7.【探索者】たちの朝食
翌日。
ツカサとブレックは朝の支度を整え、出発する前に朝食を済ませようと【バスターズ・キャンプ】唯一の食堂を訪れていた。食堂は道具屋がある通りの入口側に近く、大きな木製の小屋の中に入ると飾り立てられた板張りの床に、様々な【探索者】達が座り込んで何かを食べる姿が目に入って来る。
椅子や机はなく、皆床板の上に皿やコップを置いて黙々と食事を続けている。
客は皆、昨日見た姿と同じで日本人とはかけ離れた容姿の物ばかりだった。
その様は、ツカサが思い浮かべた食堂とはずいぶん違い、なんだか異国のような感じで。
ツカサは仄かに不思議な気持ちになったが、気持ちを切り替えてなるほどなと内心頷いた。
(うーん……やっぱりみんな、朝ご飯はしっかり食べるんだなぁ)
いつもなら他人の食べっぷりに触発されるのだが、今回はあまりそう思わない。寝起きが最悪なせいか正直食欲がなくて、今はその光景だけでお腹がいっぱいになりそうだった。
だが、食事をしなければ活力は生まれない。散々ブレックに忠告された事だ。
無理をしてでも食べないと命にかかわるのだから、食べるしかないだろう。
少々気疲れしたような顔をしつつ、床に藁の敷物のようなもの(茣蓙)がいくつか敷かれた所に腰を下ろすと、ブレックが呆れたようにツカサを見やった。
「男と一緒に寝たぐらいでそんな顔するなんて、ツカサ君たら初心だなぁ。こんなもんいつ必要になるか分からないんだから、慣れた方がいいよ? ツカサ君ってそういう方が経験多くなりそうだし」
「いや慣れないだろ普通! つーかなんだその多くなりそうってのは!」
あれか、昨日の「抱き枕屋になれ」という褒めてるんだかおちょくってるんだか分からない発言の続きを話しているのか。冗談ではないと睨むと、ブレックも拗ねた子供のように睨んでくる。
「それより、なーんで勝手に寝袋出して別に寝ようとしてるのさ。おかげで僕は暖房器具なしの薄っぺらいベッドで凍えてたんだからね」
「いや地面で寝るより絶対暖かかっただろお前……ふざけんなよはったおすぞ……」
思わず真顔で青筋を浮かべてしまうツカサだったが、ブレックはビクともしない。
それどころか己の主張が正当だとばかりに言葉で追い立てて来る。
「それはツカサ君が抱き枕になってたら凍えなくて良い話じゃないか! せっかく僕も満足ツカサ君も満足の良案だったのに、童貞処女だからって同衾ごときに恥ずかしがってさぁもう」
「おい人の事を何も始まってないヤツみたいに言うな! そもそも処女じゃねえ!」
「え? もう経験済みだっけ?」
「女じゃねえっつってんだよおおおおお」
まあ真実ではあるのだが、処女などと付けられると途端に尻の心配をしなければならなくなりそうでとても嫌だ。女体にしか興味のないツカサにとって、己の尻を顧みる事など無駄な事でしかなかった。
例えブレックに「この世界じゃ男も女も関係ない」と言われようと、今は未だそういう話を受け入れたくは無かった。掘るだの掘られるだのは勘弁して欲しい。
しかし、ブレックは先程の発言は取り消す気がないようで。
(こ、このオッサンんん……どこまで俺をおちょくれば気が済むんだ……)
そろそろ青筋がはちきれそうだが、その前にウェイターらしき人が割って入って来た。
何も注文をしてこないツカサ達に業を煮やしたらしい。もうしわけない。
「あの~……そろそろご注文を……」
「三つとカストリビール。この子には水」
「は、はい。少々お待ちください」
ブレックの手慣れた注文にツカサは目を丸くした。
【探索者】をやって長いのだろうから様々な事を把握しているのだろうが、料理の名前も言わずに注文しているのは驚きだ。そんなツカサの言いたい事を察したのか、相手は丁寧に説明してくれた。
「料理は、一種類しかないんだよ。粗悪な雑穀のボッソボソでボロボロなトルティーヤに、何かの肉としなびた野菜が包まれてるだけのモノさ。……とはいえ、コロニーの食事より随分マシだけどね。運がいい時は美味い肉が出てきたりするし、高くはなるけど本物のトルティーヤやパンが食べられる事も有る」
「それも、ここの【探索者】の人達が持って来たヤツなのか?」
「うん。【バスターズ・キャンプ】には周辺のコロニーの同業者が多く集まって来るし、普通の奴らが怖がるような材料も売れるからね。それに……大都市コロニーから、余った食料を横流しする奴もやってくる。何も制限のないココは、そういうヤツにとっても都合がいいんだろう」
「……?」
ブレックが何を言いたいのかツカサには分かりかねたが、そうこうしている内にメシが運ばれてきた。その見た目は確かに……お世辞にも「おいしそう」とは言い難い。
薄汚れた色をしている小麦色とは程遠いボロボロのトルティーヤに、パサついた菜っ葉のような物と灰色がかったササミのような肉の破片がいくつか入っている。その様は、実に食欲を削ぐ。
これで美味しいものであれば良かったのだろうが、ブレックがツカサの適当な料理をベタ褒めしたところから考えると、少々食べるのにためらってしまう。
(で、でも、せっかく作って貰った料理なんだから食べないと)
昨晩の寝袋騒動だけでなく、人の死を見たり自分の事を考えたりして、そのせいで食欲があまりない状態ではあるが、出された物を食べないのはツカサにとっては失礼な事だ。
据え膳食わぬは男の恥と繰り返しながら、ツカサは意を決して偽トルティーヤを口に入れた。そうして、もっしゃもっしゃと咀嚼する。
(…………うん……古いダンボールみたいな味のボソボソな皮に、水分がなくなってシナシナになったレタスっぽい葉と……筋張って、何故か苦みが感じられる繊維質な肉……うん……。ま、まあ……見た目通りだな……)
これが、この世界での通常の食事なのか。
初めて味わう「この世界の一般人の食事」に、ますます今後まともに生活できるのかと不安が湧いてくる。最初からこの味を知っていれば「うまい!」となったのかも知れないが、生憎と自分はモンスターの肉が美味い事を知ってしまったがゆえに、もうこれで満足とは思えなくなってしまっていた。
それに、野草の味はとても“過去人”である自分に合った味だったのだ。
あの味を知ってしまうと、もうこの食事を美味しいとは言えなかった。
だが、残すわけにも行かないので必死にかぶりつき、なんとか水で飲み下す。水だけはこの世界でも普通に飲む事が出来るようなので、それだけが救いだ。一気に腹に収めて水で口の中の何とも言えない違和感を洗い流すと、ふうと溜息を吐いた。
(こ、こんなものを食べてモンスターと戦ってる【探索者】って、凄いんだな……)
ゲンナリしながら目の前の中年を見ると、相手は薄ら黄色い色の付いた炭酸水のような物を飲みながら、美味しくなさそうにモソモソと偽トルティーヤを食べている。
あれはもしかして、炭酸飲料なのだろうか。タウリン配合の元気になる栄養ドリンクみたいな物だとしたら、自分だけ頼んでいるのはずるい。
「ブレック、それ……えーとカストリビールだっけ。うまいの?」
問いかけると、相手は眉間に皺を寄せた不機嫌顔のまま「いいや」と首を振る。
「カストリ酒が美味いわけないじゃない……ってツカサ君はさすがに知らないか。カストリって、元は昭和の時代の粗悪な酒の総称なんだけどね。そんな名前ついてたら、味は想像出来るだろ? ……カストリビールってのは、粗悪なビールっぽい飲料のことなのさ。ただの水に炭酸をぶちこんで、うっすいビールの風味がつけてある。ただそれだけの、酒ですらない酔えないクズ酒なんだ」
「クラフトビールとかじゃないんだ……」
「そんな上等なモンじゃないよ。昔、水に香料で味を付けた小賢しい“水もどき”が流行っただろ。アレみたいなもんだ。正確な水でもないし、清涼飲料水でもない。おためごかしの産物がコレ」
そういえば、ビールは小麦やホップなどという植物を使っていた気がする。
しかし荒野になってしまったこの世界では、そんなものは育たないだろうし輸入なども出来なくなっているのだろう。となれば、形だけでも……とこのようなビールが作られるのも仕方がない。
だが、言わば「人類の必死の知恵」だろう産物に、ブレックが不満なのはどういうことなのか。普通は、こんな状況なら粗悪な代用品でも喜びそうなものなのに。
(……もしかして、マジモンのお酒が他の場所にある……とか?)
そういえば、ブレックは酒瓶を複数所持していた。
アレがもし「まともな酒」ならば、ブレックが不満を言うのも頷ける。
もしかすると、過去世界の安い酒すらもこの世界では高級品扱いなのかも知れない。
(俺からしてみれば、水に味を付けるほうが凄いと思うんだけどなぁ……)
技術的には凄くても、本物を知っていると受け入れられないのだろうか。
そのところの線引きが元学生のツカサには難しかったが、少なくとも自分が酒を欲するような性質でなくて良かったというのは確実だろう。純粋な水で満足できる人間で良かった。
(欲を言えばコーラとかサイダーとか飲みたいけど、甘いモノってのも野草においそれと触れないこの世界じゃ難しいだろうしなあ)
しかし、自分には野草の知識が有るし、ある程度の傷は体内に入れられているらしい【ナノマシン】でどうにかなるのだから、そこの部分を考えればうまく商売が出来るのではなかろうか。
そこに、自立できる可能性があるかも知れない。
ぼんやり今後の事を考えていると、ようやく食事を終えたブレックが「さて」と膝を打った。
「さて……そろそろ当初の目的地である村コロニーに向かおうか。【バスターズ・キャンプ】に長く入り浸ると、君まで【探索者】扱いされちゃうからね」
「……アンタの職業って、そんなに気を付けなきゃいけないようなモンなの?」
村コロニーとやらで暮らす一般人からすれば良い暮らしをしているように見えるし、少なくとも肉や穀物は無理なく摂取できているのだから、憧れられこそすれそう忌避するような物でないように見えるのだが。そう思って首を傾げたツカサに、カストリビールを飲み干したブレックは肩を竦めた。
「気ままには暮らせるけど、前も言ったように【探索者】になるような奴は大概【願望能力】が発現するほどの自己中ばっかりだし、性格もよろしいとは言えないからね。言ってみれば、西部劇の流れ者ガンマンみたいなもんだ。犯罪者まがいの鼻つまみ者だけど、鉄砲玉にするにはうってつけ……僕ら【探索者】ってのは、そういう存在なのさ。……元は一般人のキミがなれる真っ当な商売じゃないよ」
性格がよろしくないとはいうが、しかし道具屋の老主人も宿屋の受付にいた厳つい男も、自己中ではなく真っ当な大人にしか見えなかったのだが。ブレックは大げさに言っているのだろうか。
相手の考えている事が分からなかったが、とりあえず納得しておくことにした。
(まあでも……モンスター退治なんて、俺一人じゃムリだしな。今までずっと上手くモンスターを躱してきたけど、いつもそうなるとは限らないワケだし。……でも、そっか。じゃあ……コロニーに到着したら、ブレックともお別れになっちゃうんだな……)
そう思うと少し寂しい気がしないでもない。
だがその寂しさが何に対しての寂しさなのかは、その時のツカサには解からなかった。
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