第13話 ヤンキーお嬢様の事情
放課後。俺とフユは竜虎に案内され、彼女の異母姉妹の下へ向かっていた。
ちなみに子犬(命名:ソフト)に関しては、ウチで華が面倒を見ている。
それにしてもだ。
「なんでお前まで一緒に来るんだよ?」
「僕は竜虎の彼氏だからね」
「……答えになってないんだが」
俺とフユの前を竜虎と並んで歩くレオ。
こいつ、サッカー部の方はいいのか?
「ところでフユ。竜虎の妹って――」
「辰虎辰虎ちゃんですね。私も写真でしか見たことはありませんが、可愛い女の子でしたよ」
「会ったことはないのか?」
「……はい。竜虎ちゃんの家は少々特殊で――」
「フユ。それ以上、夏陽に余計な事言ったら……」
珍しくヤンキー少女竜虎がフユに凄む。
どうやら相当触れられたくない話のようだ。
特に俺には知られたくない様子。
昔から俺には弱いところを見せないからな。
いつでも対等に接して来ようとしている。
それで勝手に俺を高く見積もる面倒なやつ。
長い付き合いだけど、未だにこいつのことはわからない。
「わかったよ。詳しい話は聞かない。それでいいな?」
そもそも今、俺の隣にはフユがいる。
この件に関しては信じることにしたが、思惑のある告白には間違いないはずだ。
ここで下手に竜虎の心を深く抉った場合、フユに何をされるか分かったもんじゃない。
フユなら人間ネットワークを駆使して、俺を学校コミュニティから排除することも可能だ。それだけは絶対に御免被りたいところ。それに竜虎を傷つけた場合、間違いなくレオが出張って来る。なんだかんだ言って、竜虎にゾッコンだからな。俺とフユの関係と違って。
「……ここよ」
案内されて訪れた場所。
そこは昨日、ソフトを拾った場所の近くだった。
そして不思議なことに家の前に置かれた犬小屋。
そこには何も繋がれていなかった。
ただ空っぽの犬小屋があるだけ。
名札すら剥がされている。
そして家の方を見れば――
『竜の巣・虎穴荘』
という看板が掲げられていた。
見たところ木造二階建ての小さなアパートらしい。
「ここにお前の妹が? でもお前の家って確か――」
「偉いのはアタシじゃなくてお父様よ。アタシはただのお気に入り」
獣坂竜虎の実家は財閥だ。それも世界でも指折りの財閥である。
本来なら竜虎もお嬢様学校とかに通うはずだが、普通の庶民暮らしを謳歌している。
「あの人は無価値だと思ったものをすぐ屑籠に入れる。ここもその一つよ」
屑籠と言われたアパート。
その中からは騒がしい声が聞こえていた。
それも大人のものではなく、大勢の子供の声が。
「……全くもうあの子たちったら……」
アパートから聞こえる声を聞いて、竜虎が珍しく優しい眼差しを見せる。
それは俺が華に向ける顔と酷似していて。
「……お前ってもしかしてシスコン?」
「夏陽には関係ないでしょ」
「お前だよな、俺を連れて来たの」
竜虎はいつも、俺への扱いが雑だ。
他の皆にはそれなりに礼儀正しいのに。
まあ中学時代は荒れてたけど。
思えばあの頃か、俺が竜虎を『ドラゴンキャット』とか呼び始めたのは。
ヤンキーとしての通り名的につけたのに、今では俺しか呼んでないんだよな。
「とにかく。アンタ、あの子たちに変なこと言うんじゃないわよ」
「変なこと? 例えば、お前が中学時代に他校の不良を●して●したとか?」
「冗談でも言うんじゃないわよ‼」
俺の胸倉を掴み、激しく揺らす竜虎。
しかも竜虎の背が低いため、俺の体勢がやや辛い。
明らかに地面の方へ引っ張られている。
「わ、わかった‼ わかったから‼」
体を激しく揺らされ、視界がぐわぁんぐわぁんしている俺。
そんな俺を心配(本心かはわからないが)して、フユが駆け寄ってくる。
一方で俺の親友は黙って、俺と竜虎のやり取りを眺めていた。
彼氏なら止めろよ、この猛獣を。
「とにかく余計なこと言ったら……殺すから」
笑顔でとんでもないことを口にする女子高生がいた。
これ、俺の親友の彼女なんだぜ。
さらに俺の彼女の親友なんだぜ。
……どう思うよ?
俺は竜虎に突き飛ばされ、俺はそのままレオに駆け寄る。
そして小声で尋ねてみた。
「お前、よくあんな狂暴なやつと付き合えるな」
「慣れればそうでもないよ。それに竜虎が暴力を振るう相手はもうハルだけだから」
「なんで俺はそんなに嫌われてるのかね」
「……たぶん、ハルには一生わからないよ」
意味深な言葉を残して、歩き出した竜虎の後を追うレオ。
俺はその背中を茫然と眺めていた。
相変わらずあいつは言葉足らずだ。
そのレベルは俺といい勝負だと思う。
「ところでハル君」
「なんだよ?」
その場に残された俺とフユ。
俺は彼女の声に後ろを向く。
「ハル君はどうするつもりなんですか?」
「どうって何がだよ?」
「流石のハル君でも子供相手には怒り――」
「事情次第だな。身勝手な理由でソフトを捨てたのなら、叱るし。ちゃんとした理由があったのなら、次からは引き取り手を探すように言い聞かせる。まあどちらにしろ、相手の年齢次第だな」
こっちには竜虎の妹という情報しかない。
小学生までなら多少大目に見るが、それより年上なら怒りを抑える必要もないはずだ。
ある程度強めに言ってもいい。いや、ある程度強めに言うべきなのだろう。
「私は口止めされた身ですから多くは言えませんが、できるだけ優しくしてあげてください。たぶん、辰虎ちゃんにも色々と事情があると思うんです」
「……事情ね」
俺はズボンのポケットに手を突っ込んで青空を仰ぐ。
そして溜息を零して考える。
さてと、どうしたものやら。




