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3-3

 終礼が終わるが否や、春陽は急いで教室をでて階段を上る。のんびりしていると、すぐに奈巳夏がやってきて、捕まってしまうからだ。

 別に何かやましいことがあって奈巳夏から逃げているわけではない。なんなら、もっと逃げるべき、逃げたい相手に今から会いにいく。

 帰宅部日本一を目指す生徒を始めとして、早くエネルギーを発散したい運動部連中など、春陽同様、すぐに教室をでていった人たちとすれ違いながらも、さらに上を目指す。

 階段を上る度に減っていくすれ違う人の数に、なんだかラスボスが待つ場所へと向かう勇者のような気分になりながらも、ついに屋上に繋がっている扉に手をかけた。

 どうしても彼と並んでいると春陽はモブになってしまうので、せめて登場ぐらいは勇者然としようとバーンと扉を開け放つ。

 果たして、そこに友碇はいた。フェンスに寄りかかり目を閉じて、風に髪をなびかせているだけで絵になるのはイケメンの特権だ。急に台風がきて、その髪をめちゃくちゃにしてやれ、などと願っていると、パチリと大きな瞳を開けて、こちらを見た。

「やあ」

 などと気安く手をあげ、こちらに歩み寄ってくる。春陽は小さい声でおう、と返すのが精一杯だった。

「悪いね。部活とかなかったかな」

「入ってねーな」

「え? そうなのかい?」

「なんで意外そうなんだよ」

「あぁ、いや、僕の周りには部活入ってない人いないから。それにしてももったいないな」

「なんでだよ。部活なんて、みんなやってるから俺もやろ、つって入ってる奴の方が、時間をもったいなく使ってると思うけどな」

「それは一理あるかもしれないけど、部活はコミュニケーションを学ぶ場としても優秀だから、大きな理由なんて要らないと僕は思うよ」

 なかなかクリティカルに効く反論をしてくるやつだ。だからと言って部活に入る気はさらさらないのだけれど。

「って、そうじゃなくて、僕が言いたいのは、道鋏くんは勉強もスポーツも得意だったと思うから、どこに所属しても活躍できそうだなって思っただけだよ」

「買い被り過ぎだ。苦手ではないだけで、決して得意ではない」

 中学に入るまではいろいろな習い事をしていたおかげで、勉強以外のことも、どれも人並みにはこなせる。ただ、大したことはない。

「そうかな。でも、入らない理由はない気がするけど」

 入らない理由ならある。春陽が部活に入ると、奈巳夏も自身の興味に関係なく確実に同じに部活に入ってくるからである。奈巳夏と一緒に部活をするのが嫌というわけではなく、自分が奈巳夏を縛り付けてしまうことが嫌だった。

「と、なんだか話が逸れ過ぎてしまったね」

「逸れるもなにも、まだ始まってすらいないけどな」

「そうだね、キミからすれば本題が何かもわからないだろうし」

 春陽としてこの世間話が本題で、今日のお話終了でも一向に構わないところではある。

しかしそれはそれで、こんなことで春陽を呼び出した友碇に気持ち悪さを覚えてしまう。

「んで、一体なんの用なんだ」

「それがね。実は僕、好きな人がいるんだ」

「は?」

 あまりにもあっさりと、高校生にとっての一大トピックを持ちかけるものだから、思わず聞き返してしまった。

「だから好きな人がいるって……」

「いや、わかる。それはわかるんだが……」

 言葉の意味はわかるけれど、文脈にそぐわない。いや、場面にそぐわない。

 少なくとも道鋏春陽と友碇涼友が二人きりで話すようなことではないことは確かだ。

 友碇に好きな人がいる? そんな校内中の女子という女子が欲しがる情報を、なぜほとんど話したこともないような人間にぽろりとこぼしたのか。

「僕に好きな人がいるのが、そんなにおかしいかい?」

「おかしくはないけど、いるからどうしたって話だ。付き合いたいならすぐに付き合えるだろ」

「そこでキミに相談ってことだよ」

 春陽に相談する意味は相変わらずわからないが、いったんそれを置いておくとしても、相談なんて本当に必要なのか。

 友碇涼友をもってして、落とせない女など……いや、いた。春陽のごくごく身近に、可愛いけれどコイツに決して落ちないであろう人間がいた。

 そこまで思いつくと、友碇が春陽に相談してきた理由も自ずと見えてくる。

「もしかして、お前……奈巳夏のことが」

「まさか。奈巳夏ちゃんにはキミしかいないだろう。まあでも奈巳夏ちゃんが今回春陽くんに相談するきっかけのひとつにはなってはいるかな」

「……どういうことだ」

 奈巳夏と友碇の間に何かしら接点があるはずもない。

「僕には恋愛経験がないから女の子の気持ちを理解できる自信がない」

「あんだけ侍らせておいてか?」

 友碇はよく目立つから廊下などでも目にする。いつも、いわゆる一軍女子と言われるようなきらきらした人たちに囲まれている。

「侍らせてるなんてそんな。確かに僕の周りに女の子がよく寄ってくることは認めるけれど」

「どっちにしたっていつも仲良さげに話しているし、女子の気持ちがわからないなんてことはないだろ」

「そんなこと、ないさ。僕はいつも適当に相槌を打っているだけだ。それだけでみんなは喜んでくれるから、僕は自然とそれ以上深く踏み込むようなことをしなくなった」

 なるほど。話半分で聞いたいたけれど、どうやらモテすぎるがゆえの弊害がこんなところに現れてしまう、ということか。

「その点、道鋏君と奈巳夏ちゃんの間は本物の絆が感じられる。僕みたいに表面上だけではなく深いところで通じ合っているような。キミたち以上に仲が良い男女を僕は知らない」

「……それが、俺を頼ってきた理由か?」

「そうだよ」

「そうか。でも残念なことに俺にわかるのは奈巳夏のことだけであって他の女子のことなんてさっぱりわからない」

 それに奈巳夏の感性はおおよそ普通の女子とはかけ離れているところにあるから参考にもならない。

「キミは自分がどれだけ凄いことをしているのかわかっていないようだ。尤も得てして人の良いところというのは、自分よりも他人の方が気付くものではあるから仕方のないことなのかもしれないけれど」

「どういうことだよ」

「そもそも女の子の気持ち以前に人の気持ちなんてそうそうわかるはずないんだ。言葉なんて曖昧なものだし、表情は分厚い仮面に覆われてしまっていて正確に読み取ることなんてできはしない」

 遠くの方でゆっくりと霧散していく飛行機雲を眺めながら、友碇は言った。

「だというのに道鋏君は奈巳夏ちゃんの気持ちならわかると言ってのけた。キミはそのたった一人しかわからないというけれど、そのイチは僕からすればこれまで届きたくても届かなかったイチだよ」

 なにごともゼロからイチにするのには多くのエネルギーが必要だ。でもイチまで到達できたときにそれをニに、サンにとすることは案外すんなりいけるものだ。であるならば春陽はもっと先に進めるのかもしれない。

「さて、本当にそろそろ本題に入ろうじゃないか。せっかく道鋏君に来てもらったというのにこのままでは雑談で日が暮れてしまうよ」

 空はまだまだ青く、これから橙色になるまで目の前のやつと話し込むのは春陽としてもごめんである。 

「まず肝心なこととして、僕が好きな人は――」

 不意にカラスがカァと鳴く。友碇の好きな人は、気にならないといえば嘘になる。でも同時になんとなく、知りたくないという気持ちも存在していた。

 カラスの声がさらに、やけに大きく春陽の耳で響く。それでも、その間隙を縫うようにその名前はハッキリと鼓膜まで届いてしまった。

「石行 華ちゃんだ」


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