第10話 捨て犬見つけた
喫茶店で大量の犬猫をモフモフした帰り道。
俺はフユと一緒に道の途中で足を止めていた。
今、俺たちの前には一個の段ボールが転がっている。
そしてその中には――
【ワン‼】
一匹の小さな白い犬が入っていた。
それもかなり元気そうな姿で。
「バカっぽい犬だな」
「……どうするんですか?」
思わずしゃがみ込んで抱き上げる俺。
それを見て、首を傾げるフユ。
俺とフユは互いの顔を見て固まる。
どうするって言われたところで。
「……しょうがない。昔よく行ってた獣医がある。そこなら診療してくれるはず」
今の時刻は既に十八時前。早いところならもう締まっている時間帯だ。
でも俺の行きつけの獣医は違う。捨て犬捨て猫、野良ならいつでも見てくれる。
また夕飯の時間が遅くなるけど、華が居ても恐らくこっちを優先させたはずだ。
あいつの中にも、シバタの死は深く刻まれているはずだし。
「とりあえず華への言い訳は任せたぞ。メル友なんだろ?」
「どうしてハル君がそれを――」
困惑するフユを置き去りに俺は一人歩き出す。
その腕の中に小さいのに、決して軽くはない命を抱えて。
***
「健康状態に問題なし。腹もあまり減ってないみたいだね。捨てられたばかりだろう」
病院に着いて診察を受けた結果、顔見知りの獣医からそう言われた。
そして獣医は犬の前にミルクが入ったお椀を出すと、静かに俺の方を向いて尋ねる。
「それでどうするつもりだい? また昔みたいに里親探しでもするのかな?」
「今の俺がそんな面倒なことするとでも?」
「……しないだろうね。ただ彼女の前で格好付けようとしただけだろ?」
「バーカ。あそこで放置したらあの世に行った時、今まで拾った犬猫に合わせる顔がなかっただけだ」
ただそれだけの理由。別にフユの前だからとかは関係ない。
まあ若干、話が出来過ぎているとは思うが。
何しろ、アニマル喫茶であんな会話をしたすぐあと。
その直後に俺は捨て犬と遭遇しているのだから。
意図はわからないが、仮にこれがフユの仕込みなら俺は彼女を本当に許さない。
「さてと。君が里親探しをしないとなると、どうしたもんか?」
思考を巡らせる、親父と同い年ぐらいのパンチパーマ男性獣医。
そもそも親父とは高校時代の同級生である。
昔から安くしてもらえるからと、獣医はいつもここだった。
「また動物を扱う喫茶店に譲るか……」
俺が昔のことを思い出して提案すると、先生は軽く首を横に振った。
「流石にそれは無理だろうね。この子はあまりにも幼過ぎる」
「幼いってどれぐらいだよ?」
「生後一ヶ月と言ったところかな」
「……まだ生まれたばかりだな」
生まれたばかりの子犬を捨てる。
犬の様子から見るに捨てられたのは今日中。
なら犯人を見つけて、改心させた方が早いかも――
「あ、あの~う」
俺と先生が頭を悩ませている時だった。
先ほどから喋らず、犬を興味深そうに観察していたフユが右手を弱々しく上げる。
俺は何かいい妙案があるのかと思ったが、彼女は意外なことを口に出してきた。
「私が引き取っても大丈夫でしょうか?」
「……はい?」
フユの実家は喫茶店のはずだ。それも動物など関係ない普通の。
ならば、衛生上の問題で両親の理解を得られるはずがない。
それに犬の面倒を見るのが初めてとなると、その大変さは計り知れない。
……まあフユなら陰キャは騙してても、動物には真摯に接すると思うが。
「お嬢ちゃん。動物を飼ったことはあるのかい?」
「飼ったことはありませんが、お祖父ちゃんの家で犬の面倒なら見たことがあります」
「なるほど。なるほど。それで? ご両親はOKしてくれるのかい?」
「そ、それはなんとか説得して――」
「説得してどうにかなる問題なのか?」
フユの言葉を遮り、俺は冷静に問いかける。
でも別にフユの邪魔をしたいわけじゃない。
単純に見つかるなら、犬の里親は見つけてやりたいし。
だけどフユの実家に関しては――
「喫茶店でも食べ物を扱うだろ。それなのに犬なんて飼って大丈夫なのか?」
「も、問題ありません。お家の方から出さなければ――」
「それでお前の親父が許してくれるのかね?」
「……」
俺の言葉にフユが押し黙る。
フユもわかっているんだろう。
ダメだと言われる可能性の方が高いことを。
この件に関しては俺もフユに同感だ。
昨日の様子を見た限り、それなりのプロ意識を持って仕事に望んでいる。
そんな人が厨房に、犬の毛が入る可能性をよしとするだろうか?
断じて否である。まあ――
「それでも引き取りたいなら、お前の両親に聞いてみるしかないだろうな」
高校生徒はいえ、まだ俺たちは立派な子供である。
多少の責任を払うべき立場にはいるが、まだ大人の保護下にあることは間違いない。
だから金銭も絡んでくる場合、常に『保護者』との対談は必要である。
「とりあえず両親に電話で聞いてみろ。話はそれからだな」
俺に言われて、やや落ち込み気味に診察室を出て行くフユ。
きっと陽キャラなら、もっと上手に言えたのだろう。
でも俺はこういう性格だから。
「……安心しろ。あいつがダメだったら、里親が見つかるまでウチで預かってやるから」
ミルクをガブ飲みする子犬を覗き込み、俺はわからないと思いつつも、声を掛けた。
すると。
「おや? 君は里親探しをしないんじゃなかったのかい?」
「これでこいつが保健所送りとかになったら、あいつが罪悪感を抱くからな」
「君も優しく……いや、大人になったね」
「……アンタぐらいだよ。俺にそんな評価を下すのは」
別に優しくも大人でもない。
単純にフユの告白が嘘告白だとして考えた場合、多少なりとも善行を積んでいた方が後々楽なだけだ。ここでいいところを見せておけば、向こうの作戦で俺を貶める運びになったとしても、糾弾するべき真実がなくなる。それだけでも俺にとってはプラスだ。
つまり俺は自分のメリットを中心に置き、子犬を助けることに決めた。
自分の利益だけを求める点に関しては、確かに汚いタイプの大人だな。
「ところで君は飼う気はないのかい? 君なら十分適任だと――」
「断る。数日一緒に暮らすのはいいけど、飼うとなると話は別だ」
「相変わらず強情だね」
「つまらないことに関してはな」
そう。つまらないことに関してはいつも強情だ。
新しい犬を飼いたくないのは、初めての愛犬に遠慮して。
ラインではなくメールを使うのは、ラインに生活を支配されたくないから。
そして未だにフユへ疑いの眼差しを向けるのは――。




