#01 邪魔物がいなくなった楽園
“施設”からツカサが追放されて一日。
何事もなく朝を迎えた少年達は、自動調理器によって調理された食事を摂っていた。
「クオン、どうしたの? 元気ないみたいだけど……」
日本人にしては薄色の髪をしている少女が、隣に座る少年に語りかける。
彼女は、一言で言えば「美少女」そのものだった。
長い睫毛に縁どられた目は、意志が強そうな印象を与えると共に人を惹きつける魅力があり、その細い輪郭は少女漫画の登場人物のように整っている。もちろん、スタイルは理想を体現したような姿で、薄色の長い髪はただただ綺麗に輝いていた。
そんな少女が「クオン」と呼んだのは、かつての日本で持て囃されたような整った顔の少年。
栗色の髪をあそばせ、つぶらな瞳と上がりがちな眉が明るい印象を与える美少年だ。
こちらもリーダー然とした意思の強さが垣間見える顔立ちで、実はアイドルだったと言われても納得が出来る容姿だ。溜息を漏らしていても、人の中心に必ず居て注目を集めるような雰囲気は変わらなかった。
そんな彼と、心配そうに問いかける隣の少女が並べば、お似合いの二人と言うほかない。その通り、二人は付き合っていた。この“施設”を取り仕切る彼と彼女が寄り添いあうのは当然の事だったのかも知れない。彼らを自分達の指導者と決めた他のメンバーたちも、それに納得していた。
この場所にいる誰もが、クオンの方針に逆らう事は無かったのだ。
だが、そのクオンが、今になって自分の「決定」に悩んでいる。
食が進まないクオンを見て、美少女――カナは、心配そうに顔を覗き込んだ。
「もしかして……ツカサ君のこと、まだ気に病んでるの……? 仕方ないよ。みんなを守るためには、ああするしかなかったんだもの。クオンは間違った事なんて何もしてないよ」
気遣いを見せるカナの言葉に、そうだそうだと他の声も賛同する。
特に、真向いに居る凛とした顔立ちをした背丈の高い青年が、可愛らしい顔をした線の細い美少年の隣で「気にする事は無い」とキッパリ言い切った。
「あれはクグルギが悪い。この施設には目覚めを待つ奴らが大勢居るんだ。それなのに、あいつはロクに仕事を手伝えもしないクセして、外に出て遊びまわっていたんだぞ。そんな危険人物なんぞ、居てもタダ飯喰らいの役立たずにしかならんだろ」
「あ、アタル……そんな風にクグルギくんを責めちゃだめだよ……」
クール系の整った顔つきをしたアタルという青年を、美少年は宥める。栗色と言うよりは少し黄味がかった柔らかく明るい髪色をした美少年は、そのとおり儚げで女性的な顔つきだ。
常にアタルと共に行動しているその美少年……ナツメは、細い指先でアタルの服を軽く引く。
そんなナツメに、アタルは優しく微笑んだ。
「……ナツメは優しいな。あんなゴミクズを庇ってやるなんて」
「そ、そんなんじゃ……。だって、ツカサ君も仲間でしょ……?」
独特の雰囲気で見つめ合う二人。
だが誰もそれを気にせず、少し席が離れた場所からまた一人声を上げた。
「まぁ、私はどっちでもいいけどねぇ。彼には充分“治験”を手伝ってもらったし、クグルギ君が持って来た外の変異した植物の情報も、一応は貴重な情報だったし。……例え低脳でも、使えない子は使えないなりに、私達が使い道を考えてあげればいいのよ。だって、今の状況はそういう事でしょ?」
「アイリ……」
「……で、使えなくなったと思ったなら、放置すれば良いの。今回は、クグルギ君が『もう使えない人間だ』と思ったから、貴方達も同意したんでしょ? 彼の追放に……」
ふふふ、と笑うのは、左目の下の泣きボクロが特徴的な少女。
彼女はアイリと言い、かつてはツカサの無謀な「野草食べ比べ」の際に、毎度薬を調合してやっていた医者の娘だった。外ハネ気味のミディアムボブといった髪型は、彼女の表情を崩さない冷静そうな微笑を際立たせている。ツカサがどんな症状の時だろうが、彼女は軽い微笑みを欠かさなかった。
だが、その笑みは彼女の冷静さの表れでは無かったのだ。
その事をツカサは知らない。
いや、ツカサだけがそれを知らなかったと言った方が正しいだろう。
この場所にいる全員が、ツカサ以外の仲間達だけが、全てを知っていた。
「そうだけど……でも、森の中のに一人で放置するなんてやっぱり……」
カナが落ちこんだように顔を俯けるのに、アイリは薄く笑う。
「何言ってんのぉ。カナも追放に同意してたでしょ? 和を乱すからやむを得ないって。それなのに後悔なんて今更だし、あの子がバカみたいなことやるから、いつ死ぬか分からないならって治験したりもしたじゃない。そもそも……あの子は私達とは違うのよ? 使えるうちに使うのがクグルギ君への情ってモンでしょ」
「アイリ、言い過ぎだぞ! カナは繊細なんだ。女の子なのに、こんなバケモノだらけの森の中で俺と一緒にお前らのリーダーやってるんだぞ。だから、ツカサみたいな奴にも人一倍気を使ってしまうんだ! 気苦労くらい察してやれ!」
カナの両肩を掴んで彼女を支えるクオンに、アイリは目を細めた。
「ふーん? 心配が遅すぎるよーな気もするけどねえ。……ま、別にいいわ。それより、私の実験はちゃんと保障してくれるんでしょうね。資材が無くなってとりやめとかイヤよ?」
怒鳴られても臆しないアイリに、クオンは怯んだように肩を縮めて目を逸らす。
力関係はクオンの方が圧倒的なのだが、アイリはこの“施設”での医療行為を一手に引き受けているがゆえに、クオンをはじめ他の仲間達はアイリには強く出られなかった。
ツカサに対する“治験”も、アイリの鶴の一声が始まりだ。
――とは言え、それを提案した時は誰も強く反対などしなかったのだが。
「ゴホン……。とにかく……済んでしまった事は仕方がない。失った仲間のためにも、俺達は自覚を持って、生き残らなければな。……助けが来るまで」
「あの……クオン……助けって、本当に来るのかな……」
小さく手を挙げて、おずおずと問いかけるナツメに、クオンは眉間に皺をよせ目を伏せる。
「来るはずだ。……でも、いつかは判断できない。だからこそ、俺達はこの“施設”に籠城して居なければいけないんだ。……俺達が負傷する事は、そのまま未来の欠損に繋がる。言い方は悪いが、俺達はツカサのような“いてもいなくても良い存在”とはワケが違うんだ。自ら危険に飛び込むなんて、俺達がすることじゃない。それは、お前達も解かっているはずだろ」
「それは……そうだけど……」
「もう良いだろ! この話は終わりだ!」
苛立ちを隠せずに言うクオンの言葉に、カナの近くに座っていた小学生ほどの男女の子供がクスクス笑った。
「クオンお兄ちゃんこわーい。お兄ちゃんが落ちこんでたから、こんな話になったのに~」
「オモチャがなくなったからイラだってるんだよぉ。ユナミもオモチャなくなって寂しいもん」
「コウマも~。あーあ、せっかく良い暇潰しのオモチャだったのになー」
そう言いながらクスクスと笑いあう、同い年の男女の子供。
少し顔立ちが違うが、彼ら――ユナミとコウマは、間違いなく双子の兄妹だ。
人を小馬鹿にしたような笑みを常に浮かべている彼らは、それでもコウマ達年上の仲間に手厚く保護されていた。何故なら、彼らもまたツカサとは違い「本当の仲間」だからだ。
「もう、だめよユナミちゃんもコウマ君も……。クオンだって、リーダーを必死に頑張ってるんだから。私達が支えてあげないと……」
「カナおねーちゃん優し~」
「やさし~」
おどけるように言う双子に、カナも「やめてよぉ」と言いつつ笑っている。
場が和んだ……ように見えると無理矢理解釈したらしいアタルは、食器が乗ったトレイを持って立ち上がった。それに、ナツメも続く。
「まあ、アイツのことなんて悩むだけムダだろう。それより建設的な事をした方が良い。……俺は、ナツメと電気設備の点検に行って来る。リーダーは、いつものように他の“施設”と通信できないか試してみてくれ」
「ああ、わかった……」
そう言うクオンは、アタルの端正な顔ではなく彼らが持ったトレイに視線が向いている。
アタルとナツメの持ったトレイに乗っている食器の中には、食べ残された「合成食品」が見受けられた。彼らは“また”食事を残しているのだ。
だが、クオンはそれを責める事は出来なかった。
過去の世界で「新鮮なたべもの」を知ってしまっているクオン達には、ほぼ無限に用意されているだろう「合成食品」の味は酷く味気なかったのである。それゆえ、クオンも含めた全員が食事を残してしまっていても注意できなかったのである。
このような異常な世界で「食べ残しを捨てる」など、本来なら言語道断なのだが……しかし、クオン達はそれが重大な過失であるとは思っていなかった。
何故なら、この“施設”には充分な菓子などが用意されているからだ。
恐らく、大人が駆け付けるまで目覚めた少年少女たちが不安にならないようにとの配慮なのだろうが、人数が人数なだけに結構な量が倉庫に収められていたのである。全員が目覚めてしまえば即座に足りなくなる量だったが、しかし目覚めた人数がツカサを含めて八人だけであれば、向こう三年ほどは心配しないで良い。今のクオン達には、この加工品だけが唯一の「まともな食糧」だった。
例え合成食品が不味くても、お菓子などの加工品があれば生きていける。
食事さえ我慢すれば、不満は何も無いのだ。
電気の心配も水の心配も無いし、娯楽も遊ぶ場所も充分に用意されている。
外を徘徊する化け物たちも、ここに居れば決して入って来る事は無い。
だから、ここで静かに待っていれば何も心配はないのだ。
――少なくとも、クオンはそう信じて疑わなかった。
なのに、そう思わない愚鈍な人間が、一人だけ存在していたのだ。
その「愚鈍な人間」をまた想像してしまって表情を強張らせるクオンを見て、隣にいたカナがわかりやすく肩を竦めた。
「…………それにしても……本当にツカサ君にはまいっちゃうわね。クオンをこんなに悩ませて、私達にも心配を掛けたあげくに……まだこんなにクオンを苦しめてるなんて……」
先程ツカサのことを心配していたはずのカナは、今度はクオンが苦しんでいる事に憤慨し、ツカサが悪いのだと可愛らしい頬を膨らませている。
クオンはそんなカナの感情を優しさだと読み取って、相手に微笑みかけた。
「ありがとう、カナ……俺は大丈夫だ。だから、心配せずカナは双子たちとゆっくりしていてくれ」
「あーいいないいなー、私も休みたいー」
「アイリも休めばいいだろう。怪我も治療器があるからある程度はセルフで済むはずだぞ」
会話に割り込んできたことに少しムッとするクオンに、アイリはニタリと笑う。
明らかにからかっている様子だった。
「まっ、そーだけど。……は~、でも実験出来ないのってつまんないなぁ。やっぱりクグルギ君は生かしておくべきだったかもねぇ。……私だけでなく、クオン達のためにも」
「な、なんだよそれ……」
クオンが気圧されてどもると、アイリは意地悪な猫のように笑ったまま肩を竦めた。
「別に? さーて、明日っからどんなことになるのか楽しみだなぁ~」
そう言いながら医務室へ戻って行くアイリの細い背中を見つめ、クオンは眉根を寄せながら拳を握った。彼女の奔放な言葉に対して、なんらかの怒りを抑え込むように。
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