第14話 推理する
竜虎を先頭にアパートの中へ入ると。
「姉さん‼」
玄関のすぐ近くを中学生ぐらいの男の子が歩いていた。
その男の子はすぐ竜虎に気づいて、こちらへ近づいて来る。
「久しぶりね、虎太郎。辰虎はいるかしら?」
「……それがちょっとね。今、辰虎のことで皆が――」
竜虎の弟が言い掛けた時だった。
奥の部屋から複数の鳴き声と、怒鳴り声が聞こえていた。
それを聞いて竜虎が慌てて靴を脱ぎ、アパートの中へと入って行く。
それを追うようにフユとレオもアパート内へ。
玄関に残されたのは、俺と虎太郎と呼ばれた男子中学生だけ。
「……騒がしくして悪いな」
「いえ。それよりもお兄さんですか? 姉さんの恋人って?」
明らかに敵意が込められた視線を向けられた。
竜虎シスコン説が俺の中で浮上していたが、この弟は弟でシスコンなんだろう。
「俺はただの友達? いや、知り合いみたいな感じだな。彼氏は別のやつだ」
「じゃあ、さっきの格好いい人が⁉」
流石はレオ。初対面の男子中学生からも『格好いい』と評されている。
それも相手が彼女の弟となると、家族内での評価はかなり上がるはずだ。
しかしその弟と、竜虎の関係性はやや複雑そうではあるが。
「良かった。姉さんいつも、『夏陽ハルは最低だ』『夏陽ハルは最悪だ』ってばかり言うんですよ。だから外見も性格もすごく悪い人だと思って――」
「なんかごめんね」
「なんでお兄さんが――」
「俺がその夏陽ハルです」
「…………」
俺の自己紹介を聞いて、弟君が押し黙る。
その眼差しに再度敵意が宿る。
あいつ、なんで弟に俺の話ばかりしてるんだよ。
ちゃんと自分の彼氏の話をしろよ。
「初めて会った人に言うのもなんですが、夏陽さん――夏陽さん?」
「はいはい。夏陽さんですよ。夏の太陽と書いて夏陽さんですよ」
「やっぱり‼ もしかして夏陽華さんのお兄さんですか?」
「……そうだけど。なんでお前がウチの妹の名前を――」
「同じクラスなんです‼ それで夏陽さんにはいつもお世話になって――」
「あっそう」
俺は敢えて興味が無さそうに返事をする。
だが内心では静かに、虎太郎という名をブラックリストに刻み込んだ。
ウチの妹に手を出そうものなら、竜虎と戦ってでもこいつを始末する。
恐らく親父も喜んで協力してくれるはずだ。
「お兄さん。姉さんや夏陽さんから聞いてた通りの人ですね」
あいつらが人様に、どう俺のことを伝えているかは気になるが、それよりも今は――
「ところでこの家で犬とか飼ってない。もしくは飼ってなかった?」
「ど、どうしてその話を⁉ まだ姉さんにも話してないのに⁉」
俺の問いに虎太郎が驚愕する。その驚きようを見て俺は核心した。
ヒントは庭にあった空っぽの犬小屋。
「ついでに子犬が行方不明になってたり――」
「……怖いっすよ、お兄さん。なんでそんなに――」
「あくまでも仮説と可能性の話だ。情報さえあれば、いくらでも仮説は立てられる」
それと俺は断じて、お前の兄ちゃんじゃない。
その呼び方も以後、断固拒否してやる。
今回は急いでるから見逃してやるけど。
「それでその子犬の騒動に辰虎ちゃん? が絡んでるんだよな?」
「……はい。どうやら辰虎が犬をどこかに捨ててきたみたいで――」
「理由はわかってるのか?」
「恐らくウチで長年飼っていた『ホワイト』に関係していると」
それがソフトの母親というところか。
しかもその母親がいるべき犬小屋。
その中身は殻で、犬小屋に書かれていた名前は意図的に削れていた。
「飼っていたってことは。もうその犬は――」
「先日、大変な出産がありまして……その時に」
「でも妹には話してなかったんだな。竜虎が言ってたぞ。嬉しそうに子犬の話をしてたって」
「あいつは家族の中でも一番、ホワイトと仲良くしていましたから」
それを聞いて、何となくソフトが捨てられた理由に合点がいった。
それに。
「辰虎ちゃんの年齢は?」
「小学五年生ッス‼」
まだ小学生なら、多少やっても仕方がないことかもしれない。
珍しく俺は寛容にそう思った。
***
フユたちに遅れる形で、虎太郎と一緒に辰虎の下を訪れた俺。
そこにはまだ半べそ状態の、幼稚園児や小学生たちが三人ほどいた。
ただ一人、隅に座って壁の方を眺めている女の子を除いて。
「あれが辰虎ちゃん?」
俺が指を差して確認すると、なぜか虎太郎が敬礼して首を縦に振る。
流石、華大先生のカリスマ性である。バッチリと俺の評価も底上げしている。
完全に妹の威を借るダメ兄貴だが、今回はその方が手っ取り早くて楽だ。
それにしても、なんて声を掛けたものやら。
六畳一間ぐらいの狭い畳アパートの一室。
いつもは子供たちの遊びスペースなんだろう。
床にはたくさんの玩具が転がっていた。
「夏陽。アンタ、辰虎に何かするつもり?」
悩んでいた俺に声を掛けて来たのは、幼稚園児ぐらいの妹の涙を拭く竜虎だった。
それ以外の二人――フユとレオも、それぞれ子供の相手をしている。
「ところでお前、事情は?」
「なんとなく聞いたわ。我が妹ながら情けない限りよ。飼い主として失格ね」
「それはお姉ちゃんとしての言葉だろ。俺も妹には偉そうなことを言うからわかる」
「……相変わらず面倒くさいやつ。それで? どうするつもりよ?」
この状況においても、竜虎はただただ冷静だった。
冷たくも暖かい眼差しを、部屋の隅に座る妹へ向けていた。
「……正直、あの子になんて言うべきかわからないのよ。あの子とホワイトは本当の姉妹みたいに育ったから。姉として何もできなかったアタシの代わりに、いつもあの犬が辰虎の側にいてくれた。だからアタシもあの犬には感謝してるのよ」
きっと、だからこそわかるのだろう。
妹が何を失って、今どういう気持ちでいるかが。
「……第三者のアンタに頼んでもいい? 動物のことならアンタが適任でしょ?」
「初めからそのつもりだ」




