2.神宮警邏隊
「あ、あの……御用は……」
軍帽で顔に影を落とす飴色の髪の男は、ツカサを頭からつま先までじっくりと見回し酷薄そうな目を細める。美丈夫とも言える整った顔立ちだが、何だか冷たそうな印象がぬぐえない。
しかも、じっくり観察されたのだから何とも気味が悪かった。
男をそれほど見つめるものかと寒気がして肩を縮めるツカサに、男達は目を笑ませていると言うのに何故か強い口調で怒鳴り声を上げる。
「おい、どういうことだ主人! ここに“過去人”がいるではないか!」
「村長の月報告には過去人のことがなかったぞ!」
「虚偽の報告は極刑である!」
三者三様に強い口調で声を張り上げるのに、ツカサは思わず驚いて硬直してしまった。【探索者】達のガヤガヤとした大声とは違う、どこか人を威圧させるような声を聞き、何故か反射的に体が動かなくなってしまったのだ。
そんなツカサを余所に、声を聞き付けたのかサヤカ女医が慌てて飛び出してくる。
彼女の表情は「しまった」とでも言いたげな焦ったものだったが、すぐに取り繕ってすまし顔になると、深々と三人の男達に頭を下げた。
「お出迎えも出来ず申し訳ありません、女医のタカハシ・サヤカです。主人は遠方への買い出しで不在ですので、私が代理を務めさせていただきます」
「定型文なぞどうでもいい。おいタカハシ、ここに妙齢の過去人がいるぞ。どういうことだ?」
「答えによってはこの娼館の人間全てを裁かねばならんぞ? ん?」
飴色の髪の男に続き、後ろにいる男達がニヤついた声で煽る。
明らかにサヤカ女医に対して見下しておちょくるような口調だったが、しかし彼女は威圧的な男達の言葉に激昂する事無く冷静に答えた。
「申し訳ありません。彼がこのロクナナ村に来たのは、三日前の事でした。その間、彼を介抱し事情などを聴いておりましたので、【トウショウ】への報告が遅くなってしまいました。それが虚偽でない事は、コロニーの監視カメラで証明できると思います」
サヤカ女医の言葉に、彼女を煽った男が舌打ちをする。
ここまで動じずにハッキリと物を言うということは、嘘が無いと言う事だ。恐らくは監視カメラも問題が無いと彼らも気付いたのだろう。だが、そうなると今の舌打ちはまるで「彼女を罰する事が出来ずイラついている」ようで、何とも気分が悪い。
(なんかコイツら……めっちゃイヤな奴っぽいな……)
あまり語彙が豊富ではない普通の元学生であるツカサには、多くは語れない。だが、この短時間で彼らが権力を笠に着たような人物である事は嫌と言うほど察せられた。
この男達が、恐らくサヤカ女医の借金の相手なのだろう。
幼い頃から父方の祖母に時代劇の録画を見せられていたツカサの脳裏には、悪代官だとかエチゴヤだとか言う定番の悪役の名前が思い浮かんだが、しかし相手は恐らく役人と言うより警察に近い権限を持っている。エチゴヤだからと言っても、迂闊に言い返してはいけない。
自分にもっと強さと知恵があればとツカサは臍を噛むが、今はどうしようもなかった。
「そういう事情があるなら仕方がない。……罰を受けるべきなのは、こいつということだからな」
「えっ」
「なにを無関係みたいな顔をしている。事情はどうあれ一般人の“籠脱け”は重罪だ。しかも自ら“過去人”と名乗り出なかったのもまずいなあ?」
「ああ、これは鞭打ち刑だけでは済まんなあ」
「っ……」
言っている事の正確な意味は、ツカサには解からない。
だが、彼らがツカサを「別のコロニーから脱出した犯罪者」で、しかも「自分の素性を今まで故意に隠して成長してきた存在」だと思っている事は何となく伝わって来た。
恐らく、この世界――少なくとも大都市コロニー【トウショウ】が支配する地域では、時代劇と同じように農民……コロニーに住む何の力も無い一般人が、独断で他のコロニーへ移る事は禁止されているのだろう。そして、自分のような容姿の“過去人”は、男達のような役人に存在を届け出る必要があるのだ。たぶんそれは、バスターズ・キャンプの道具屋の老主人が言っていたように【トウショウ】へと連れて行くためだからだろう。
(だ……だったら俺……コイツらに、連れて行かれるのか……?)
考えて、何故かツカサはゾッとした寒気のような物を感じた。
思わず青くなって一歩後退るが、そんなツカサの行動をお気に召したのか、三人の男達はニヤリと笑いながらツカサを再び観察して来る。まとわりついてくるような、嫌な視線。自分よりも大きな男達に獲物を見るかのような目付きをされれば、誰だって鳥肌が立って来る。
だが、だからといってもう逃げられるような状況では無かった。
(どうしよ……ど、どうしたらいい……?)
考えても、解らない。
だが、もしこの男達に連れて行かれるとしたら――――
ブレックとは、もう……会えなくなってしまうのだろうか。
(…………なんで、俺……そんなこと考えて……)
不意に、脳裏によぎったことを、ツカサは受け入れられずまた固まる。
そんなツカサの様子を危険だと思ったのか、サヤカ女医がツカサを守るかのように間に入って来た。
「も、もうしわけありません! 全ては我々の不手際です、この子は廃都から【探索者】が連れて来たもので、しかし彼が用事で出かけているため預かっておりまして……! ですから、この子の処遇は私どもでは何とも出来ず、どうか、神宮警邏隊の皆様には改めてお越しいただき件の【探索者】との交渉を……! なにとぞ、なにとぞお願いいたします……!」
そう言いながら、サヤカ女医はすぐさま地面に正座し深々と土下座する。
あまりにも手慣れたその動きにツカサは言い知れぬ衝撃を感じたが、それでもサヤカ女医は軍帽の男達に理解して貰おうと必死に地面に頭を擦りつけていた。
そんなサヤカ女医の姿を、彼らは何とも思っていないかのような酷い顔で見ていたが――――やがて、また嘲るようなニヤついた顔をしながらツカサを見やった。
「ふん。そういうことなら待ってやってもいい。鼻持ちならんが【探索者】にも特権が認められているからな……だが、それではコイツが罪を犯していない事の証明にはならんなあ」
「我ら警邏隊に見られた事で、また“籠脱け”するかも知れん」
「待って欲しいと言うのなら、それなりの誠意を見せて貰わんとな」
なにか、嫌な予感がする。
この男達は何かを企んでいる。だから、こうも軟化するような言葉を言いながらも、回りくどい厭らしさをわざとらしく醸し出しているのだ。
きっと、このままで帰ってくれることは無いのだろう。
だが男達が何をしたいのかが分からず眉尻を下げるツカサに、男達は下卑た笑みで歪む目を向けながら――――思っても見ない命令を発した。
「そうだな。お前のその、妙に綺麗な服……それを、トウショウサマに献上しろ」
「今ここで脱げ。そのまま渡すなよ? そこのババアのように正座して綺麗に畳んで見せろ」
「ああ、ついでに身体検査もしなければなぁ。ちょうどいい、この場で済ませてしまおう。終わったら、下着も全部脱いで直立だ。いいな?」
「――――……っ!?」
一瞬、男達が言っている言葉が理解出来なかった。
だが数秒を置いてその悍ましい命令が頭の中に入って来て、その情報を噛み砕く事だけで精一杯になりツカサは青ざめて震えた。
……なんだ、その命令は。どういうことだ。
服を献上、は、わかる。だけどその後は。
ここで、全部脱げとは、どういう。
(そんな……っ。こ、こんな、窓も開けっぱなしの廊下で……!)
いくら荒廃した世界とは言え全裸になるには人目が有り過ぎる。
なにより、獲物を見るような目でツカサを見ていた薄気味悪い男達の前で全裸になるなど、更なる屈辱的な行為を命じられそうで我慢がならなかった。
「どうした。ババアともども捕縛されたいのか?」
「ッ……!!」
その言葉に、頭がカッとなる。
良くしてくれたサヤカ女医をも貶めるような言葉を聞いて、ツカサは恐怖以上の怒りを感じ相手を睨みつける。言いなりになるのは悔しかったが、それでもこんな男達にビクビクするのは我慢ならない。ツカサだけをターゲットにしているなら怯えるだけだったかも知れないが、他の人間にまで迷惑を掛けようとするのだけは、絶対に許せなかった。
ならば、やることは一つしかない。
ツカサは先程とは打って変わって肩をいからせ真っ直ぐに立つと、男達を睨みつけながらその場で服を脱いだ。何一つ躊躇う事も無く、男達に「お前達など恐れていない」と見せつけるように。
(だいたい、俺が服を脱いだからなんだってんだ。俺は男だ、見られて恥ずかしい部分なんてあるか! 変な目で見られてたって関係ない、こんな奴らにビクビクしてたまるか……!)
自分のためにサヤカ女医まで不幸を被るのは許せない。
だが、公共の場で全裸になった事で羞恥心が無意識に湧きあがって来ているのか、しっかりと立っているにもかかわらず体は震え、ツカサの顔は知らずの内に赤くなってしまっていた。
そんなツカサの姿を「なけなしの勇気」だと思ったのか、男達は下卑た笑みをいっそう深めてツカサに近付いてきた。
「思った以上に肉付きが良いな。その【探索者】ってヤツに可愛がって貰ってたのか?」
「オスガキだろうが抱き心地が良けりゃ関係ないだろうしなァ。にしても、これだけマシなのがトウショウサマに捧げられてないのは問題だ」
「顔は並だが、こういう体型の過去人は貴重だからな。そろそろトウショウサマも骨と皮だけでは飽きた頃だろう」
「ヒッ……!」
片方の尻肉を大人の掌で掴まれて、息が、引っ込む。
突然の衝撃に悲鳴を上げなかった自分を褒めたいとツカサは思った。
だが男達はお構いなしに「検査」と称してツカサの体を確かめて来る。ざらついた皮手袋が柔らかな肉を掴むたびにツカサはビクビクと震えたが、男達はそれを楽しむかのように上機嫌で会話を続けた。
「にしても、コイツ本当に男か?」
「昔ならこんくらい肉がついてたんじゃないのか。筋肉も見当たら無さそうだな……なるほど、完全な過去人は実に奴隷向きらしい。トウショウサマの言う通りだな」
「おい、もうお前は可愛がって貰ったのか? なあ、初体験は男か女かどっちだ。答えろ」
「ッ……そん、な……こと……っ、し……してなぃ……っ」
急所にまで目をやられ、下劣な言葉を散々吐きかけられる。
かつて、刑務所では防犯の為に尻の穴まで検査されたと言う話だが、こうまで最低なやり方をされる事は無かっただろう。ツカサは体を「検める」名目で触られているだけだが、しかしそれは間違いなくこの男達の私利私欲が混ざっている事が知れた。
それもまた、相手がツカサのことを侮っているからだ。
自分が無力そうに見えるから、こうも嬲るような事を言って笑っているのだろう。
あまり人の悪意に曝された事のないツカサでもそう思うくらい、彼らの言葉や態度は最低だ。綺麗な服を着て高い地位に就いていようが、何一つ尊敬など出来なかった。
こんな、老女にまで礼を欠いた男達などより……ブレックのほうが、よほど紳士的だ。
そう思うと男達に敵わないことを確信している弱い自分が情けなくて、ツカサは拳を握り喉をぎゅっと締めた。
「なるほど初物か。この初心な態度も理解出来る……尚更早く献上せねばなるまい」
「客がついたら穢れるからな」
「今時赤面して涙目になるなんて、ガキでもやらないでしょうからね」
どこまでも低く見られているのが悔しい。
歯噛みするツカサと上機嫌な男達に、サヤカ女医が口を挟んだ。
「どうか、お召し上げだけは【探索者】の方が帰って来てから……」
その言葉に、男達は急に蔑んだような目になり舌打ちをした。
良くも悪くもそれが相手の正気を引き戻したらしい。男達はツカサから手を離すと、綺麗に畳まれた服を持って踵を返した。
「……チッ……解っている。その“過去人”のことは【探索者】を待ってからだ」
「今日の所は珍しい物で遊べたので良しとしておく」
「次に来る時は正式な訪問だ。ちゃんと返済金も用意しておけよ」
でなければ、捕縛だ。
そんなことを笑いながら言いつつ、男達は去って行った。
「…………」
「ごめん、ホントにごめんね、ツカサ君……君が着てきた服、ニワトリから貰った高い服だったんでしょう? それなのに、あんなヤツらに……それに、ここであんな酷いこと……」
「いえ……良いんです。俺だって立派な男ですから。あと、服も……俺にとっては、それほど重要な物でも無かったので……」
あの“施設”で配給された、面白味も無い普通の服装。
ずっと昔に着ていたシャツとはまるで違う無地の服になど執着は無かった。サヤカ女医やこの館の優しい女性達に危害が及ばないのなら、貶され触られる事ぐらいなんてことはないのだ。どれも、ツカサが大事にしている物ではない。だから何をされても構わなかった。
恩人が自分のせいで捕縛されることだけが、ツカサにとっては怖い事だったのだ。
けれど――――終わってみると、足がガクガクと震えて立っていられなくなる。
思わず地面に膝をつくと、部屋の扉が一斉に開いて女性達がツカサの体を隠すようにシーツをかぶせてくれた。そうして、口々に「助けてあげられなくてごめんね」と言い涙ぐむ。
その本当に申し訳なさそうなか弱い言葉に、ツカサも何だか泣きたくなってしまった。
だけど、彼女達は守られるべき人達だ。同じ過去人であっても、男である自分が泣いて彼女達をもっと不安にさせる訳にはいかない。こんな世界だからこそ、せめて男として女性に優しくしてやりたいとツカサは思い、なんとか首を振った。
「ツカサ君、ごめん……あいつらが抜き打ちで訪問して来るなんて、考えれば分かる事だったのに……私、薬の事で頭がいっぱいになって……」
「サヤカさんのせいでもないですって。……考えてみれば、俺のこの姿じゃ遅かれ早かれああいう奴らに目を付けられてたんだろうし……だから、誰のせいでもないんです。誰も、巻き込まれなくて良かった」
そう、強がって、女性達を不安にさせまいと笑顔を作る。
内心ではさきほどのザラついた手袋の感触がまだ肌に残っていて、必死に肌を叩いてその痕跡を消し去りたかったが、それでもツカサは耐えてなんとか平静を保った。
だが、そんなツカサの強がりもサヤカ女医には通じなかったようで。
「ツカサ君……今日はもう、休もう。ね、そうしよう? そうだ、お風呂入ろ。今日は私が特別に自腹切って沸かすから! ね、みんなもいいよね。一日ぐらい我慢出来るよね?」
サヤカ女医のその言葉に、女性達は異論もなく頷いてくれる。
確かに、今まで井戸の水で体を洗うだけだったツカサにとって風呂はありがたい。あの男達の手の感触をお湯で洗い流せると考えれば、勝手に震えそうになる体もなんとか我慢出来そうだった。だが、この世界では燃料が貴重だ。娼婦の女性達だって切り詰めて順番で入っている。
それなのに、彼女たちはツカサを優先しようとしてくれているのだ。
こんな荒んだ世界なのに、昔の世界と変わらぬ優しさで。
(ああ、ちくしょう……情けねぇなあ……)
旅の途中で、ブレックが言っていた言葉が蘇る。
――――君みたいなタイプは、搾取されるだけでね。
(…………迷惑かけて、搾取してんのは俺じゃねえか。みんな大変なのに……俺はブレックに『君は珍しい容姿だから隠せ』ってさんざん言われてたのに、お姉さんたちが優しいからって気を緩めてそのまんまで“表”に出ちゃったから……だから、アイツらに目を付けられたのに……)
本当に、迂闊で愚かだ。これでは他人に搾取されても仕方がない。
だがそれは自分が“過去人”だからではないのだろう。もう何年も過ぎて、実質自分は成人の年齢だ。だが眠り続けた精神は全く成長していない。体と同じように、未熟なままなのだ。
それが、恥ずかしい。
一人で生きて行こうと考えていても、このザマではどうしようもない。
彼女たちの楽しみを奪ってまで心配されてしまうことが、情けなくて仕方なかった。
(まだ俺は……役立たずのままなんだ……)
あの“施設”で散々言われた言葉が脳裏にいくつも過ぎる。
やはり自分は、あのとき追放されてしかるべき存在だったのだ。そうとしか思えず、それでもまだ男達に触られた嫌悪感から震える肌が憎たらしくて、ツカサは己を律するために腕を強くつねり続けたのだった。
→
【籠脱け】(かごぬけ)
故郷であるコロニーを脱走すること。
商人や探索者などの許可された人間以外はコロニーを勝手に出ると
重罪になる。コロニーはひっくり返して伏せたカゴやザルに
見えることからこう言われるようになった。
【神宮警邏隊】(しんぐうけいらたい)
旧日光の大都市コロニー【トウショウ】から派遣される
犯罪を取り締まるための組織。コロニーを支配する人々の
直轄であり、その仕事は実際のところ警察と言うには
疑問が残る行動ばかりである。
絶大な権力と財力、加えて力を有しているため、一般人では
抵抗する事も出来ない。
何故かカコビトを集めて回っているらしいが…




