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5-3

「は……ん、……くん、春陽くん」

 うっすらとした意識の中で、自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 その声を道標に深く沈んだ意識を少しずつ、少しずつ浮上させていく。

 真っ暗だった世界は光を帯びて、ぼんやりとした視界でこちらを覗き込む顔が輪郭を描きだしていく。

「さくら……」

「春陽くん! よかった~!」

 安堵するさくらの顔の背景は憎らしいくらいの青空。そうか、春陽は地べたに寝っ転がって……いや、でもそれにしてはこの心地よい枕は――

「って、膝枕!?」

 春陽はガバリと起き上がり、今自分が頭に敷いていたものの正体を見る。健康的で美しい太ももがそこにはあった。

「あっ、もう……急に起き上がったら駄目だよ」

 春陽は肩を捕まれ、強制的に再びおみ足に寝かしつけられる。

 その快適さに、抵抗する気力がリラックスする気持ちにどんどん変化していく。

「どうして、さくらがここに……?」

「あのあと心配になって春陽くんを探しに行ったんだよ。やっと見つかったと思ったら、ここに一人でうずくまってて、名前を呼んでも揺らしてみても、ちっとも反応しなくて」 さくら一人で春陽を運べるわけもないし、ここに春陽を一人にしておくこともできなくて、とりあえず寝かせてくれたってわけか。

「あっ、でも授業はもう始まってるんじゃ」

「春陽くんはそれどころじゃないでしょ」

「でも、さくらは」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。今の時間は英語だしね。それに私にとっては、授業よりも春陽くんの方が大切だから」

 自分の顔が赤くなるのを感じて隠したかったけれど、この状況では逃げ場なんてなかった。

「……ありがとう、さくら」

「いいんだよ。春陽くんはとっても頑張ったんだから」

 春陽の頭を撫でる手が、優しく自分のことを肯定してくれる。

 そうだ。これでも春陽は頑張ったんだ。石行さんに喜んでもらいたくて、一生懸命に。

「でも、結果的に失敗しちまったんだぞ」

「俺は結果よりも、そこにある想いを大切にしたい。そう私に言ってくれたのは誰だったかな」

「……っ!」

 まったく、キザなことを言うやつもいたものだ。そういう良いことを口にするやつほど、実際には自分のことを棚にあげているのではないだろうか。たとえばそう、今の春陽みたいに。

「それに、春陽くんの失敗は協力した私のせいでもあるんだ。だから……」

 さくらは春陽の頭に置いていた手を、肩に移動にさせた。

「私にもその失敗を背負わせてよ」

 肩の凝りが解れていくみたいに、身体が軽くなっていく。速くなる心臓の鼓動は、身体全体に響き、さくらの手に、あるいは太ももにまで伝わってしまっているかもしれない。

 少なくとも火照る身体の熱は、薄い夏服を通り抜けて、確実に彼女の掌にまで届いていることだろう。

 できることなら、ずっとこのまま、さくらの膝の上で眠っていたい。そんなバカみたいなことを思ってしまうのはきっと、熱に浮かされているからに違いない。

 でも、さくらが起き上がるだけの力をくれたから、もう大丈夫だ。

 春陽は肩に置かれたさくらの手を握り、感謝の言葉を告げると、女装を解き2人で教室に戻っていった。


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