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6.食べ物は人を狂わせる

 

   ◆




「ツカサくーん、ねぇねぇ、もっと美味しい物食べようよ。野草も実は美味しいのが沢山あるんだろ? それ全部採取して行こうよ! ねっ、もうなんでも積んじゃうからさぁ僕!」

「は、ハハ……そッスね……」


 肉三昧の朝食が終わり、後片付けとちょっとした作業の後。

 再び歩き出したところで、ブレックの態度が急に軟化した事に気が付き、ツカサは乾いた笑みでそれに対応していた。


 これは、アレだ。

 俗にいう「食べ物をやって懐かれた」というやつだ。


(いや、まあ、懐いたとかじゃなくて単純にメシが食べたいだけなんだろうけど、にしたって最初のツンケンした嫌味な態度がウソみたいに……ああ絶対このオッサン信用できねえ……)


 肉が美味かったから態度を変える、なんてレベルでは、もしあの肉で腹を壊したら「コロス!」にもなりかねない。あまりにコロコロと態度が変わる人間など、恐怖の対象でしかなかった。


 しかし、相手はそんな事など露ほども考えていないようで、大人げなくニコニコして肩をワクワクと動かしながら、ツカサが野草を取る度に「ねえそれ美味しいの? 美味しいの!?」と煩く聞いて来る。立場が逆転した……ワケではないが、力関係はそのままで軟化されてもやっぱり怖いだけである。


(はー……このオッサンの口を満足させられないと、コロニーまでたどり着け無さそう……。なんとかして、旅の途中は満足させてやらんとな……)


 しかし、ツカサは別に料理人でも無ければ主夫でもない。

 このオッサンの半分くらいしか生きていないし、そもそも家では手料理など作らなかった。それでもそれなりに腕を奮えるのは、学校に家政科の授業があったのと幼い頃から父方の祖母とおやつなどを一緒に作っていたからだ。逆に言えば、それ以上の事は何もしていなかった。


 そもそもおやつ作りも子供の頃の事だし、料理など【バイオスリープ】前は諸事情が有ったこともあり数年やっていなかった。まあ事情が無くてもしていなかっただろうが、それはともかく。


 ツカサは、基本的に並かそれ以下の料理知識しか持ち合わせていないのだ。

 カルパッチョなどという洒落た名前の料理も作れないというのに、気難しいパワータイプのオッサンの胃袋を満足させるミッションは高難易度としか言えなかった。


(肉焼くので我慢してくれねえかな……そういうワケにもいかんよな……)


 道行く途中でめぼしい野草を採取してはいるものの、その度に「ねえそれ美味しい!? 美味しいの!?」と目を輝かせて期待度を勝手に上げてしまう中年を見れば、さすがに気分が重くなる。

 あと、素直に「腹下しの薬になる」とか薬効を言うと露骨にテンションが下がるのもやめてほしい。どれだけメシに飢えていたんだと逆に悲しくなってくる。


 こんなオッサンと数日間一緒にいるなんて、自分は本当に耐えられるのだろうか。

 心配になって来たが、こうなった以上はもうコロニーまでお供するしかない。


(どーせなら、大人のお姉さんがよかったな……そしたら旅も楽しかったろうに)


 だが目の前にあるのはデカいオッサンの背中である。

 鬱々とした気分になりつつも野草を見つけ摘んでいると、そのデカいオッサンであるブレックが不意に振り返って来た。これはまた「ねえそれなに!?」と聞かれる流れか。構えたツカサだったが、相手は意外にも別の台詞を放って来た。


「ツカサ君、もうすぐ森の外に出るよ」

「えっ……マジ!?」


 思わず声を上げたツカサに頷き、相手は進行方向を指で示す。


「森の入口に、僕のバイクが隠してあるんだ。そのバイクに仕込んである発信機のおかげで、迷わず森を出られるって寸法さ。タンデム出来るからツカサ君は後ろに乗ってね」

「はえー……アンタってバイク乗りだったのか……。いやでも、乗せて貰えるのは嬉しいけどさ、何日も放置してるんなら盗まれたり壊されちゃったりしないの?」


 ブレックが言うには、外の世界は荒野がほとんどで街も珍しいという有様で、略奪や強奪も日常茶飯事なのだという。集落に来た人間を即襲うようなレベルで荒廃しているとなれば、暴行や強盗などは当たり前の世の中に違いない。資源だって奪い合いになっているだろう。

 だからこそ、そんな金属の塊など盗賊が奪って行ってしまうような気がするのだが。

 心配になって問いかけるツカサに、ブレックは心配いらないと眉を上げて笑った。


「バイク自体持ってる奴も少ないし、僕のは生体認証でしか動かせない。それに、バイクに何か有れば発信機が動くからね。解体されても部品ごと取り返せば良い。……まあ、壊さずに解体できるアタマが有る人間の方がもう少なくなっちゃったから、大概は完成品そのままで売られるし……そうなれば、僕も相手のマナーに則って暴力で奪い返せば良いだけだ。簡単なことだよ」


 そう言いながら、ホルスターからバールのような物を取り出すブレックに、なにやら寒気を感じてツカサは「へ、へぇ……」と気弱な返事を返すしかなかった。


(外の世界ってホントにどうなってんだ……? 世紀末覇者が居そうな世界ってのは何となくわかるけど……そんなサツバツとしてる所で、俺って生きていけるんだろうか……)


 いくら【超回復】という特殊な能力が有るとしても、それだけで生きていけるほど世の中は優しくないだろう。むしろ、どこかでブラック企業に捕まってエンドレス労働をさせられ死ぬ方が可能性が高い。人より回復が早いというだけの能力では、どうにも不安だった。


(はぁ……ブレックの【破壊者】みたいな能力があれば、俺だって一人で生きていけたんだろうけどなぁ……世の中ってホントうまくいかないもんだ)


 さっそく先行きが不安になっている所に、薄く紫がかったピンク色の葉を見つけ、ツカサはその葉を採取した。そうして、何の気なしに口に含む。


「わっ、ツカサ君なにそれ。毒?」

「エグい色だけど毒じゃないってば。ほら一枚食べてみ」


 シソの葉のような形をしたピンク色の葉を差し出すと、ブレックは恐る恐ると言った様子で受け取り、口に入れる。そうしてやけに慎重に無精髭の顎を動かしたと思ったら、パッと顔を輝かせた。


「うわっ!! これガムだ! グレープ……いやストロベリー……ええと、とにかくあの香料バリバリのガムの味!」

「膨らんだりはさすがにしないけど、甘みがあるだけありがたいだろ? まあでも、あんまりにも駄菓子感強いから、料理とかには入れられないんだけどな……」


 それでも、口寂しい時には大変重宝する草だ。

 これにはブレックも上機嫌になって、さきほどまで警戒していたピンク色の葉をムシャついている。……本当にこの男は荒廃した世界で旅を続けてきたのだろうか。笑顔があまりにも人懐こすぎて、ツカサはなんだか毒気が抜けてしまった。


(はー……なんでこう、このオッサンといると締まらないんだろうなぁ)


 考えても良く分からなくて、ツカサはこっそり溜息を吐く。

 どれだけ大人らしくない態度だろうが、何故かこの無精髭の赤髪中年から離れようとは思えない。それはきっと、ツカサの中に大人に対する信頼感が残っているからなのだろう。

 だからこうして素直に相手に付いて行ってしまっているのだ。


 大人など、目覚めてからは画面の向こうにしか存在していなかった。

 なのに、いざ出会うとこうやって昔の世界と同じように行動してしまうなんて、これでは今後悪い大人に会っても同じ事をやりそうで怖い。警戒心は有るはずなのに、今みたいにホイホイ付いて行くのでは意味が無かった。一人で生きて行くと決めたのに、これでは情けない。


(オトナに頼っている自分がダサすぎるけど……でも、昔の世界で暮らしてた時は、そんくらい俺は大人に守って貰ってたんだろうな……)


 だから自分は、無意識に大人と言う存在を頼ろうとしてしまうのだろう。

 例え相手が悪人染みた笑みを浮かべていても、それを度外視してしまうほどに。


 ……そう思うのは、ツカサは今までの人生で何度も大人に助けて貰っていたからだ。

 両親だけでなく、祖母や集落の大人達は子供のツカサを優しく見守りいつも助けてくれた。病で入院した時だって、大人達は迷惑な存在だろう自分を手厚く看病してくれたのだ。


 その事に関係する思い出はあまり思い出したくないが、ともかく大人と言う存在は常にツカサを守ってくれていた。同時に、己の不甲斐なさも蘇って来て恥ずかしくなるが、それでも今までの彼らに対する恩が、確かにツカサの中に残っているのだ。


 それゆえ、ツカサは無意識に目の前の中年男をも信頼してしまうのかも知れない。


(でも、このオッサンは明らかに素行不良って感じなのになあ……なんで俺も素直についてっちゃってるんだろう……どっかで身ぐるみはがされて殺されてもおかしくないのにな……)


 こんな荒んだ世界なら、目の前の男も躊躇なくそう言う事をするだろう。

 大人が未成年を守ると言う大義は、この世界では失われている。

 それどころか、ブレックは「法などない」と言っていた。だとすれば、この世界は最早昔の日本の面影など消え去ってしまっているだろう。大人を信用しても、恐らく待っているのは破滅だ。


 それを予測できているのに、何故目の前の男を信頼できるのか、自分でも不思議だった。


「あっ、ツカサ君森を抜けるよ。は~、やっと森を抜けられる……」

「えっ……あ、ま、待ってよ!」


 急に話しかけられ、慌ててブレックの横に駆け寄る。

 ブレックに借りた荷物袋は最早パンパンに膨らんでいて、持つのにも一苦労だ。引き摺らないように気を付けながら前方を見やると、森の木々の間が日差しで光って見えた。

 ということは、もう向こう側に森は無い。ついに、森を脱出したのだ。


「さあ、君が知らない日本のおでましだ」


 そうおどけたように言うブレックの大きな歩幅に早足で会わせ、うっすら見えてきた光景を一心に見ながら、ついに――――森を抜ける。

 強い日差しの下、視界いっぱいに広がっていたのは――――



 荒涼と広がる、岩と隆起した地面で地形が形作られただけの世界だった。



「これ、が……今の……」

「そう。かつてこの場所には人々の家が有った。だけどもう、それすら存在しない。化け物に破壊しつくされ、人々に資材として奪われ後は死の大地が残った。それだけの……ただの荒野さ」


 右を見ても、左を見ても、地平線が続いている。

 どこにも建物は無い。

 まるで古い西部劇の映画で見かけるような、草すらもまばらな荒野ばかりだった。


「これが……」


 鳥の声も、人の声もない。

 風が吹き抜けるだけの世界を笑うように、背後の森の木々がざわめいていた。


「……っと、あったあった。さぁ、行こうかツカサ君。明るいうちにキャンプに辿り着けないと、モンスターが襲って来るからね」

「あ、ああ……」


 豊かな森と荒野は、まるで一線を引いたようにくっきりと分かれている。

 その森からえらく大きなバイクを押して来たブレックを見ながら、ツカサはふと“施設”で暮らしているだろう仲間を思って顔を歪めた。

 何故か急に、彼らが恋しいように思えたのだ。


(……みんな、大丈夫かな。モンスターは近寄って来ないみたいだから大丈夫だけど、食料もいつまでもあるわけじゃないだろうし……なにより……ずっと、あの中で暮らすなんて……)


 それでは、檻の中で捕らわれているのと同じなのではないのか。

 考えて、ツカサは首を振った。


 今自分が何を思っても、結局自分は追放された身なのだ。

 どれほど彼らに謝りたいと思っても、今の自分では合わせる顔も無い。

 せめて、彼らが許してくれるような「成果」を持ち帰らねば。


(いつかは、戻って来よう。俺が悪かったんだから、なにか……せめて、みんなに顔向けできるようなことを持ち帰らないと戻れそうにない)


 強く、そう思う。

 だが何故そう思うのかは自分でも分からない。

 それほど大事な仲間だったのかと自分に問いかけるが、結局は良く分からず。


「ツカサ君、後ろに乗って」


 体を震わせるようなドッ、ドッ、というエンジン音と共にブレックが言う。

 既に準備を終えたのか、長身の男が乗ってやっとつり合いが撮れるような大型のバイクは、荷台に荷物袋を載せて操縦者との間に少しだけ隙間を作っていた。随分と狭い席だが、贅沢は言っていられない。

 平均身長にギリギリ届かないツカサは四苦八苦してバイクに乗ると、荷台の端板に後ろ手で手を伸ばした。……さすがに、オッサンに抱き着くのは遠慮したい。


「それで大丈夫? まあいいか。それじゃ行くよ、ツカサ君」


 ブレックがハンドルを回すとともに勢いよく動力が動く音が聞こえて、背後から太鼓を打ったような爆音が一度響いた。排気ガス。昔の世界でもあまり目にしなくなったそれを見て、ツカサはこのバイクが少し古い物なのだと言う事を知った。


 しかし、こんなバイクでこの男はどうやって旅を続けていたのだろう。

 この男と一緒に旅をしたら、少しは理解出来るのだろうか。


(……ブレックに色々教えて貰えば……一人でちゃんとやってけるのかな……)


 そう思うが、しかし不安が残る。

 森の中の“施設”で暮らす仲間達の事を考えると、何故かツカサは「離れてはいけない」という思いが湧いたが……自分は追放されたのだと首を振り、動き出すバイクの前方を見ることに努めたのだった。




 



 

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