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  疑念と思惑

 

 少年は、嘘をついている。


 ブレックは彼が自分の身の上を話し出した時、それを確信した。


(みんな仲良く施設暮らしをしてた、ねえ。……あんな謎の痣があったり、背中に何かで打たれたような傷跡が残ってたのに、普通の顔で『仲良くしてました』とは……だいぶ良い風に言い過ぎだ)


 乾いた枯れ木をたき火に放り投げながら、呆れを多分に含んだ溜息を吐く。

 恐らく、追放されたというのも嘘だろう。


 いや、本人からすれば「自分が悪いから追放された」と思っているのだろうが、内情はだいぶ違うものなのだろうなとブレックは見当をつけた。


(内部分裂……もしくはこの能天気な少年が目障りになったか……。なんにせよ、外に出て生きようとしている彼を疎ましく思って、強制的に排除しようとしたのは間違いないだろう)


 出会った当初のツカサの様子からすれば、彼が目覚めた“施設”の仲間達とやらは、日常的にツカサを鬱憤の刷毛口にしていたに違いない。ツカサの手が薬品を使った後のように荒れているのも、彼が毒草などを日常的に触っていただけではないだろう。


 何が起こったかはツカサに直接聞かねば分からないことなので、推測のしようもないが――――ともかく、仲間と呼ばれた“上級国民”達は、ツカサを完全に下僕扱いしていたので間違いない。


(いくつかの“施設”を中心にしたコロニーに寄った事があるけど、ホント酷い有様だったしな。ツカサ君は『上級国民って呼び方は嫌い』とか甘っちょろいコト言ってたが、現実を見れば嫌でも慇懃無礼(いんぎんぶれい)な呼び方をしたくなる。君の精神汚染された様子を見ればなおさらだ。……ま、この状況じゃ仕方ないだろうけど)


 優しさに溢れた過去の世界の人々なら、現実に出現したモンスターパークなど到底受け入れられないだろう。何の力も持たない人間であれば、建物に籠るしか選択肢は無い。そうなれば、よりいっそう内部の結束は強くなる。子供同士でも、そこには大人の組織と何ら変わりのない構造が出来上がるのだ。


 この結束を破る者は「悪」である。ルールに従わぬものは「攻撃しても良いものである」と。


 だから、そこで底辺の人間がどんな仕打ちを受けたとしても、誰も悪いとは思わない。結束のために必要だと言われれば、否定するものも封殺されてしまうだろう。

 結束を崩す事が何よりの悪であるからこそ、ツカサも「自分が悪い」としか思わなかったのだ。


(……暗示は厄介だなぁ。……まあ、やりようによっては扱いやすそうだけど。なんかアホそうな子だし…………面倒臭そうなら、あとくされなく売っても良いかな。黒髪琥珀眼なんて、今の世界じゃ上級国民でもそうは居ないから、良い値段になりそうだ)


 そう思いつつ、たき火の向こうで体を横たえている相手を見る。

 本当に申告した年齢通りなのだろうかと疑うほど、子供っぽい容姿。実際より二、三歳も幼く見える相手を見て、ブレックはどうしたものかと溜息を吐いた。


(まあどっちにしろ……うーん……売るとは言っても、どうしようかなあ……。なーんか気が進まないんだよなぁ……。いつもなら、有り金かっぱらって放置するのに……なーんでこの子だけ助けようと思ったんだか、自分でも意味不明だ……)


 ブレックという人間は、一言で言えば「善人ではない」男だ。


 人を売る事も厭わないし、殺し合いにも忌避感は無い。それが利益になれば、他人の墓を平気で掘り返して貴金属を懐に入れるような人間なのだ。

 けれども、その考え方はブレックだけが持つものでは無い。

 弱肉強食。強い者が弱い物を喰らう。それがこの世界では当然の倫理観だった。


 ――――これもまた、大災害が残した『悪魔の置き土産』と言えるかもしれない。


()()()から、全部変わっちゃったもんなあ。人も、大地も……)


 日本が……いや、世界が【悪魔の沈黙】によって終末を迎えた後、全ての大地は略奪と暴力が蔓延る混沌に堕ちてしまった。最早文明は消滅し、ありとあらゆるものが奪われ荒廃して行ったのだ。


 森を守る者が消えた場所では異常気象の影響で崩れた山ばかりの荒野となり、かつて文明の頂点に辿り着こうとしていたビルの群れも巨大な廃墟と化した。そのうえ、それらの「遺跡」は、どこからか発生したかもわからない、異常な生態を持つ化け物……モンスターの棲家となってしまっている。

 この世界は、完全に壊れてしまっていた。


(そんな世界に生きてるんだから、そりゃ人間だって壊れてもおかしくない。普通の倫理観……なんてモノは、過去と今とでは全く違うんだ。……この子をコロニーに放り出したら、たぶん何も出来ないまんま蹂躙されて死んじゃうんだろうなあ……速攻で売り飛ばされるか内臓売っ払われそうだ。なんせ、彼は今でも『旧世界の倫理観』で生きてるわけだし……)


 悩ましく考えつつ、胸ポケットから小さな包みを取り出して器用に開く。

 するとそれは紙コップになり、ブレックは火にかけていた水筒を取りそこに湯を入れた。途端、紙コップの底面から薄黒い色が浮かび上がり、湯に溶けて行く。


 ――――これは、旧世界の遺物。

 折り紙の技術を応用して作られた、携帯式インスタントコーヒーだ。

 底面に特殊な技術で乾燥濃縮させたコーヒーが塗られていて、お湯を掛けるとそれらが一瞬にして溶け立派なコーヒーになるというものである。


 今となっては、こういう「一般的になり得たもの」も「神聖な旧世紀の遺物」だ。


「人を殺しちゃいけない、人に優しくしなきゃ行けない、人と仲良くしなくちゃいけない……それらも全部、ここじゃ『神聖な遺物』なんだろうなァ」


 芳醇な香りをくゆらせる琥珀色の液体を啜り、ブレックは半眼で嫌味に笑んだ。


(まぁ、どんな事情であれ……拾ったモノは仕方ない。サヨナラする時まで、有効に使わせて貰おうじゃないか。……色々と、ね)


 彼がどんな過酷な仕打ちを受けて、追放されたのかは分からない。

 だが、そんなことを知ってもブレックには得など無いのだから、何も伝えて来ないのであれば聞かない方が後腐れが無くていい。

 

 どうせ、誰もが隠し事をして生きている。

 そうしなければ、こんな薄汚れた世界を生き抜くことは出来ないのだ。


「これからよろしくね、ツカサ君」


 柔和な口調で、ブレックは献杯するように紙コップを軽く掲げる。

 だがその笑みは相手を敬う意思など全くなく、ただ暗い策略に歪んでいた。

 





 

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