ごんペルツ
1.「孤独の村人」
風が冷たく吹き抜けるモンミドの村。中世ヨーロッパを思わせる古びた石の家々が点在している。
ここは、山に囲まれた静かな場所で、三十人ほどの村人たちが日々を過ごしている。
しかし、この村には一人の青年が住んでいた。名前はペイジ。
ペイジの家は村の端に位置しており、早くに亡くした両親から受け継いだ小さな畑や炭焼き小屋がある。
炭を焼く際の煙が空に立ち昇る光景は、村人にとっては見慣れたもの。だが、その日常の中には彼の孤独が隠されていた。
彼の両親は村での炭焼きの名手として知られていたが、病によって早過ぎる死を迎えてしまった。
両親の死から数年、ペイジは家業を継ぐことになった。しかし、経験の浅さと孤独の中での努力は、常に彼を苦しめていた。
「ペイジ、今日も炭焼きか?」
村の中心である広場に立つ水場で、隣の家の老婆が声をかけてきた。
彼女は村で最も年配の者で、ペイジの両親の死の際にも彼を慰めてくれた人だった。
「ああ、今日も。収穫の季節まで、これで生計を立てていくしかないからね」
ペイジは微笑みながら答えるが、その目には少しの疲れと孤独が浮かんでいた。
村の他の人々は家族や親戚と共に暮らし、互いに助け合って生活をしている。
しかし、ペイジは一人。彼の孤独は、村人たちの中でも際立っていた。
夜、ペイジが炭焼き小屋で火を起こしていると、遠くの山から風が吹き下ろし、木々がざわざわと音を立てる。
彼はしばらく火を見つめながら、自分の孤独や未来について考えていた。
2.「ごんペルツ」
夜が明け、朝の光がモンミドの村を照らし出す。
村人たちが日常の仕事に取り掛かる中、ある話題で盛り上がっていた。
それはペルツというこの異世界のキツネに似た生物で、村人たちにとってはなじみ深い存在だった。
この村には、ごんという名前が付けられたペルツ、通称ごんペルツがよく出没していた。
ちょっとした悪戯好きであり、しばしば村人たちを驚かせていたのだ。
「昨夜もヤツがウチの家の前で大騒ぎしてたわ!」
広場で野菜を売っているミラさんは、顔をしかめて話す。
「あの子、いつも何かしらの音を立てて、夜中に目を覚まされるのよ」
隣で野菜を選んでいたダリアさんも同情的な顔をして言った。
一方、ペイジもその話を耳にしていた。彼の家も何度かごんペルツの悪戯のターゲットになったことがある。
しかし、彼にとってはその度に苦笑いしながら片付けるだけのこと。むしろ、その小さな出来事が彼の孤独を少し和らげてくれるような気さえした。
その日の夜、ペイジは畑の仕事を終え、家に帰る途中だった。夜の闇の中、彼の目にふと動く影が捉えられる。
それは小さな四足歩行の動物、ごんペルツだった。彼はこっそりとその後を追うことに決めた。
ごんペルツは村のあちこちを歩き回り、こっそりと家の軒先や門の前に物を置いたり、時には小さな物音を立てて人々の注意を引いていた。
その動きはまるで、人々の反応を楽しんでいるかのようだった。
追いかけるうちに、ペイジは気付いた。
ごんペルツが、ある家の前で立ち止まり、しばらく何かを考えているようだった。
そして、何かを置いてその場を去る。ペイジが近づいてみると、そこには小さな玩具や花が置かれていた。
「やっぱり、ただの悪戯じゃないのかな」
ペイジは、ごんペルツがただの悪戯好きなだけではなく、何か思いやりのようなものを感じる瞬間だった。
3.「青天の霹靂」
朝、ペイジは普段と変わらぬ日常を迎えていた。炭焼きの準備、小さい畑の手入れ。しかし、その平穏は長くは続かなかった。
山の方向から、どんどんと大きくなる音が聞こえてきた。村人たちはその音に気づき、驚きの表情を浮かべながら上を見上げる。
山の上から、大きな雪玉が転がってくるのが見えた。その雪玉はどんどんと大きくなり、速度も上がっていった。
「逃げてー!」と叫ぶ声があちこちから聞こえる。村人たちは必死に安全な場所を求めて逃げ出した。
ペイジもその一人だった。彼の目の前で、その巨大な雪玉は彼の家に直撃し、家は半壊してしまった。
煙と塵が収まった後、村人たちは戸惑いの中、その現場に駆けつけた。
ペイジの家の半分は雪玉の下敷きになり、もはや住むことはできない状態だった。ペイジは家の残骸を前にし、ただぼんやりと立ち尽くしていた。
「大丈夫か、ペイジ?」と心配する声が聞こえてきた。近所のオルタン老人だった。「しばらくウチで過ごしてもいいぞ」
「本当にありがとう、オルタン」と、ペイジは頷いたが、目はまだ家の方を見ていた。
そして、雪玉から何か毛が見えた。それはごんペルツの毛だった。村人たちがそれを発見し、ざわつき始める。
「これ、ごんペルツの毛だ」
「まさか、あの悪戯好きが…」
皆の中で一番驚いたのは、ペイジだった。
彼の心の中には、怒り、失望、困惑の感情が入り混じっていた。彼の家を壊してしまったのは、あのごんペルツの仕業だったのか。
しかし、ペイジは言葉を失っていた。家を失った悲しみと、ごんペルツに対する複雑な感情で、彼の心は混乱していた。
4.「再建」
モンミドの村は、ペイジの家を取り巻いて、忙しい日々を送っていた。
村人たちが持ち寄った材木や資材で、ペイジの家の再建作業が進められていた。
ペイジは、村人たちの優しさに胸を打たれながら、新しい家の形が少しずつ見えてくるのを楽しみにしていた。
彼の友人であるラルフは、特に頼りになる存在だった。「心配すんな、ペイジ。この村の連帯力、見せてやるよ!」と笑いながらハンマーを振るっていた。
子供たちも、役に立とうとして、小さな手で資材を運んでいた。ペイジは、そんな彼らを見て微笑むことができた。「ありがとう、皆」と感謝の言葉を口にした。
山の木々の隙間から、その様子をじっと見ている影があった。ごんペルツだった。
彼はペイジの家の再建作業を、心から心配そうに見つめていた。彼の目には、前回の事件に対する後悔の気持ちがにじんでいた。
村人たちが一日の作業を終えて帰っていく頃、ペイジは山の方向を見上げていた。
5.「山の贈り物」
朝が来ると、ペイジの家の前には不思議なものが置かれていた。薬草、木の実、キノコ、そしてやまどり。それらは全て新鮮で、ペイジの目を引いた。
「これは一体…?」とペイジは驚きの声を上げた。村の人々は通常、彼にこんな贈り物をする習慣はなかった。
また、そんなものを持ってくる村人もいなかった。
昼になっても、その贈り物の主は現れなかった。しかし、日が暮れる頃になると、再び山の恵みが彼の家の前に置かれていた。
ペイジは、心の中で感謝の言葉をつぶやいた。「ありがとう、この恵みをくれた人」と。
6.「街の市場」
ペイジは、山の恵みが自分の前に毎朝現れる謎を解明すべく、村の人々に問いかけた。
しかし、どの村人も答えを知らなかった。不安げに肩をすくめる村人たちの中、オルタン老人だけがペイジのもとへやってきた。
「それは、山の神様の恵みかもしれんな」オルタン老人の瞳は遠くを見つめていた。
ペイジは驚きの表情を浮かべながら、老人に続きを求めた。「どうしてそう思うんですか?」
「昔、私が若かった頃にも、同じようなことがあったんじゃ。苦しむ者に、山が助けの手を差し伸べてくれた。
それは、山の神様の意志によるものだった。だから、その恵みを受け取ったなら、感謝して用いるのがよい」オルタン老人は微笑みながら、ペイジの肩を叩いた。
ペイジは老人の言葉を信じ、街の市場へと山の恵みを持って行った。市場は賑わいを見せ、多くの人々が行き交っていた。
彼は山の恵みを並べ、価格を設定した。やがて、人々は彼の店先に集まり始めた。
「これは珍しい薬草だね!」「こんなキノコ、見たことがない!」と、人々は驚きの声を上げていた。
山の恵みは意外と高値で売れ、ペイジは収入を得ることができた。
喜びに満ちた彼は、市場を見て回った。そして、お世話になった村人たちのために、生活必需品や食料を購入した。
彼は重たい荷物を持ちながらも、心は軽やかだった。
7.「生活改善」
新しい日常が、モンミドの村に訪れていた。ペイジの生活は、かつての困窮した日々とは比較にならないほど豊かになっていた。
毎朝、彼の家の前には山の恵みが積まれており、その度にペイジは街の市場へと出かけ、賑やかな市場での取引を楽しんでいた。
家の中も変わり始めた。壊れていた窓は新しいガラスに変わり、床も修理されてしっかりとしたものとなった。
また、新しい家具や調度品も増えていき、彼の家は日々、暖かく快適な空間となっていった。
村人たちもペイジの変わりように驚きの声を上げていた。かつて彼の家を修理するために支援した者たちには、特に感動の色が浮かんでいた。
彼らは、自分たちの少しの支援が、ペイジの生活をこれほどまでに変えることができるとは思ってもみなかったのだ。
夕方になると、ペイジは家の前の庭で、新しく設置した祠の前に立ち、深く頭を下げていた。
彼は、山の神様やご先祖様に感謝の気持ちを捧げていた。「どうもありがとうございます」彼の声は、夕日に照らされた庭を包み込んでいた。
8.「再会」
ペイジの家の中は、かつての貧しさが嘘のように整い、暖かい光が差し込んでいた。新しい家具、窓ガラスの向こうには美しく手入れされた庭が広がっていた。
彼の日常は安定しており、山の恵みに感謝する毎日だった。
ところがある日、ペイジは家の中で一つの異変を感じ取った。彼が夕食の支度をしていると、静かな足音と柔らかな毛並みが擦れる音が聞こえてきた。
振り返ると、リビングの入り口に、以前から知っているキツネのような生き物、あの「ごんペルツ」が立っていた。
ペイジの記憶は一瞬で、あの日の雪崩と、家が壊れたことへと遡った。彼の心は怒りと驚きでいっぱいになった。
彼は、この生き物が自分の家に再び災厄をもたらすのではないかと疑った。
そっとキッチンから出て、納屋へと足を運んだペイジは、最新式の火縄銃を取り出した。
彼は「ごんペルツ」に向けてその銃を構えた。しかし、銃を構える前に、彼の目は「ごんペルツ」の口に咥えている何かに引き付けられた。
それは、山の貴重な薬草だった。ペイジは一瞬、戸惑った。この生き物が、自分に対して敵意を持っているのか、それとも何かのメッセージを伝えに来たのか。
混乱するペイジの心とは裏腹に、彼の手はすでに銃の引き金にかかっていた。
「バン!!」という銃声が鳴り響いた。
9.「真実」
その銃声は、ペイジの家を囲む森全体に響き渡った。しかし、彼が銃を発砲した方向は、「ごんペルツ」ではなく、高い空だった。
その事実が示すのは、ペイジの心の中で起こった決意の表れだった。
ごんペルツの目は驚きで広がり、薬草を咥えたまま、速やかに家を後にした。その後ろ姿を、目を細めて見つめるペイジの顔には、静かな決意が浮かんでいた。
ペイジは、ごんペルツの行動を通じて彼の気持ちを理解していた。その山の恵みは謝罪の意味が込められているのだと彼は知っていた。
しかし、いつまでもごんペルツの善意に甘えて生きるわけにはいかないとも考えていた。
その銃声は、ペイジ自身の新たなスタートの合図であり、同時にごんペルツに対する最後の感謝の意味も込められていた。
彼は、自らの力で生きていく決意を固めたのだった。




