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アースエンド・リトライバー~仲間に「役立たずだ!」と捨てられましたが、文明崩壊後の世界で最強オッサンに拾われて凄腕【探索者】になりました!~  作者: 羽賀庵こうら
第三話 【探索者】のバザール

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6.情けは人のためならず

 

 

 ズタ袋のようなローブを被り、薄暗い廊下を階下の明かりに頼って降りる。


 明かりも無く廃墟になった小さなオフィスビルの廊下……なんて、普段ならおっかなくて通れもしないが、この場所には人がいるという安心感と、外の篝火(かがりび)の光が怖さを中和してなんとか一人でも歩ける。


 この年齢にもなってまだオバケが怖いツカサにとって、廃墟などと言う場所は本来絶対に訪れたくない心霊スポットだったのだが、この世界では貴重な宿であり資源だ。廃墟群を中心に集落が広がっている【バスターズ・キャンプ】の姿を見ると、それがまざまざと感じられた。

 人気(ひとけ)が無いなら恐ろしいだけだったが、ここまでくると(おび)える要素など微塵(みじん)も無い。


(……とはいえ、光が無い場所とか他の階はちょっと怖いなぁ……)


 そう思っている事はさすがに人に話せないが、まあいいとしよう。

 角が崩れている古い階段を下りて行くと、数時間前に通って来たロビーが見えてきた。エレベーターホールを無理矢理に改造した受付には、まだ強面(こわもて)の男が座って頬杖をついていた。


「あの~……」


 恐る恐る声をかけると、相手はジロリとツカサを見て、それから改めて爪先から顔までをゆっくりと見つめて来る。そう観察されては居心地が悪いが、こちらから話し掛けた手前逃げるワケにも行かない。

 ()(たま)れなさを感じつつも黙っていると、受付の男はハァと息を吐いた。


「一人で外に出るのはオススメしねえぞ」

「あ、いえ、あの……水か何か買えないかなと思って……」


 その返答は正直予測していた。

 なので、当たり(さわ)りのないことを言ってみる。だが、受付の(いか)つい男の態度は軟化する事も無く、強面の表情も変わらないまま言葉を返してきた。


「お前は宿泊客だし、あの“ニワトリ”のツレだからな。一応忠告をしといてやるんだよ。……なんもせずに外に出したら、後で何されるかわかったもんじゃねえ」


 ニワトリ、とは、もしかしてブレックのことだろうか。

 まあ確かにあの男の髪は赤く、外見からするとこの世界の「元日本人」達よりもずっと西洋的な顔つきだ。今はみな薄汚れて白いんだか浅黒いのだか分からなくなっているが、あの男がちゃんと風呂に入れば、自分達の白い肌とは違う赤味のある白い肌を持っているのは予想できた。


 赤に白、でニワトリとは随分(ずいぶん)なあだ名だが、もしかしてブレックは(いじ)められているのだろうか。


「あの……に、ニワトリってなんです……?」

「あ゛ン? お前知らねえでアイツに付いて回ってるのかよ。ったくしょうがねえな」


 ボリボリと頭を掻いた厳つい男は、意外にも親切に由来を教えてくれた。


 ニワトリ。そのあだ名は最初侮蔑(ぶべつ)のための物かと思ったが、相手の話を聞くと、それは少なくとも一部分だけで、大部分はブレックの性質からくるものだとわかった。

 (いわ)く、闘鶏のように敵を恐れず向かっていく凶暴性。

 曰く、高い知能から生まれる執念深さ。己を害する事を許さない本性。

 それらと鮮やかな赤髪が相まって、いつの間にかそう呼ばれるようになったらしい。


 二つ名にしては弱そうなものだと思ったが、それはツカサが英語の「チキン」を覚えていたからなのかも知れない。厳つい男が説明する由来からは、どうもツカサが知っている(にわとり)とは違うような意味合いの言葉が見て取れて、かつての「臆病者」という揶揄(やゆ)は消えてしまっているように思えた。


 だが、何故そんな事が起こったのか。

 考えて一つの結論に(いた)り、ツカサは内心冷や汗を垂らした。


(もしかして……ニワトリって、今の世界じゃすっげえ強い存在なのか……?)


 ありえない事ではない。

 かつてツカサが父方の祖母の田舎で見た鶏は、確かに賢くて強くも有った。鶏は知能が高く社会性のあるトリで、人間と同じように感情も有り狼のように群れの中で序列も存在する。そして、仲間だけでなく人の顔も複数認識しているのだ。それゆえ、凶暴と言われる雄鶏(おんどり)が、ヒナの頃から可愛がっていたツカサや飼い主には飛び掛からなかったという記憶もある。


 それだけ賢く血気盛んな動物なのだから、あの【災害】で突然変異して超絶乱暴トリ人間みたいな謎のクリーチャーになっていてもおかしくはない。


 そんなものを見れば、たった数十年前の過去すら曖昧になった人々は「ニワトリは怖い」と思うだろう。チキンなんて言葉も忘れてしまうわけだ。

 ならば【破壊者】の願望能力を持つブレックには、確かにお似合いのあだ名と言えるかもしれない。賢く凶暴……大して関わらない人間からすれば、それくらいの認識なのだろうから。

 ……とは言え、そんな怖い物のあだ名をつけてしまうのはどうかと思うが。


「あの……ニワトリって……怖い、ですよね?」


 自分の推測を確かめるために恐る恐る問いかけると、(いか)つい男は身震いをして頷いた。


「ああおっかねえ。あんな怖えぇモンの名前をつけるなんて、名づけたヤツはどうかしてるぜ。……だが、アイツもバケモンっちゃバケモンだからなぁ」

「ば、ばけもん……」


 やはり、この世界はだいぶん大変な事になってしまっているようだ。

 今後ニワトリのモンスターに遭遇しなければいいが……と少し青ざめていると、厳つい男は自分が怯えている事に気が付いたのか、気を取り直してゴホンと咳をすると平静を取り戻した。


「ともかく……そんなヤツにくっついてんだから、お前はアイツを雇った客かツレだろ。そんなヤツを危険にさらしたとあっちゃ、俺が殺されちまう。悪いことは言わねえから外に出るなよ」

「は、はい……。あ、じゃあ、この宿に水は売ってないんですか?」

「ここはコロニーから水を運んで貰ってるからなぁ……。俺のでよけりゃ売ってやるよ。お前らは客だし、適正価格で……」


 と、厳つい男が姿形に似合わぬ真面目な事を言おうとしたと同時。

 宿の入口の方からドサッと大きな音が聞こえて来て、ツカサ達は振り返った。

 するとそこには――――


(あ……昼間に見た、なんかボロボロにされてた人……!)


 他人に見向きもされず転がっていたボロボロの男が、いつの間にか宿の前に倒れている。昼間のあの時よりは回復したのかと思ったが、力なく倒れているところからすれば傷はまだ癒えていないのだろう。

 つい心配になっていると、厳つい男が受付から軽く飛び出し、ずんずんと傷だらけの男の方へ向かっていく。そうして何をするかと思ったら。


「おいっ、テメェ入り口の前で倒れてんじゃねえよ!」


 そう言うと――――傷だらけの男の首根っこを引っ掴んで、宿の敷地から乱暴に投げ出してしまった。


「っ……!」

「フン、クズが……」

「えっ、あ、あの、いいんですか」


 あまりにも適当な排除の仕方に問いかけると、厳つい男は唾でも吐くように息を吐く。


「ケッ、営業妨害してくるヤツのが悪りぃんだよ。野垂れ死ぬなら他でやれってんだまったく……死体を処理するのも面倒くせぇんだからな!」


 ……確かに、モンスターが跋扈(ばっこ)しているこの世界では死体の処遇は難しかろう。

 だが今のは過去の倫理観を持ち合わせているツカサには少々刺激が強く、思わず心配になって入り口から相手が無事か覗いてしまった。


「おいおい、あんま見んなよ。タカられちまうぞ……で、水だったか? 俺用のだが、一本売ってやるからちょっと待ってろ。その間、受付見とけよ」


 口も態度も悪いが面倒見はいいのか、厳つい男はツカサを残すと奥へ引っ込んでしまった。その姿を見送って、ツカサは再び道に倒れている男を見る。

 ……宿の周囲には店が無いからか、人通りは無い。

 ただ地面がむき出しの道の端々に置かれている篝火(かがりび)が周囲を照らしているだけだ。そんな場所にわざわざやってきたあの傷だらけの男は、もしかしたら宿に泊まりたかったのかも知れない。


 だが、たったそれだけの願いも、叶う事が無いのだ。


(…………もしかしたら、このまま死んじゃうんじゃないのか)


 仕方のない事かも知れない。

 だが……この厳しい世界で生きて来て、あんな風に野垂れ死ぬとしたら――――あまりに、悲しい。もし自分が将来あの男のようになるのだとしたら、せめて最後だけでも「良かった」と思いたかった。


「…………」


 足が自然と、宿から出る。

 何か有った時のためにと道具屋で【回復剤】というものを購入して、(ふところ)に忍ばせておいた。その一つをローブの中で握り締めて男に近付く。近くで見ると、満身創痍(まんしんそうい)の男はブレックよりも年上のようで、がっしりとした(あご)も今はやせ細っているようだった。


 ――――これはもう、助からないのではないか。


 嫌な予感に汗が伝ったが、ツカサは構わず男の(そば)(ひざ)をつき呼びかけた。


「あの、大丈夫ですか。【回復剤】飲めますか……?」


 誰かに聞こえないように囁くと、男はぴくりと反応する。

 そうして体を持ち上げようと腕をつっぱったが、そう出来ずその場に仰向けに倒れた。薄汚れた髪にボロボロの服。破れた(そで)から見えたのは、無数のポツポツした発疹(ほっしん)のような(あざ)。なんの(あざ)か予測できるが、考えたくない。ツカサは首を振って、男の顔を覗き込んだ。


「あの……」

「…………売って……くれ、る……のか……でも、もうおらぁ、だめだ……」

「…………」

「それより……あぁ……食いたかった、な……くいもん……最後に……」


 柔らかいベッドで眠って、食べたいものを食べて、自由に暮らす。

 傷をすぐに処置してくれる医者もいて、必ず明日がやってくる。


 そんな日があったはずなのに、今見ている男は医者に掛かれもせず、ただただ腹が減った事を(なげ)き、やってくる死に後悔ばかりを言う。もうどうしようもない運命に、幸せすらないと泣いていた。


(……やだな……。こんな風に死ぬとしたら、俺だってこんなの……)


 例え、こんな風に一人さびしく死ぬのが当たり前の世界だとしても。

 だとしても――――未来の自分になるかもしれないこの男を、放置したくはない。もし自分がこうなるのだとしたら、その時に誰かが寄り添ってくれる未来が見たい。


 ただそれだけの、裏切られるだろう願い。

 けれど、今は「あるかもしれない未来」をこの男に(しめ)して希望を持ちたかった。

 あまりにも身勝手な願いだ。

 だが、今は自己満足を突き通したい。そう思って、ツカサは男に話しかけた。


「……食べ物っていうか、ガムみたいなモンだけど……甘くておいしいよ」


 そう言って、ツカサは持ち歩いていたシソの葉のような形をしたピンク色の葉……【ガムモドキ】を少し噛みやすく揉んで、男の口に入れてやる。すると、男は閉じそうな目を少し開いて笑った。


「ああ……うめえ……甘い……甘いな……こんなあめぇの、初めてだ……」

「美味いか? そりゃ、良かった……」


 自然と涙が出て来るのか、男は泣いている。

 そうして、泣きながらツカサの顔を見た。


「幻覚、かなぁ……げんかくでも、いい……たのむ……ひざ……ひざ、かして……」

「……ああ……うん。地面、硬いもんな。いいよ。俺みたいなのの(ひざ)でいいなら」


 相手が何を望んでいるのか理解して、ツカサは男の体を出来るだけ揺らさないように気を付けつつ、自分の膝の上に頭を乗せてやった。

 ……男が男に膝枕をするなんておかしいとは思うが、相手の願いを無碍(むげ)には出来ない。

 誰も居ない事を何度も確認して、それからツカサは……髪の毛も皮膚の油で凝り固まった汚らしい男の頭を優しく撫で、ただ彼の平穏を願った。


(ガキの頃、婆ちゃんや母さんがこうしてくれてたっけ。眠たい時に膝を貸してくれて、こうやって頭を撫でてくれて……。その時は、怖い事も何もかも考えないで済んだんだっけ……)


 優しいぬくもりを思い出し、ツカサは目を細める。

 この男が誰なのかはわからないが、自分のような者の膝では安心など得られないかも知れないが、しかし今だけはこの男が安らげればいいと願って、そのままで居続けた。

 すると、男の泣き顔は徐々に治まって行き。


「ああ……いい、気持ちだ……。こんなの……はじめてだ……」


 安らかな顔で、男はまどろむ。

 声は(かす)れ、ほとんど聞こえなくなってしまっていたが……目を閉じた男は、最期にツカサに呟いた。


「ありがとなぁ……あんちゃん…………。……かげで……いい……気持ちだ……」

「……うん……」

「おれ……なんもない、けど…………おまえ、に……ふところの……やる……」


 そう言って、男は――――ゆっくりと力尽きた。

 目の前の腕がぱたりと地面に投げ出され、膝に乗っていた頭が急に重くなる。


「…………!」


 命を失った生物の最期。

 モンスターを対峙した事で見慣れたと思っていたのに、やはり人が死ぬのは……心が、痛い。礼を言われると、今さっきまで他人だったのに何故か酷く悲しかった。


 この行動は、ツカサにとっては「未来の自分の最期にも寄り添ってくれる人がいると信じたい」などという、エゴにまみれた行動なだけだったのに。


「…………ごめん。助けてあげられなくて、ごめんな……」


 まだ温かい男の亡骸を、ゆっくりと地面に横たえる。

 この男の亡骸を処理することは自分には難しい。放置しておかねばならないのが心苦しかったが、そんなことに気を取られていたら、この世界では生きていけないのかも知れない。


 ツカサは両手を合わせて男の冥福を祈ると、言われた通りにボロ布のような服の懐から何か……小箱のような物を取り出し、立ち上がった。

 もうそろそろ受付の男が戻ってくる。戻った方が良いだろう。


 暗い気持ちで宿に戻ると、そこにはもう受付の男が居た。


(あ……怒られるかな……)


 思わず(ひる)んでしまったが、厳つい男はジッとツカサを見て……それから、ひょうたんのような物を受付の机にトンと差し出した。


「……やるよ。俺のおごりだ」

「えっ、でもこれ、売ってくれるって……」

「受け取れ。誰だって、一人で野垂れ死にたくはねえんだ。……誰だってな」

「…………」

「夢ってのは、いつの時代でも価値がある。見ようとする、見たいと思うだけの価値があるんだ。どんなに小さな夢でも、な。だから……俺にも夢を見させてくれて、ありがとうよ。これはその駄賃(だちん)だ」


 まさか感謝されるとは思っていなかった。礼を言って、ツカサは水を受け取る。そうして再び部屋に帰る階段を上りつつ、ぼんやりと考えた。

 ――――夢は、いつの時代でもなんらかの価値がある。


「価値、か……」


 なら、あの男の最期の夢も……少なくとも水一本分の価値はあったのだろうか。

 食べ物を食べたいという、最期の夢。誰かに優しく見取られたいと言う夢が。


(……夢……。俺も……ブレックに対して、過去の夢を見てるのかな)


 誰かと友達のように付き合いたい。昔の大人達に会いたい。ツカサがそう無意識に思い、ブレックに対して過去の関係を築こうとしているように、この世界の人達もまた誰かに夢を見て生きているのだろうか。

 あの厳つい男が自分の行動に「夢」を見出してくれたように。


(……厳しい世界だけど、みんな全部が変わったってわけじゃないのかもな。やっぱり、みんな心の中では優しい繋がりを求めてたりするんだろうか。昔の世界みたいに……)


 だとしたら、あの男のささやかな夢はあまりにも悲し過ぎるとツカサは思った。








 

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