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アースエンド・リトライバー~仲間に「役立たずだ!」と捨てられましたが、文明崩壊後の世界で最強オッサンに拾われて凄腕【探索者】になりました!~  作者: 羽賀庵こうら
第四話 境界線

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1.清濁合わさる治療院にて

 

 

 ブレックが廃都に出立して、三日経過した。


 銀に(うっす)らと桃色が含まれた不可思議な髪の老女――――サヤカ女医のもとに居候(いそうろう)する事になったツカサは、初めての事に戸惑いながらもなんとか溶け込もうと努力している。


 その努力のおかげなのか、はたまた周囲の人々が存外に優しかったからなのか、まだ三日と言う短い期間にもかかわらずツカサは早くも彼らに受け入れられていた。


(でもまさか……ここが娼館で、サヤカさんがお医者さんなんて思わなかったよ……)


 長屋――いや、娼館の裏で使用済みの薄いタオルなどを洗いながら、ツカサは息を吐く。

 だがそれは自分の察しの悪さによる溜息ではない。この三日間、いやというほどこの世界のルールを見せつけられて、精神が摩耗(まもう)してしまったからだ。それというのも全て、この娼館のせい……いや、おかげだった。


(すっごい昔の話でも、女は一歩下がって(かしず)いて……なんてルールが有ったらしいけど……この世界の女性の(あつか)い方は万倍(ひど)いよな……。客のオッサンどもは娼館で働いてるお姉さんたちに対して横柄(おうへい)だし、ズポッと行ったらすぐ帰るだとからしいし、ヤバいヤツは物々交換じゃなく金まで持って来て殴ったりとかの暴行もやるみたいだし……。これじゃサヤカさんが薬草を欲しがったのも無理ないよ)


 貰った報酬がこの世界では破格だったことからも、サヤカ女医の真剣さが理解出来る。彼女の話では、殴る蹴るの暴行だけではなく下半身の傷も酷い事になる時があるのだと言う。


 その原因は、避妊具や挿入の手助けとなる物が無いかららしいが、ツカサは二次元のエロ画像かネットで拾った写真でしか女体を知らないので、そこはよく分からない。だが、漫画などで見かける「ローション」が重要な物で、それが無いから彼女たちが(つら)くなるのだと言う事は、何となく理解していた。ともかく、昔のように性行為が容易(ようい)ではないのだ。


(ともかく女の子の方は気持ち良くないってんだから、男としては考えちゃうなあ……。俺がエッチするんだったら、どうせなら女の子に『すごぉ~い! ああっ、気持ちいい~!』なーんて喜んで貰って(とりこ)になって欲しいけど、この世界じゃそうじゃないのかな。自分のテクで()れさせたってすっごい格好いいと思うんだけど……いや、思っても口には出さないけどね、そう思うよな普通……)


 だが、そのツカサの考えは、あくまでも「相手を好きである」という気持ちが有るからこそのものだ。荒廃し人心も乱れてしまったこの世界では、相手を思いやる心や好意なども極限まで縮小されてしまったのだろう。だからこそ、後腐れがないように男達は好き勝手な行動をするのかも知れない。


 理解出来なくも無かったが、それでもツカサは納得がいかなかった。

 この三日間で苦しんでいる娼婦の女性たちを嫌と言うほど見て来たから、余計に。


(考えてみれば、この世界ってナイナイ尽くしなんだもんな……。サヤカさんも【イシモドキ】が見つかるまで相当に苦労してたみたいだし……なんか落ちこんじゃうよなぁ……)


 好きな女の子が出来てエッチをするとしても、彼女が喜んでくれるかどうかは怪しい。

 しかも、避妊具もないのだ。未来の愛妻の顔は思い浮かばないが、望まぬ行為をさせてしまわないかと思えば不安になってしまい、ツカサは汚れたタオルを(こす)りながら肩を落としてしまった。


 ――とは言え、そんな心配事を言えば、サヤカ女医は「気が早い」と言って笑い飛ばしてくれるので、まだ気がまぎれるのだが。


「にしても、サヤカさんって凄いよなぁ。元々は医者じゃなかったのに、手当てくらいは出来るからって事で、少ない薬で一生懸命たくさんの娼婦のお姉さんたちを救ってたって言うんだから。それに、イシモドキで潤滑剤を作れるかもって研究してるんだからホント尊敬だよ」


 サヤカ女医は、幸い昔の記憶が強く残っている方の“ノコサレ”なのだそうで、昔取った杵柄(きねづか)と言うことでアダルトな方面に詳しかったらしい。だからこそ、娼婦達に対しての非道を許せないと日々治療を続けているのだとツカサに話していた。


 それだけで数十年も女性達の面倒を見て来たというのだから、本当に素晴らしい。

 傷に効く【イシモドキ】を渡しただけですぐさま研究を始めるのだから、彼女の情熱は本物だ。こんな世界に生きていても、サヤカ女医には目標や信念が存在するのだろう。


「……(うらや)ましいな……」


 なんとか水と灰で洗い終えたタオルをボロボロの(かご)いっぱいに乗せて、物干しざお代わりの鉄管に等間隔で乗せる。ちなみに、この長い鉄管は外から拾って来たらしい。

 本当になんでも再利用だなと思いつつ、洗濯を終えてツカサは娼館に戻った。


 ――――娼館は表と裏に分かれており、従業員用の扉を(へだ)てて二つの通路がある。

 表は娼婦達が客を待つ部屋が窓側に並べられており、その窓に日がな一日顔を出して男達が来るのを待っているのだ。男達も、そんな彼女たちを見て数分の性処理の相手を選ぶ。

 一日中陽光が当たる窓辺は、良いショウウィンドウだった。


 反対に裏は、客と接する事のない従業員や病人の領域だ。

 日が照る事は無い場所だが、薬品などを扱う女医や「(けが)れ」を隠すにはもってこいと言える。こうして、裏と表でこの世界の娼館は成り立っているのである。

 とは言え、こうした立派な施設として運営している娼館は珍しいのだとか。


(大都市コロニー以外じゃ、娼婦のお姉さんも客引きとか自分の家でやるらしいもんな。……どういう感じかはあんまり考えたくないけど、この【ロクナナ村】は娼館があって良かったのかも)


 三日の間に仲良くなった娼婦達の中には、夫だけでなく子供がいると言う人もいた。

 村コロニーでは仕事も少なく、共同運営している痩せネズミ牧場から取れる肉も配給制だ。そのため、子供や夫のために暮らしを楽にしようと彼女達は働いているのだ。

 労働が出来るほど力が強くなく、ツカサのような“過去人(カコビト)”に近い細身の体を持ったが故に、それ以外の選択肢は無かったのだとか。


(過去人って、本当なら普通の日本人に近いってだけなのに、この世界じゃ貧弱で(しいた)げられるモノって認識なんだもんな。そりゃ“ノコサレ”の人達はデカいし力も異様に強くて凄いけど……)


 廊下を歩きながら、ツカサは己の手をじっと見つめる。

 ツカサからしてみれば、自身の体は何の変哲もない日本人にしか見えない。


 平均身長以下の未熟な体ではあるが、しかしそれでも一般的だったはずだ。

 普通の黒髪で、普通の茶色の瞳。

 それ以上でもそれ以下でもない群衆に埋没(まいぼつ)する程度(ていど)の容姿だったのに、この世界では貧弱であり奴隷や娼婦にしかなれないような存在になってしまう。同じ“ノコサレ”であっても、彼らは少しでも“過去人(カコビト)”の要素がある存在を見下す傾向にあるのだ。


 それは、昔の自分達に対する嫌悪感なのか憎しみなのか分からない。

 もしかしたら【バイオスリープ】で眠っているであろう、ツカサのような“純日本人”を心の底から軽蔑(けいべつ)していたからこそ、その思いが残っているのかも知れない。


 だとしたら、その【バイオスリープ】装置から目覚めたツカサは格好の標的だ。


(……ば、バレないようにしないとな。今の俺じゃ何もできないワケだし……)


 傷が驚異的な速さで治る特殊能力だけでは、一般人のツカサは戦えない。

 まずは出来る限り目立たずに行動し、サヤカ女医から色々と学ぼう。そうしたら、一人で暮らせる足がかりが出来るかも知れない。一先ずはそう決めて、ツカサは診察室に入った。


「サヤカさん、洗濯終わりましたけど次はどうしましょう?」


 声をかけると、机に向かって何やら書き物をしていたサヤカ女医が顔を上げる。

 難しそうな顔をしていたが、すぐに表情を緩めてツカサに笑いかけてくれた。


「お~、ツカサ君さーんきゅっ! いやぁ助かるよ……私は薬や患者の事で手が離せなかったから、キミに手伝って貰えてマジで感謝っていうかさ」

「い、いやぁ……えへへ……」

「治験に参加してくれた患者のコ達もしっかり回復してるみたいだし……本当にありがとね。キミが【イシモドキ】を持って来てくれなかったら、また借金する所だったよ」

「え……借金って……?」


 どういうことかと眉根を寄せると、サヤカ女医は言い難そうに視線を落とした。

 何か深刻な事情があるようだ。


「……実はさ、女の子たちの治療に必要な薬品を、大都市コロニーの【トウショウ】から来る役人達に融通(ゆうずう)して貰ってるんだ。でも、このロクナナ村は貧しいコロニーだろ? だから、払えるものも無くってね……借金に借金を重ねてて、ちょっと困ってたんだ」

「そ、それなのに俺に報酬渡して大丈夫なんですか!?」

「ああ、アレは娼館のイザって時に使うように貯めてた金だから。でも、薬草が見つかったおかげで、一先ずは化膿止めと潤滑剤がどうにかなりそう! だいぶ助かるよ、ありがとうツカサ君」

「いえ……俺は何も……」


 やはり、お礼を言われると罪悪感の方が勝ってしまう。

 もうこれ以上は感謝されないようにしようと無意識に思い、ツカサは話を変えた。


「あ、あの……それで、他にすることはないですか?」

「えー? うーんそうだねぇ……今日は珍しく客もハケてるみたいだから……シーツを六号室のエナに渡してきてくれる? あの子、今日の夜はお気に入りのお相手みたいだから」

「はいっ、じゃあ行ってきます」


 乾かされたシーツを持って、ツカサは診療室を飛び出した。

 洗ったとは言え薄汚れた白になってしまっているシーツだが、しかしこの世界ではかなり清潔な代物だ。柔らかさもツカサが知っている物と遜色(そんしょく)なく、これは娼館の主やサヤカ女医が苦労して手に入れた者の一つなのだろうなと言う事が(うかが)()れた。


 人の心が(すさ)んでいる世界だが、やはり優しい人はいるものだ。


 そう考えると嬉しくなって、ツカサは先程の罪悪感も忘れて表の方へ足を踏み入れた。六号室は廊下の中ほどにある部屋だ。早く行って、いつも明るいエナという女性にシーツを渡してやろう。

 初日の時もツカサに優しくしてくれた彼女を思って笑顔になりながら、ツカサは足を進めた。


 ――――と。


「おい、邪魔するぞ。誰かいないのか」


 背後……娼館の入口から声が聞こえて、思わずツカサは振り返る。

 するとそこには、見た事のない服装をした三人の男が立っていた。


(…………誰だ……?)


 なんだか、おかしな服装の男達だ。

 軍帽に似た灰色の帽子を被り、姿勢よく胸を張った体は襟付(えりつ)きの長いコートを羽織(はお)っている。こちらも、教科書で見たような古い軍隊の服に似ていた。


 ツカサが言うのもおかしいが、とても場違いな服装に見える。


 どういう人物なのだろうかと観察していると、その中の一人がツカサに気付いた。


「……おい、お前こっちにこい」

「え……お、俺ですか」

「他に誰がいる。早くこっちへ来い! 来ないと捕縛(ほばく)するぞ!」

「ヒェッ、は、はいぃ!」


 何だか良く分からないが、捕縛というのは(おだ)やかではない。

 こういう時は素直に従うに限ると思い駆け寄って、ツカサは改めて驚いてしまった。


 彼らは、かなりの長身だ。しかもコートの上からでも分かるほど鍛えられている。この(すさ)んだ世界では驚異的とも言える姿だ。ブレックも同じくらいの長身だが、ここまであからさまな鍛え方はしていない。この軍帽の三人組は、まさに軍人のような出で立ちだった。


「…………ほう? まだ“過去人(カコビト)”が残っていたのか」


 三人の中で一際(ひときわ)背が高く(きた)えられている、飴色(あめいろ)の髪をした男。

 その男が片眉を上げ、どこか(あざけ)るような意地悪な笑みでツカサを見下している。


 だがツカサにはその笑みの意味が分からず、ただ相手を見上げているしかなかった。







 

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