなのにフユが『私も一緒に行ってもいいですか?』と尋ねてきた。

 断る理由も特になく同行を許したのだが、なんでこいつはいきなりそんなことを。


「……言っておくけど、送ったりはしないからな」

「大丈夫です。ハル君の性格は把握してますから」


 既に茜色に染まった空の下を俺とフユは歩く。

 カランコロン。カランコロン。付かず離れず。


「でもハル君の方こそ大丈夫ですか?」

「何がだよ?」

「ほら。名前を付けると愛着が沸くと言いますし」

「ハハハ。それは面白い冗談だな。名前を付けたぐらいで愛着が沸くなら、この世に虐待やネグレクトは存在しないだろ。名前はあくまでもただの記号だ。あの犬の名前だって、辰虎がもう少し捻ってくれるはずだ」


 それにしてもこいつは、そんなことのためについて来たのか?

 心配するところが明らかに的外れだ。

 不安視するなら、この後のソフトの生活だろう。

 あいつ、間違いなく悪さするぞ。

 顔がどう見てもお転婆だった。


「ハル君は本当に素直じゃありませんよね」

「男が素直になるのは、親にエロ本の隠し場所が見つかった時だけで十分だ」

「…………」


 俺の言葉にフユが足を止める。

 それどころか、表情が笑顔のまま固まっていた。


「……ハル君、明日はお休みですね」

「そうだな。何をして過ごすか毎週――」

「というわけで今日はハル君のお家にお泊りします」

「……何がというわけなんだよ」


 唐突なフユの宣言に俺は呆れた。

 今度は何を企んでいるつもりだ。

 俺の家にまで上がり、俺のテリトリーで。

 ……まさか華との密談か?

 確か二人はメル友。記憶媒体に残すとまずいやり取りを行うつもりか。

 ならここは断固拒否するべきだ。

 そんな取引絶対に認めてたまるか。


「断る。そもそも常識を考えろ。年頃の女子が男子の家に泊まるのは色々と問題が――」

「彼氏と彼女なので問題ありません‼」

「……お前、時々勇ましくなる時があるよな」


 確かに名目上、俺とフユは彼氏彼女の関係である。

 でもそれはどう考えても偽物で、誰が見ても吊り合っていない。

 さらに面倒なことに『俺の彼女』ともなれば、両親がバカみたいに騒ぐ。

 今から目に浮かぶようだ、親父の浮かれぶりが。

 それで余計なことを口にして、空気を気まずくする。

 昔からそういうことだけは天才だ。


「やっぱりダメだ。大人しく家に帰れよ」

「嫌です。ハル君のお部屋を調べさせてもらいます」

「調べる?」

「彼氏の性癖を知るのも彼女の役目ですから」


 堂々とすごいことを言われた。

 学校ではまずフユが言わないこと。

 こいつ、そういうところあるよな。

 俺の声をスマホに録音したりとか。


「というわけで華ちゃんにメールを」


 高速で自分のスマホを取り出し、華に何かを送信するフユ。

 その速さたるや文章作成から送信まで三秒程度。

 流石は昔から運動神経抜群だ。

 やっぱり昔、俺がプールで助けたというのは何かの誤解だろう。

 こいつがプールで溺れることなど、まずありえない。

 俺なら三秒ともたずに沈んでいくだろうが。


「これでハル君の御家族への御連絡は完了ですね。では次は私のお家に――」


 フユがスマホを弄り、今度はゆっくりと時間をかけて文章を作成する。

 まああの親父を説得するんだ。並み大抵の内容では響くことはないだろう。

 その間に俺も、家で一番良識がある母ちゃんに――


「はい?」


 俺がメールを作成しようとした時、高速で一通のメールが送られてくる。

 メールの差出人は『夏陽華』。恐らく、フユのお泊りに関するメールだろう。

 俺が送るよりも先に返事を寄越しやがって。

 でもいつも通りなら、母ちゃんが断固拒否するはずだ。

 あれでも一応、分別ある大人なのだから。

 俺は恐る恐るメールを開いてみた。

 すると、メールには悪魔の文章が。


『お母さんからで、華の部屋に泊まるならOKだって‼』


 この時、俺の希望が一つ経たれた。

 となると残す砦は――


「そ、その……お父さんからで。しっかりアピールして来るようにって……」


 まだ自宅と繋がったままの携帯片手に。

 フユが今更のように照れながら告げた。


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