表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/29

第14話 推理する

 竜虎を先頭にアパートの中へ入ると。


「姉さん‼」


 玄関のすぐ近くを中学生ぐらいの男の子が歩いていた。

 その男の子はすぐ竜虎に気づいて、こちらへ近づいて来る。


「久しぶりね、虎太郎。辰虎はいるかしら?」

「……それがちょっとね。今、辰虎のことで皆が――」


 竜虎の弟が言い掛けた時だった。

 奥の部屋から複数の鳴き声と、怒鳴り声が聞こえていた。

 それを聞いて竜虎が慌てて靴を脱ぎ、アパートの中へと入って行く。

 それを追うようにフユとレオもアパート内へ。

 玄関に残されたのは、俺と虎太郎と呼ばれた男子中学生だけ。


「……騒がしくして悪いな」

「いえ。それよりもお兄さんですか? 姉さんの恋人って?」


 明らかに敵意が込められた視線を向けられた。

 竜虎シスコン説が俺の中で浮上していたが、この弟は弟でシスコンなんだろう。


「俺はただの友達? いや、知り合いみたいな感じだな。彼氏は別のやつだ」

「じゃあ、さっきの格好いい人が⁉」


 流石はレオ。初対面の男子中学生からも『格好いい』と評されている。

 それも相手が彼女の弟となると、家族内での評価はかなり上がるはずだ。

 しかしその弟と、竜虎の関係性はやや複雑そうではあるが。


「良かった。姉さんいつも、『夏陽ハルは最低だ』『夏陽ハルは最悪だ』ってばかり言うんですよ。だから外見も性格もすごく悪い人だと思って――」

「なんかごめんね」

「なんでお兄さんが――」

「俺がその夏陽ハルです」

「…………」


 俺の自己紹介を聞いて、弟君が押し黙る。

 その眼差しに再度敵意が宿る。

 あいつ、なんで弟に俺の話ばかりしてるんだよ。

 ちゃんと自分の彼氏の話をしろよ。


「初めて会った人に言うのもなんですが、夏陽さん――夏陽さん?」

「はいはい。夏陽さんですよ。夏の太陽と書いて夏陽さんですよ」

「やっぱり‼ もしかして夏陽華さんのお兄さんですか?」

「……そうだけど。なんでお前がウチの妹の名前を――」

「同じクラスなんです‼ それで夏陽さんにはいつもお世話になって――」

「あっそう」


 俺は敢えて興味が無さそうに返事をする。

 だが内心では静かに、虎太郎という名をブラックリストに刻み込んだ。

 ウチの妹に手を出そうものなら、竜虎と戦ってでもこいつを始末する。

 恐らく親父も喜んで協力してくれるはずだ。


「お兄さん。姉さんや夏陽さんから聞いてた通りの人ですね」


 あいつらが人様に、どう俺のことを伝えているかは気になるが、それよりも今は――


「ところでこの家で犬とか飼ってない。もしくは飼ってなかった?」

「ど、どうしてその話を⁉ まだ姉さんにも話してないのに⁉」


 俺の問いに虎太郎が驚愕する。その驚きようを見て俺は核心した。

 ヒントは庭にあった空っぽの犬小屋。


「ついでに子犬が行方不明になってたり――」

「……怖いっすよ、お兄さん。なんでそんなに――」

「あくまでも仮説と可能性の話だ。情報さえあれば、いくらでも仮説は立てられる」


 それと俺は断じて、お前の兄ちゃんじゃない。

 その呼び方も以後、断固拒否してやる。

 今回は急いでるから見逃してやるけど。


「それでその子犬の騒動に辰虎ちゃん? が絡んでるんだよな?」

「……はい。どうやら辰虎が犬をどこかに捨ててきたみたいで――」

「理由はわかってるのか?」

「恐らくウチで長年飼っていた『ホワイト』に関係していると」


 それがソフトの母親というところか。

 しかもその母親がいるべき犬小屋。

 その中身は殻で、犬小屋に書かれていた名前は意図的に削れていた。


「飼っていたってことは。もうその犬は――」

「先日、大変な出産がありまして……その時に」

「でも妹には話してなかったんだな。竜虎が言ってたぞ。嬉しそうに子犬の話をしてたって」

「あいつは家族の中でも一番、ホワイトと仲良くしていましたから」


 それを聞いて、何となくソフトが捨てられた理由に合点がいった。

 それに。


「辰虎ちゃんの年齢は?」

「小学五年生ッス‼」


 まだ小学生なら、多少やっても仕方がないことかもしれない。

 珍しく俺は寛容にそう思った。


   ***

 フユたちに遅れる形で、虎太郎と一緒に辰虎の下を訪れた俺。

 そこにはまだ半べそ状態の、幼稚園児や小学生たちが三人ほどいた。

 ただ一人、隅に座って壁の方を眺めている女の子を除いて。


「あれが辰虎ちゃん?」


 俺が指を差して確認すると、なぜか虎太郎が敬礼して首を縦に振る。

 流石、華大先生のカリスマ性である。バッチリと俺の評価も底上げしている。

 完全に妹の威を借るダメ兄貴だが、今回はその方が手っ取り早くて楽だ。

 それにしても、なんて声を掛けたものやら。

 六畳一間ぐらいの狭い畳アパートの一室。

 いつもは子供たちの遊びスペースなんだろう。

 床にはたくさんの玩具が転がっていた。


「夏陽。アンタ、辰虎に何かするつもり?」


 悩んでいた俺に声を掛けて来たのは、幼稚園児ぐらいの妹の涙を拭く竜虎だった。

 それ以外の二人――フユとレオも、それぞれ子供の相手をしている。


「ところでお前、事情は?」

「なんとなく聞いたわ。我が妹ながら情けない限りよ。飼い主として失格ね」

「それはお姉ちゃんとしての言葉だろ。俺も妹には偉そうなことを言うからわかる」

「……相変わらず面倒くさいやつ。それで? どうするつもりよ?」


 この状況においても、竜虎はただただ冷静だった。

 冷たくも暖かい眼差しを、部屋の隅に座る妹へ向けていた。


「……正直、あの子になんて言うべきかわからないのよ。あの子とホワイトは本当の姉妹みたいに育ったから。姉として何もできなかったアタシの代わりに、いつもあの犬が辰虎の側にいてくれた。だからアタシもあの犬には感謝してるのよ」


 きっと、だからこそわかるのだろう。

 妹が何を失って、今どういう気持ちでいるかが。


「……第三者のアンタに頼んでもいい? 動物のことならアンタが適任でしょ?」

「初めからそのつもりだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ