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「お買い上げ、ありがとうございましたー!」
という声を背に春陽たちは店をでる。街はここに入る前とは姿を変え、今はオレンジの服を身に纏っていた。さくらや店員さんと入念な話し合いをして、いろいろ買ったり悩んだり教わったりしていたらこんな時間になってしまった。
それで手に提げているバッグに、今日の成果が詰まっている。費やした時間だけの価値がきっとここにあるはずだ。
「なんだか私もドキドキしてきちゃった。楽しみだな~。月曜日には別人になった春陽くんが見られるんでしょ」
「それはまぁ……っていやいや、見世物じゃないんだから」
「でも、登校する前から準備が必要だし、どうしたってみんなには見られちゃうでしょ」
「……それだけはまじで心配だ」
さくらのようにほとんど着替えるだけ、というわけにはいかない都合上、腹を括るしかない。
「大丈夫だって。私の見立てでは、誰も春陽くんだって気が付かないから」
「そうだといいんだけどな。というかそれくらいのクオリティじゃないと困る」
「ふふっ、謎の転校生あらわるって話題で持ち切りになるかもね」
「勘弁して欲しい……」
さくらは楽しみで仕方がないといった様子で、買い物袋をぶんぶんと揺らしている。
「その、持とうか?」
「えっ、あぁ……いいの? ありがと」
さくらは袋を差し出す。
春陽は持ち手に手を伸ばし、そして――。
「「っ!」」
2人の手と手が触れ、さくらの手は緩み、春陽の手は引っ込められる。
支えるものがいなくなった買い物袋は物理法則に従ってドサリと地面に落ち、その中身を吐き出した。
カラコンや口紅など、化粧用品が散らばり、慌ててそれらを拾う。
当然、春陽たち以外にも通行人はいる。
「す、すみません」
春陽は他人の足元に行ってしまった物を素早く拾い、引き返そうとしたそのとき――。
「おや、道鋏君……?」
「えっ?」
顔をあげると、そこには同性であっても悔しいが惚れ惚れとしてしまうほどに良い顔が見下ろしていた。
「友碇……!」
春陽はすぐさま立ち上がり、少しだけ身構える。
「それに叶羽もいるのか」
「あれ、涼友君。奇遇だね~」
友碇は春陽とさくらの顔を見比べて、首を傾げる。
「2人ってもしかして――」
「わ、私たち付き合ってるわけじゃないよ……」
「そうか、いや、そうだよね。下世話な勘ぐりをしてすまない」
勘ぐりが外れたというのに、なぜか友碇は納得した表情をしていた。
そんなに春陽とさくらが付き合っていたらおかしいだろうか? いや、おかしいな。さくらの隣にいる人間は、それこそ今目の前にいる友碇みたいなやつが相応しい。
それはさくらだけじゃない。石行さんにしてもそうだ。
でも、春陽は戦うって決めたから。
丁度いい。友碇には言っておかなければならないだろう。
「友碇、ちょっといいか? さくらは少し待っててくれ」
友碇もさくらも不思議そうな顔をしながらも了承する。
ガードレールの支柱4本分、さくらには聞こえない位置まで来たところで春陽は友碇に向き合う。
「もしかして華ちゃんの話かい?」
「そうだ。この間、友碇が俺に話してくれたから、俺も言っておかないとって思ってな」
春陽のなかの記憶は抜け落ちているものの、一応は相談に乗った手前、抜け駆けするのは流石によくないだろう。
「俺も、石行さんが好きなんだ」
「えっ……?」
なんだか春陽の想像以上に友碇が驚いている。裏切りにも等しい行為を春陽がしたからだろうか。さくらのことが好きだと思っていたから、というのもありそうだ。
少なくとも、春陽が友碇から好きな人を聞かされたときと同種の驚きではないことは確かだろう。春陽のは強大すぎるライバルが現れたことの絶望が、そこに色濃く混ざっていたから。
「悪いな。だからもう相談にはのれない。まあ最初から俺の力なんて必要なかったと思うけど」
「そんなことはないさ。それにしても意外……というより本当かい? ドッキリ大成功の看板を出すなら今だよ??」
「誰がそんなことするか。つか、そんなに疑うことでもないだろ」
石行さんは性格や性的指向の観点からそこまでモテるというわけではないけど、容姿は間違いなく優れているし、それだけでも誰が彼女に惚れてもおかしなことではないはずだ。
「僕は恋愛に対する嗅覚には優れているつもりなんだ」
これまで数えきれないほどの好意を向けられてきたであろう友碇の嗅覚が冴えるのは、なるほど当然のことではある。
「だから誰が誰を好きなのかは直観でわかることが多い。僕の見立てではキミが石行さんを好き、なんてことはなかったからさ」
「いくらお前が優秀な人間だからって、すべての人間を測れると思うのは流石に驕りだぞ」
「別にそんなつもりはないけど……まぁ、そういうこともあるかってことにしておくよ」
「そういうことにしておいてくれ。話はそれだけだ。じゃーな」
春陽は別れを告げて、さくらの方へ戻るが、友碇も普通に付いてきた。
「おかえり~。ねぇ、春陽くん。このあとご飯食べて帰らない?」
「おっ、それなら僕も行っていいかい?」
「もちろん。いいよね、春陽くん?」
「あぁ、えっと……」
春陽はポケットに手を当てる。さっきからスマホの震えが止まらないのだ。
「悪い、ちょっとそろそろ帰らないとヤバイから2人で行ってきてくれ」
「そっか……残念だなぁ」
それから春陽は今日のお礼を言って友碇とさくらと別れた。その後、2人が食事に行ったのかどうかはわからない。どんな話をしていたのかも、当然わからない。
唯一わかったことと言えば、春陽が一度振り返ったときに見た2人は何か話をしていたのだが、顔には影が差していて、その表情を窺い知ることができなかった、ということくらいだ。
余談だが、家に帰ると、奈巳夏が構ってもらえなかったからと怒っていたが、それは言うまでもないことか。