第15話 小学生と話してみた
俺は皆がこっそりとこちらを見る中。
静かに辰虎の隣に座った。
竜虎と違い、茶色い髪の辰虎。
髪はややカールしていて、どこか竜虎以上にお嬢様的雰囲気を醸し出していた。
「……何から話したもんかな。とりあえず、あの白いやつは今ウチで預かってる」
「…………」
無反応。少しもこちらを見る素振りすらない。
となると一つ大嘘でも吐いてみるか。
「昨日この近くで拾ったんだがな。獣医に連れて行ったら、余命あと半月だと」
「……え?」
ようやくこちらを向いてくれた。
なんだよ、普通に可愛い顔してるじゃないかよ。
でも今ので俺の方を向いたってことは――
「心配か?」
俺は辰虎のブラウン色の瞳をみつめた。
竜虎は黒い瞳なのに、やっぱりここも違う。
やはり母親の違いが大きいのだろう。
「心配なら会わせてやる。ただし心配じゃないなら――」
俺は不安に駆られている小学生に対して、さらに追い打ちを掛ける。
彼女を精神的に追い詰めて、本音を吐き出させるために。
だから俺は自分が言われて、嫌なことを口に出すと決めた。
「お前の友達だった『ホワイト』。その思い出に関わるもの全てを捨てろ」
「そんなことできるはず……」
「できるわけないよな。でもお前はもう一つ既に捨てている」
強引な言い方だが、ソフトもホワイトとの思い出に関わるものだ。
それは確かに辛い思い出かもしれない。
俺だってシバタの死は、暗い思い出として自分の胸に刻んでいる。
だけど辰虎とホワイトの場合、そこには新しい始まりも転がっていた。
「見知らぬお兄さんが何を言うんだ? 的に思われるかもしれないけど、お前が捨てた最後のホワイトとの思い出。それもまた新しい思い出に続いてるんじゃねぇの?」
「…………」
小学生には少し難し過ぎたか?
でも詳細な説明をすると、別に響いたりもしないと思うんだよな。
ここからはなんて説明した方が――
「辰虎ちゃん。お姉さんもお話に混ざってもいいですか?」
俺が心の中で頭を抱えている時だった。
まるで助け船を出すように、誰かが辰虎の後ろから声を掛けた。
その陰に俺が視線を向けて見ると、そこには辰虎を優しく抱きしめるフユの姿が。
「初めまして辰虎ちゃん。お姉さんは辰虎ちゃんのお姉さんのお友達です」
「……竜虎お姉ちゃんのお友達?」
「そりゃあ困惑するだろうな。あんなガサツなやつに彼氏どころか、友達まで――」
俺が辰虎の緊張を解そうと、竜虎の話題を振ろうとした時だった。
後ろから何かが、俺の後頭部に飛んできた。
後ろを確認してみれば、そこにはおままごとで使いそうなしゃもじが落ちていた。
さらに遠くには鬼の形相で、ピッチングフォーム状態の竜虎が立っている。
間違いなく、後で殴られるな。
「ハル君は口下手ですから。私がハル君の言葉を解説しますね」
ニッコリと笑うフユ。
果たしてフユも本当に理解できているのか?
自分でももう少し言い方を考えるべきだったと――
「ハル君はこう言いたかったんです。確かにホワイトちゃんはもういません。ですが、その代わりにホワイトちゃんが残してくれた子犬。その子が確かにホワイトちゃんと辰虎ちゃんの絆を今も繋いでいると。そして子犬との新しい思い出は、きっと辰虎ちゃんの傷ついた心を癒してくれるはずです」
見事に俺の言いたかったことを、わかりやすく伝えてくれた。
しかもフユなりの補足も付け足したうえで。
確かに多少は俺を理解しているらしい。
それを考えると、今後はまた厄介になりそうだ。
ただでさえ振られる前に、嘘告白の証拠を掴まないといけないのに。
俺がフユの俺に対する理解力への対策を考えていると、辰虎がポツリと話し出した。
「でもあの子のことが大切になったら私、ホワイトのことを――」
「忘れるのが怖いか?」
俺は辰虎の声を聞きながら立ち上がる。
そのうえで辰虎を見下ろして言う。
「俺もだ」
それでも俺は笑って口にした。
「俺も未だに初めて飼った犬との思い出を忘れられない。だから未だに他の家族が認めても、他のペットなんて飼う気はサラサラない。お前と同じ理由だ。新しい家族に前の家族を塗り潰されるのが嫌だから。でもな、簡単なことなんだよ。単純に忘れなければいい。だからチビもホワイトも大切にして、ずっと憶えたまま新しい大切を増やして行こうぜ。その方がお前の大好きだったホワイトも、喜んで天国とか駆け回るだろ?」
ウチのジジイ犬は怒りも喜びもせず、ただただ眠り続けるだろうけど。
本当、いつも人のベッドで寝てばかり。
俺が声を掛けてもダルそうにこちらを向くだけ。
でも俺はその態度すらも嫌いじゃなかった。
たった二年一緒に過ごしただけでもこれだ。
ホワイトと生まれた時から一緒にいる辰虎。
彼女には俺以上に自分の愛犬の気持ちがわかるはずだ。
「で? お前の大好きだったホワイトはどんな顔してる?」
俺の問いかけに辰虎は胸の前でギュっと拳を握る。
それから畳の上にポロポロと、沢山の大粒の雫が零れ落ちた。
そして彼女は泣きながらも、笑って俺の顔を真っ直ぐ見て言う。
「……笑ってるよ。昔みたいにとっても素敵な笑顔で」
「ならそのホワイトのガキの面倒ぐらい、見てやらないとな」
「うん‼ その子が短い間しか生きられなくても――」
「あ、それ嘘だから安心しろ。むしろ元気過ぎて困ってる」
昨日の夜も俺の布団の上で小も大もやらかされた。
しかも一緒の布団で寝ている時に。
「もし元気過ぎて困ったら、俺に相談しろ。そんなときは散歩ぐらい付き合ってやる」