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2-5

「はぁ〜楽しかった!」

 プラネタリウムの上映が終わり、ぞろぞろと人がでていくなかで、奈巳夏はその余韻を楽しむみたいにそう言った。

「ねぇ、おにぃちゃんはどうだった?」

 今までずっと見てきた星はなんだったのか。そう思えるくらいにきらきら光る瞳を向けられたものだから、春陽はすっと目を逸らし立ち上がった。

「あっ、待ってよぉ」

 上映後に居座り続けるのは迷惑行為だ。感傷に浸るのも感想を語るのも、歩きながらすれば良い。

 プラネタリウムを出ると、すぐに商業施設の賑わいに包まれた。最近では、ショッピングモール内にプラネタリウムがあるところが現れつつあり、ここもそのひとつだ。

 神秘的な雰囲気から一転して急に現実に戻されたような気分である。それでもこの現実には、さっきまでと違って一点の曇りもなかった。

「ねぇねぇ、なに食べる?」

 時刻は18時を過ぎたところ。プラネタリウムを源泉とする人の川は、穏やかにレストラン街へと流れていく。

 しかし春陽はそれに逆らうようにエスカレーターへと足を踏み入れた。

「誰が食べて帰るって言った?」

「えぇ〜、プラネタリウムを見たあとのプラトニックなディナーは鉄板でしょ! そうだ鉄板焼にしよう。ステーキ、ステーキ。おにぃちゃんもステキ」

「その思いついたこと適当に言う会話をやめようか」

「ぶぅ〜……あっ、そっか! にひひぃ」

 ゆっくりと降りていくエスカレーターの半ば。振り返ると春陽と同じ高さにある瞳が細められ、ニヤニヤと口を手のひらで抑える奈巳夏の顔がある。

「おにぃちゃんはそんなにナミカの手料理が食べたいんだね!」

 勝手にそう解釈した奈巳夏はエスカレーターを降りるとスキップしながら、外へと出ていった。

 闇の中に紛れ、輪郭が曖昧になっていく背中を見失わないように春陽もショッピングモールを後にする。

 立ち止まっていた奈巳夏の視線につられて空を見上げた。

 プラネタリウムのような満天の星空、が広がっていることは当然なかった。それでも西の空には燦然と金星が輝いている。

 星明かりをその瞳にたたえた奈巳夏は、なんだかこの世のものとは思えなくて――。

「緊張とか不安とかってさ、いつも通りに過ごしてると、どうしてもうじうじそればっか考えちゃうよね」

 視線を星から春陽に移しながらそう言った。それでも彼女の瞳の輝きは失われていない。

「だからそんなときはこうやって非日常に飛び込んじゃえば良いんだよ」

 太陽の光は月に命を吹き込む。奈巳夏と目があった春陽の瞳が灯った。

「そうか、だから」

 奈巳夏は春陽をここに連れてきたのだろう。下駄箱に着いてから調子を狂わせた春陽のために。

 プラネタリウムの天井を覆いつくす小さな灯火の集団は、なるほど非日常空間であった。

「ははっ……なんで、あんなに動揺してたんだか。別に俺からなにかするわけでもないのに」

 そう、あくまで春陽は告白を受け取る側だ。たしかに緊張はするけれど、そう思い詰める必要はないのだろう。

 重要なのは、それにどう答えるかなのだけれどこのときの春陽はそこまで頭が回っていなかった。いや、深層心理では気が付かないフリをしていたのかもしれない。いずれにしても告白を受けるまでの束の間、安定した心を保つにはこれで良いと言えるかもしれない。

「えっ、なーんだ。おにぃちゃんが何かするわけじゃないんだ」

 コツン、と奈巳夏が蹴った石ころがコロコロと転がり、別の石にぶつかった。

「なんでちょっと残念そうなんだ」

「えっ? だって――」

 ぶつけられた石は背中を押されたように元気よく転がり、そしてチャプンと小さなビオトープの池に落ち、沈んでいった。

「ナミカね。難しいことにチャレンジするおにいちゃんの姿が好き。そういうときのおにいちゃんって凄く格好いい」

 同じ家に住んていながら疎遠だった兄に、幼少期の奈巳夏が惹かれていたのはこれが大きな理由だ。

 レベルの高い学校への受験。春陽の実力は全然届いていなかったけれど、それでも合格に向けて頑張っていた。

 兄と対象的に甘やかされて自由だった妹には、不自由のなかで必死に藻掻く存在がどうしようなく輝いて見えたのだ。

「ふんっ、格好いい兄を見せられなくて悪かったな」

「だいじょーぶ。そうは言っても、おにぃちゃんは365日いつだって、365度どこから見ても格好いいから!」

「勢いあまって5度とびだしてんぞ」

 ただまぁ少なくとも、うじうじと悩む姿は格好いい兄とは言えないだろう。

 背筋をしゃんと伸ばし、ぱんと手を鳴らした。

「つか、とりま帰ろう」

 奈巳夏はずんずんと近づいてきて、ついには鼻先が触れそうになる。

「うん、帰ろっか」

 春陽の顔をじっと見つめた奈巳夏はにひゃりと笑って、2人並んで歩き出した。

 手は当たり前のように繋がれている。今朝、距離の近さ故に問題が起きたというのに、そんなことは関係ないらしい。かくいう春陽も今朝のことが気にならないでもないけれど、夜陰に乗じることのできる今ならばなんだってできる気がした。

 それに朝の通学路と違って、手を繋いでいる人たちはそこそこいる。みな、春陽たちよりも年上に見えた。大人な雰囲気に、春陽たちも少しだけ背伸びしているような感覚になる。

 にわかに奈巳夏が春陽の手を離したかと思うと、腕に巻きついてきた。どうやら前を歩く2人の真似をしたみたいだ。

 春陽の心臓はドキリとしたけれど、それは奈巳夏が抱きついてきたからではない。前の2人が大人の女性同士だったからだ。

 女性同士で距離が近いというのは学校でもよく見る光景である。でも、目の前のそれは明らかに雰囲気が違った。きらきらした青春もぽかぽかする友情もそこにはない。どきどきする愛恋だけが2人の周りまでたゆたっていた。

 同性愛者と公言した石行さんの顔が脳裏をよぎる。

 だからそのとき、自分の耳を疑ってしまった。なんたって、石行さんの声が聞こえたのだ。自分の妄想が肥大化して、幻聴が聞こえてしまうほどになってしまったのかと、自分で自分が心配になった。

「あれ? あの人、ウチの制服じゃん」

 奈巳夏のその発言で自分の頭のネジが吹き飛んでいないことを確認できた。2人の女性の一歩前を歩く少女、石行さんが振り返り、後ろ歩きになりながら女性たちに話かける。

 会話の内容までは聞こえない。だが、今朝見た表情とはまるで違う、心を許している者にだけ見せる柔らかな表情をしていた。

 石行さんの問いかけに2人組の女性は顔を合わせてからからと笑った。それにより2人の横顔が見えたことで春陽は思わず息を飲んだ。

 2人とも石行さんにどことなく似ていたのだ。

 石行さんは弾けるようなきゃぴっとした瑞々しい美しさなら、一人の女性はおしとやかできりりとして洗練された美しさ。対照的でありながら根本の部分は同じような感じがする。

 たった今、自分の豊満な胸を叩いたもう一人の女性は先程の女性より、見るからに似ていた。というより石行さんが似せにいっている、そんな印象を受ける。石行さんのゆるふわ金髪は彼女由来のものなのかもしれない。

 そんな風に観察していたから、気が付いたことがある。一人目に挙げた女性はときどき身体をほんの僅かに震わせるのだ。なにかに怯えるように。

 その震えはわかりにくい変化ではあったけれど、なぜ震えるのかはわかりやすい規則性があった。それは男性とすれ違うとき、だ。

「おにぃちゃん? さっきから黙りこくってどうしたの」 

「え、あぁ……悪い」

 どうやら奈巳夏はあれが石行さんだと気が付いていないらしい。少し距離があるうえに暗いから無理もない。それに奈巳夏が石行さんを見たのは、今朝が初めてのことだろう。

「もう、デート中にぼうっとするなんて彼ピ失格だよ」

 デートでもなければ、彼ピでもない。

 視線を前に戻すと、石行さんたちはいなくなっていた。あの大人の女性2人は誰なのか。特大の疑問だけをそこに置いていった。仕方なく奈巳夏の顔を再び見るけれど、当然そこに答えが書いてあるはずもない。

 考えてもわからないことを考えても仕方がない。春陽は自分の腕を引く奈巳夏に身を任せて、家路に就いた。


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