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「ねえ、教科書見せてくれない?」
「え?」
僕はそう声をかけられ、後ろを向いた。そうか、今日、彼女の隣の人は欠席なのか。
「まだ教科書全部そろってなくて」
「あぁ、転校してきたばっかだもんね。いいよ」
僕はそう言い、教科書を彼女が読みやすいように向けて差し出す。
「ありがとう」
「あ、うん」
僕は教科書に視線をずらす。なんだか恥ずかしくて彼女を直視することができなかったからだ。
「じゃあ、残りの時間、問1から問6までをペアの人と解いてください。欠席とかで隣の人がいないところは3人とかでやってください」
先生の指示があった後、教室が一気に騒がしくなる。
「ペアになってくれる?」
「あぁ、うん」
ぎこちない答え方をしてしまった。友達と話すとき、もっと良い反応ができないのかといつも思う。コミュニケーションが苦手だ。
「ねえ」
「ん?」
「名前、何ていうの?まだ聞けてなかったから」
「え、あ、あぁ」
やっぱり顔を見ただけでは気づかないか。
「松原、松原隼人」
「松原くんね。初めまして。須藤沙也加です。よろしくね」
彼女は僕に向かって微笑んだ。
「こちらこそ、よろしく……」
声が弱々しくなっていくのが分かった。初めまして、か。自分のことを覚えていてくれているかと期待していたが、忘れられていた。心のどこかで、彼女が僕のことを忘れていないだろうという謎の確信もあった。が、現実は違う。ふと空を見ると、雲と雲の隙間から光が漏れ出たり、消えたりを繰り返していた。