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4.奇怪な野草とモンスター

 

   ◆



 明けて翌日。

 ツカサは夜明け前の薄暗い時間に起こされ、朝の内に森を移動することとなった。


 ブレックが言うには、森はそこそこ広いようで、この時間から動かないと昼までに抜けられないらしい。巷では「最後の大森林」と呼ばれているとのことだったが、ブレックから言わせると「この周辺の人間にとっては最後の大森林」なのだそうな。実は、他にもツカサ達が居た森と似たような場所が有るのだという。


 だが、そこは険しい荒野を越えた所だったり、モンスターがうじゃうじゃ潜んでいたりで、とてもじゃないが一般人は近寄れない。そのため、コロニーには【探索者】が複数いて、彼らが危険を冒して森から植物や素材を持ち込み、コロニーの人々に売るという商売が一般化しているのだとか。


 ブレックも【探索者】であるので、当然そう言った依頼を受けている。

 今回森に入って来たのも、森での食糧探しを依頼されたからだった。


(だから、俺に食べられる野草をありったけ採れ、なんて言ってるんだな)


 鬱蒼とした森を歩きながらも、律儀に地面を見て野草を探すツカサだったが――――ふと、嫌な事に気が付いて、相手の背中に問いかけた。


「……念のため聞くけど、ぼったくってないよな?」

「ぼったくりなんて言い方が悪い。必要経費と言ってほしいなあ。ま、僕は適正価格のウチだけどね。三流探索者は法外……おっともう法律なんてないか。まあそんな値段を吹っ掛けるから、僕はえらく良心的な方なんだよ?」


 鉄パイプを手に持って森を先導するブレックは、ツカサを振り返り心外そうな顔をする。

 そのあからさまな表情こそが胡散臭いのだが、それを言っても仕方がないのでツカサは何も言わない事にした。だが、少し考えてブレックが何故適正な値段で仕事を引き受けるのかを考え……もしかしたら、ブレックは本当のことを言ったのではないかと思い、ツカサは問いを口にした。


「むしろそっちの方が儲かるってこと?」

「君、そう言う所は中々に頭が回るね。そう、探索者なんてもんはほぼ変人の集まりだから、値段の感覚も高くして儲けたいって感じでしかないんだ。人の生活なんてしったこっちゃないし、この世界じゃ『適正価格』なんて誰も勉強しないからね」

「えぇ~……」

「君のその『えぇ』も旧世界の感覚だよ。……でも、それじゃ数はこなせない。“ノコサレ”達は価値がある物を持っている方が珍しいからね。それに、そういうものは絶対に手放さない。だから……」

「適正価格で良い顔して信頼させて、最終的に『価値のあるもの』を頂きやすくするのか」


 じろりと半眼で睨むツカサに、ブレックは分かりやすく肩を竦めた。


「代価と言って欲しいね。そのぶん仕事はキチンとやるワケだし。……そもそも、信頼ってのはこの世界じゃ獲得しにくい関係性の一つだ。それもまた財産のうちなんだよ? なんせ、よそ者がコミュニティに入って来て御馳走して貰えるなんてのも、昔ならあったけど……今は、いつ身ぐるみはがされるか判らない世界だからねえ」

「ヒェ……」

「ま、金儲けの道も楽じゃないってことさ。“信用”して貰えるだけでもありがたい」


 そう平然と言い切ってしまったブレックに、ツカサは愕然とした。

 未来の世界は、それほどまでに荒んでしまったというのか。村を訪ねたら即身ぐるみ強奪なんて、江戸時代でも特殊な例だと言われるに違いない。


 大体の場合、襲うにしても少しくらいは歓迎して油断させるのが定石だろうに、なぜそんなスラム街のようなことになってしまうのか。そこまで……この世界は、荒みきってしまったというのか。


 自分の生きてきた世界とはまるで違う。

 本当に、別の世界のようだ。


 なんだか一度には飲み込めなくて、ツカサは視線を地面に落とすしかなかった。


(にしたって、違いすぎだろ……。ホントにここは日本なのか……?)


 自分達が眠っている間に、世界に一体何が起こったのだろうか。ツカサは眉間にシワを寄せて悩む。そもそも、今は“あの時”から一体何年経過しているのか分からない。両親は、友人達は無事なのか。今も生きているのだろうか?


 それを考えずにはいられなかったが、悩んでいても答えは出ないのだ。

 一先ず、考えるよりは先にブレックの協力要請に従った方が良い。ツカサは己を叱咤すると、再び野草が無いかと頭を動かした。


(せっかく助けて貰ったんだし、相手のお願いくらいは聞かないとな。野草ってんなら、俺にだって少しは手伝えることも有るワケだし……)


 なんとしてでも見つけなければ、と目を細めたところで、少し先に見覚えのある形をした草を見つけてツカサは立ち止まった。その気配に気が付いたのか、ブレックも立ち止まる。


「なに、どうしたの」

「野草があった。こっちきて」


 今度はツカサが先導して、言うがままに付いて来るブレックを野草が生えている場所に連れて行く。草むらの中で、色々な植物の間にひっそりと埋もれている――――片側が斜めにカットされたいびつな丸い小石。それを見るなり、ブレックは疑わしげな声を発した。


「はぁ? いやこれ石じゃないか。ツカサ君、もしかして目が腐ってるの?」

「酷いことさらっと言うなお前! いや、まあ、ただの石ころに見えるかも知れないけど……ほら、持ち上げてみると下に青々しい茎が見えるだろ。これは石に擬態した植物なんだよ」


 そう言って、石を持ち上げる。すると、ツカサの予想通り小石の下には鮮やかな若草色の茎があり、地面にしっかりと突き刺さっていた。


「えっ……これホントに植物!?」

「イシモドキって俺は呼んでるけど、結構使えるよ。こんなナリしてるけど、こっちの欠けてるように見える所から剥いだら、中に何重にも若い葉っぱが詰まってるんだ」


 そう言って、石にしか思えない手触りと見た目をしているイシモドキの端っこを爪で剥ぐと、擬態していた皮の部分が簡単に剥げて、キャベツのように折り重なった若葉が現れた。


「う、うわっ、ホントだ……てか、ネバネバしてるね……」

「この葉っぱの間にあるネバついたところが、傷に凄く効くんだ。もちろん、葉もすり潰したら使えるし……うまく調合出来たら薬になるかも! あとさ、このままもってけばだいぶ長持ちするんだぜ。味もシソみたいで結構うまいし……」

「へー……ツカサ君って見た目のわりに結構物知りなんだねえ」


 誉めているのか貶しているのか分からないが、一応誉め言葉として受け取っておこう。


 ツカサはイシモドキを茎の根元から切り取ると、そこいらにも数個散らばっているイシモドキも採種した。森を出るのなら、多少多めに採取しておいた方がいいだろう。何せ、今から旅をすることになるのだから。


(道中でモンスターに出くわすかもしれないしな。備えあれば憂いなしだぜ)


 この調子で、他の野草も採集していこう。

 そう思い、森の奥を見やると――――


「……んん?」


 何故だろう。木々の隙間に黄色と黒の素敵なシマ模様が見えた気がする。まるで虎柄のようだ。しかし虎は日本の野生生物ではないはずだ。きっと見間違いだろう。しかし、何度目をこすってみても、シマシマは消えるどころか近付いてくる。


「変だな……シマシマが……」

「っておいっ! なにボサッとしてんの逃げろって!」


 ブレックの声が背後から聞こえてくる。と、思った刹那、シマシマがグンと近付いて来て、木々の枝をバキバキと折りながらその巨体を現した。

 黒と黄色、シマシマ模様の――――ワニっぽい顔をした、毛むくじゃらのウマが。


「う、ウマァアア!?」

「だあもうクソッ! 下がってろ!!」

「ぶわっ」


 いつの間にか目の前に移動して来ていたブレックが、ツカサの身体を押し退ける。

 どん、と突き飛ばされて転がり、ツカサは木の幹に頭を打った。

 ぎゃあっなどという情けない悲鳴を上げてしまったが、そんな場合ではないのだ。慌てて首を振って目をチカチカさせる星を振り払うと、ツカサはブレックのほうを見た。


「チッ……トラジマウマか……」

「ぶ、ブレック! 大丈夫か!?」


 舌打ちをした相手は、トラジマウマと呼ばれたモンスターの口に鉄パイプを挟み込み、なんとかその巨大な口が閉じるのを防いでいる。だが、敵の口は恐竜かと思うほどに大きく開いていて、鉄パイプがなかったらブレックの上半身は完全に食われてしまうほどだった。


 ツカサとて、この森で猛獣や化け物……いや、モンスターと言う存在に出会わなかったわけではない。だが、それは「戦った」ということではないのだ。


 確かにツカサはモンスター達から逃げ回っていたが、それは遠目にモンスターを見かけたら即座に退避していた、と言うだけに過ぎない。いつも“施設”の周辺にしか行かなかったから、このように間近でモンスターに出遭う事などなかったのである。


(し、施設の周辺はモンスターが寄って来なかったから、こんなバケモノがいるなんて知らなかった……ど、どうにか……どうにかしないと……!!)


 さすがの【破壊者】ブレックも、獲物を封じられていては動けない。

 だが、トラジマウマは全く口を閉じる力を緩める気配は無かった。このままでは、ブレックがウマのご飯にされてしまう。そうなったら自分だって危ない。どうにかしなければと焦って周囲を見回し、ギョロギョロと目を動かしていると――――特徴的な色をした実が目に入った。


「あっ、あった!!」


 よろけながらも立ち上がって、木に鈴なりになっていた木の実を出来るだけもぎとる。

 それは、丸めた紙屑のように歪な形をした、茶色の実果実。軽くスカスカで中身が何も無いようなその果実の表面の一か所を、内部に到達しないようギリギリまで小石でガツガツと削る。

 二、三個同じように削ると、それを持って再びブレックの方へ近づいた。


「ブレック、ウマから離れて!!」

「ッ!」


 ツカサが何かを持って来た事を横目で察知したのか、すぐにブレックは飛び退く。

 突然目の前の獲物が居なくなったことに、ウマが一瞬ビクつき停止した。

 その隙を逃さず、ツカサは巨体めがけて木の実を投げた。


 ――――パンッ。


 まるで、何かが勢いよく弾けたような音がする。

 その通り、限界まで削った茶色い木の実は、硬い皮があったにも関わらず割れてしまったのだ。しかし、事はそれだけでは終わらなかった。


「グヒィイイッ!? ゲッ、グゲッ、ガァアアッ」


 動物が出さないような声でウマが体を震わせたかと思うと、その場で暴れはじめる。

 まるで何かから逃れようとするかのように暴れるが、次第に大人しくなり――――泡を吹いて、その場に倒れてしまった。


「な……なに、何が起こったの?」


 ワケが分からない、といった様子で近付いて来るブレックに、ツカサは苦笑する。


「へ、へへへ……この木の実のおかげ」


 そう言いながら見せるのは、先程の歪な形をした木の実だ。


「この木の実は、ごく短い時間のごく短い距離にだけ強烈な悪臭をまき散らすんだ。例えば、生ごみを水の中に放置してお酢を振って一週間置いたような……」

「ツカサ君それ試したことあるの? うわぁ、ちゃんとゴミは捨てなよ……」

「してねえよ例えだよ! そんな感じのニオイがしたの! ……ゴホン。ともかく、凄いニオイなんだ。……なんでそんな生態なのかは知らないけど……でも、ニオイはすぐに消えるから安心して。……ちなみに、このウマって食べられるの?」


 半信半疑な顔をしていたブレックだったが、実際に悪臭がすぐに消え去った事に感心して頷きつつ、ツカサの質問に首を傾げる。


「いやー、どうかな。もっぱら毛皮として使われててイイ値段がするけど、狩ったとしても保存容器もないし、鮮度を保つ機械なんて持ってる奴は稀だからねえ。僕も肉は食べたこと無いや。だって何かに当たったら大変だし……」


 そう言いつつも、ブレックは少し考えるそぶりを見せてツカサをもう一度見る。

 何か「良い事を思いついた」とでも言わんばかりのしたり顔だが、そこまで態度で示されれば、ツカサとて相手が何を考えているか解ってしまう。


「まあどうせ、肉食わなきゃ人間生きていけないんだし……血抜きして、捌いてみる?」

「ふふふ、毒見は頼んだよツカサ君。ああ、あと肉を美味しく食べられる野草が有ればいいな。解体とかは僕がやってあげるから、料理の方はよろしくね」


 毒があるかどうかの判断が出来るようになったからか、相手は矢継ぎ早に言い出した。

 確かに、ツカサは今まで毒のあるなしを直接食べて判断して来たが、そのように頼られても困る。というか、強烈な毒だと普通に死んでしまいそうなのだが、それは良いのだろうか。


(いやまあ、オッサンからすれば別に良いのか……死ぬのは俺だし……)


 なんにせよ酷い中年男である。

 まあ、助けて貰った時に、口調や一人称が柔らかいワリに人でなしな事ばかりを言う相手だと充分理解していたので、いまさらな話ではあるのだが。


「ツカサ君、早速ごはんにしようよ。あ、そういえばあっちに川が有ったから行こう。一緒に引きずって。途中で野草も見つけてね」

「はいはい……注文が多いオッサンだなぁ……。わーったよ。まあ俺だって、解体とかはちょっと遠慮したかったし……」

「ははは、ツカサ君に野草探し以外の能力なんて期待してないから安心して」

「だーっ、はっ倒すぞこのクソオヤジ!!」


 やれるもんならやってみな、と言われてしまったが、残念ながら出来はしない。

 こんなことになるなら、せめて【超回復】でなく【筋骨隆々】とかそういう能力の方が良かったなとションボリしつつ、ツカサはトラジマウマの重い足を苦労して持ちあげたのであった。






 

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