3.願望能力
「僕の【願望能力】は、ありとあらゆるものを武器として全てを打ち砕く事が出来る【破壊者】っていう能力なんだ。……今は木しか相手がいないけど、モンスター相手にも有効だよ」
「は、はかいしゃ……」
今のは怪力がどうとかという話ではないのだろうか、とツカサは思ったが、しかしそれにしたって鉄パイプは曲がってもいないし、男が息も乱さず平然としているのは解せない。
やはりこれは、何らかの能力と思うほかないのだろう。
(漫画とかゲームの世界過ぎて頭がついてかないけど……でも、もしオッサンの言う【願望能力】ってのがマジだったら、俺にもそういう力があるってこと……!?)
だとしたら、どんな能力なのだろうか。
モンスターのような姿をした猛獣がいて、日本の植物とは思えない妙な植物が蔓延っている未来世界なのだから、きっと自分にもそういう力が目覚めたっておかしくない。
これで一人で生きていける能力が獲得出来たら嬉しいのだが。
(オッサンみたいな能力が有れば、ここを出て行ってもなんとかやれるかも……! それに、この人は森の外から来たんだし……きっと他にも生きてる人はいるよな。だったら、もしかしたら……俺の父さんと母さんも……まだ、生きてるかも……!)
今までは、恐ろしい猛獣が怖くて外に出る事すらままならなかった。
だが、この赤髪の外国人風中年が言う【願望能力】というものが本当に存在するのであれば、ツカサもその力を使って安全に旅が出来るかもしれない。
旅が出来れば、自分の両親だけでなく仲間達の親や、それどころか今もまだ目覚めていない子供達を安全に目覚めさせる技術を持つ大人も連れて来られる。
そうすれば、こんな世界でも皆生きて行けるかもしれない。
自分は追放された身ではあるが、それでも。
(それでも……探さない、なんて、考えられないよな。仮面のライダーもチート主人公も水戸黄門も銭形平次も絶対そうするに決まってるし!)
彼らが未来世界でどう行動するかはツカサには想像出来なかったが、それでもきっと、子供の頃から見て来たヒーロー達は困っている人を見棄てはしないだろう。
特に、父方の祖母の家で延々流れていた時代劇の格好いい大人達なら、絶対。
そう思うと俄然やる気が出て来て、ツカサは立ち上がり赤髪の男の顔を見上げた。
「そんでっ、そんでどーするんだ!? 俺の能力ってのはどうやったら分かるの!?」
「え? あ、うん。えーと……普通は、自分が『こんな力が欲しい』と願った時点で、なんとなーく体にやるべき事が湧きあがってくるんだけど……」
「…………そんな記憶ないな……」
ツカサが難しい顔をしてそう言うと、赤髪の中年男は呆れたように眉を上げる。
「そりゃ……えーと……僕の見込み違いだったかな……」
「いやあの試してみないと分かんないじゃん!?」
「まあそれもそうか……じゃあ一応、最低限のことは試してみる?」
もちろんだ、と力強く頷いたツカサに、いかにも外国人っぽい肩を竦めつつ空を見上げる「やれやれ」のジェスチャーを見せた男は、そんな態度をあからさまに見せつけながらも荷物袋からナイフを取り出し、ツカサに差し出した。
相手が言うには「小さい傷をつけてみるのが一番早い」というので、ツカサは少し躊躇ったものの意を決して腕にナイフを滑らせた。と、すぐに血が切れた部分から流れ出す。
これで「わかる」とは言うが、一体どういうことなのだろう。
不思議に思いつつ、赤髪の男と傷口を眺めていると……――――
「……あれっ!?」
すっとんきょうな声を出したツカサの視線の先には、傷口がある。
血が止まるにしても、その断面はそのままのはずだ。
しかしツカサと赤髪の男が見つめる傷口は、徐々に塞がって行くではないか。
少々気分が悪くなる光景だったが、しかしそんなツカサを余所にナイフで傷付けた腕は、ものの一分もしない内に元通り治ってしまった。
「あ、あの、オッサンこれって……」
「……普通の【探索者】より、かなり早い治り方だな……」
「え?」
「ああいや、僕みたいに【願望能力】がある人間は、大抵が犯罪者か【探索者】になっててね。で、そいつらは当然スキルがあって普通の人間より丈夫だから、食糧さえあれば常人より早く傷や怪我の回復が出来る。僕もそうだ。腕が千切れる寸前だろうと、大量に物を喰えば大概どうとでもなるものなんだ」
「そ、そんなに」
ファンタジー染みた台詞が凄まじいが、しかしこれもまた現実なのだろう。
目の前のオッサンは、ざりざりと無精髭の顎を擦りながら顔を難しそうに歪める。
「だけど……君のコレは、どう見ても異常だ。君くらいの何の迫力も感じない子なら、食料ナシってなると本来なら一日でも回復が早い方なのに……一分もかからないとなると……」
「となると……?」
「君の【願望能力】は、もしかすると【体力回復】か……いや、むしろ【超回復】と言えるものなのかも知れないね」
体力回復。
超回復。
つまり、人より傷の治りが早いという健康極まるスキルだ。
(って、どっちにしろダセェエエッ!! 基本能力の上位版ってだけで、他に何の能力も無いってこと!? ちょっと待ってよそれ完全に使えない能力じゃんか!)
てっきり、先程の【破壊者】のように敵をバッタバッタとなぎ倒せるスーパーパワーが自分にも存在すると思っていたのに、授かった力が【超回復】は流石に悲し過ぎる。
自分はそんなに健康を願っていたのだろうか。だとしたら過去に戻って自分を殴りたい。せめてもうちょっと、ヒーローになりたいだとか変なビーム打ちたいとか、そういう夢を持って欲しかった。いや日常生活で憧れすぎてヤバい人になるのも困りものではあるが、今となっては後悔先に立たずである。
(おあぁあああ……しょ、食糧さえあれば元気って言っても、何度もモンスターに襲われたら死んじゃうじゃん! つーか腕は千切れたらもうくっつかないんでしょ!? それ考えると俺ってタダの丈夫なよわよわ一般人でしかないんですけど!? ああもう筋トレしときゃよかったなあもう!)
とはいえ、筋肉どころかプニつくばかりの未だに成長期が来ていないツカサの身体では、人一倍筋力強化に励んでも、二の腕の感触が赤ちゃんのマシマロほっぺから牛ホルモンに変わるくらいだろう。
太ったらさぞかし耐久性はつくだろうが、しかし流石に無謀な挑戦は出来なかった。
「お、終わった……俺のチート人生終わった……始まっても無いのに……」
そもそもチートでも無いかも知れない。標準装備能力の上位版なだけである。
しかも食事をしなければ持続できないようだから、完全に無駄な能力だった。
(こ、今後どうやって暮らして行ったらいいんだ……仲間なんてもういないのに……)
がっくりと地面に膝をついて四つん這いになるツカサを、デリカシーのない赤髪の中年男は腕を組みつつジロジロ眺める。
「何言ってんだか分かんないけど、一般人からしてみれば【超回復】だって凄いんだけどねえ。……まあ、食料がなければ使えない能力かも知れないけども」
「ハッキリ言うなぁああ! 人の心が無いんかこのオッサン!」
「とりあえず、君が仲間から追放されて行き場も無く能力も微みょ……おっと失礼。一人じゃ生きて行くのも難しそうってのは分かったよ」
「もう言葉も出ない」
助けて貰ったとは言え、何故初対面のだらしなさそうなオッサンにボロクソに言われなければならないのだろうか。しかし、全部本当の事だから怒りようも無いので、ツカサはただ打ちひしがれるしかなかった。
「まあまあ落ち着いて。……折角会ったのも何かの縁だし……近くのコロニーまでなら連れて行こうか?」
「え……ほ、ほんと? コロニーって人がいる所だよな。そこまで連れてってくれんの? でも俺……なんもお礼するモン持ってないんだけど……」
「君には野草の知識があるみたいだし、それに家事が出来るんなら丁度いい。旅の途中は僕の世話をしてくれたらそれでいいよ。まあ、コロニーで働いてお礼をしてくれるってんならそっちでもいいけど」
「え~……いや~……どうかな……。お世話くらいならまあ……」
働いて返す、という選択肢は誠意も伝わるし良い案だが、こんな世界で何の力も無い自分のような物が就ける仕事は幾つも無いだろう。この男が鉄パイプを常時携帯していることを考えても、この世界は昔の日本のように安全な世界ではないはずだ。
となれば、ツカサが真っ当な仕事で稼げる可能性は限りなくゼロに近い。
先々の事を考えれば、オッサンのお世話の方が適当に違いなかった。
「どうする?」
「じゃあ、お世話係ってことで……」
おずおずと答えるツカサに、赤髪の中年男はニマリと笑って口を歪める。
なんとも悪人っぽい笑みだが、もともとこの男はこう言う顔なのだろう。
(しかしホントに大丈夫かなぁ……なーんか怪しい気がするんだけど)
だが、そうは思っていても何故だかツカサにはこの得体のしれない中年男が悪い人間には思えなかった。むしろ、昔から馴染があるような不思議な安心感を覚えるのだ。
それが何故なのかは、ツカサにも分からない。
一つだけハッキリ言える事があるとすれば……この男を警戒する事は難しい、という、自分でもよく分からない確信があるだけだった。
「じゃあ、今から僕達は旅の仲間だ。僕はブレック。【探索者】として色んな所を旅してる……って、君は目覚めたばかりで【探索者】も知らなかったんだったね。まあそれは明日にでも話そう。この世界じゃ、話題すらもそうは見つからないから」
そう言いながら、手を差し出してくる赤髪の中年男。いや、ブレック。
聞き覚えのない名前だったが、悪い響きではない。
だが握手など本当に久しぶりだ。そんな事を思いつつ素直に相手の大きな大人の手を握ると、不思議なことにツカサは緊張がほぐれた気がした。
相手は得体のしれないオッサンで、こちらを小馬鹿にして来る嫌な奴だというのに。
(……なんか、変なの。……人恋しかったからホッとしたのか? 俺もよわっちいよなぁ)
自分自身の弱さにツカサは苦笑したが、しっかりと相手の手を握り返した。
「えっと……俺はツカサ。クグルギツカサっていうんだ。迷惑かけるけど、よろしく」
「ツカサ……」
「……?」
ブレックは、何故か目を見開いて硬直する。だが一瞬の事で、相手は口元の笑みを深めて更に強くツカサの手を握り返した。まるで、離れ難いとでもいうように。
「よろしく、ツカサ君」
「あ、えっと……ブレック、さん」
「さん付けしなくていいよ」
「……ブレック、その……道中、よろしく」
ぱちぱちと爆ぜる。たき火。
その光で赤い髪と菫色の瞳が浮かび上がっている。
本当に不思議な男だ。
イケメンは本来モテないツカサの敵であるし、いつもなら握手もあまり気分が良くないのだが、このブレックという男に対しては何故だかそんな妬みも湧いてこなかった。
(恩人だからそう思うんかなぁ……うーん、謎だ)
そもそも、今日の自分は森の中を歩き回ったり意識を失ったりで、色々と混乱していた。だから、久しぶりに人に出会えて嬉しかったのかも知れない。
たぶん、そういうことだろう。そうに違いない。
そうでなければ美形の男になど安堵するはずもないのだから。
「じゃあ、森を脱出するのは明日にしよう。今日はゆっくり休んで。明日は食べられる野草をありったけ摘んで行ってもらわなきゃなんないんだから」
「あ、ああ。わかった」
それくらいの仕事なら、喜んで行おう。
素直に頷くツカサに、ブレックは何故かツカサ以上に嬉しそうに微笑んでいた。
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