5.同衾相手くらい選ばせろ
「……ふーん、ツカサ君ってホントびっくりするぐらいぷにぷにしてるんだねえ」
「ぎゃあああ! 触るなっ、脇腹触るな揉むなヘンタイーっ!」
背後から捕まえて来たと思ったら、遠慮なしに脇腹を掴んで来てツカサは思わず叫ぶ。なんだかんだでまだ脱いでいなかったズタ袋のようなローブが辛うじて感触を和らげていたが、人に贅肉をガッツリ掴まれるというのはやはり良い気分ではない。
というかむしろ同性に触られて何が嬉しいことがあるものか。
必死に逃げ出そうとするが、ブレックはひとしきりツカサの腹肉を確認するように揉んだ後、不満げな声を出してベッドの中でごそごそ手を動かす。
「うーん、ローブ邪魔」
「ぐぇっ!?」
強引にローブを剥がれて視界が開けたが、更に抱き込まれてしまう。
背後に他人の体温と感触を感じ、思わず背筋にぞぞぞと鳥肌が立ったが、ブレックはツカサの事などお構いなしに頭に顎を乗せて来た。無精髭のじょりじょりした感触が痛痒い。
「おっ、これは中々いい抱き心地……ツカサ君意外と抱き枕の才能あるんじゃない!?」
「そんな才能あってたまるかァ!!」
「素直に褒めてるのになぁ」
「もう俺、寝袋でも良いから離してくれませんかね……」
これが美女や美少女に言われているなら文句なく褒め言葉だと言えるのだが、相手はオッサンである。オッサンのセクハラまがいの褒め言葉など一銭の得にもならないし、むしろ不名誉なだけだ。
というか、オッサンに抱き枕として褒められるというのはどういう状況なのか。
「別に取って食おうってんじゃないんだから、我慢してよ。それとも……ツカサ君は、そういうコト考えて期待してるの? ならまあ僕もやぶさかでは……」
「わーっ、分かったわかりましたあっ! 大人しくしてます!」
なにやら更に恐ろしい事を言われそうになった気がしたので、慌てて話を遮る。
そういうこと、というのが何かは知らないが、ともかくこうなっては大人しくするしかない。ツカサは観念すると、ブレックが眠ってしまうのを待つ事にした。
床で寝るのは悔しいが、まあブレックも連日ガタつく地面の荒野をバイクで走るのは疲れるだろうし、ベッドを使うのも仕方がない。それに、ツカサは何だかんだこのオッサンには色々な事を教えて貰っている。寝袋や姿を隠すローブだって提供して貰っているし、宿代だってオゴリみたいなものだ。
つまり、ツカサは完全にブレックに寄生する形になってしまっている。
ぶっちゃけた話、ツカサにベッドを使う権利は最初からなかったのである。
(俺だって野草のぶんの報酬は分けて貰ったのに、結局ブレックが全部払ってるんだもんなぁ。……仮にコロニーに棲みついて、色んなものを揃えるってなったら……あっという間に使い切っちゃうだろうし、奢って貰えるのはありがたいんだけど)
しかし奢って貰うというのは少々プライドがうずく。
本来なら、こういう時には折半するものだ。それが対等な付き合いと言うものなのである。
なのに、自分は当たり前のように相手に宿代を払って貰っている。いくら相手が大人だとは言え、ツカサも肉体はともかく経過時間からすればもう大人なのだ。そのことを考えると、今の寄生状態は情けないとしか言いようがなかった。
(コロニーに着いたら、俺だって一人で生きて行かなきゃ行けないのに……人に頼りっぱなしでどうすんだよ、ほんと)
人を素直に信用して生きていける世界ではない。それは理解している。
だから、ブレックのことも利用できる内に利用しておけばいい。
そうは思うが……自分勝手な考えをしようと割り切ろうとしても、出来なかった。
――野草の代金を貰った時、ブレックは「ツカサ君はお金を取っておいた方が良いよ」と言い、宿の支払いもさせようとはしなかった。本当なら、そうしたほうが自分の負担も減っただろうに。こんな世界では、大人も子供も関係ないはずだ。なのに、ブレックはツカサから取り立てるような事はしなかった。ただ、昔の大人のように「当たり前だ」とでも言うように……ツカサを、守ってくれていたのだ。
そう。
昔の、優しい大人達のように。
(…………悪口言ったり、こんなことしたり……人が嫌がる事をするくせに、ヘンなところで大人で……もう、ワケわかんないよ。いくら夜が冷えるって言っても、男を抱き枕にするか? フツー……)
優しいのかなんなのか分からない。
だが、それが不思議と心地いいような気もして。何故か、心の奥が言い知れない何かで暖かくなるような気がして、ツカサはそんな自分の気持ちに心の中で首を傾げた。
(……早く、このオッサン寝ないかな)
寝てしまえば拘束は緩む。その時に抜け出して、大人しく床で寝よう。
気が付けば最初の威勢の良さも萎んでいて、今はただ背後に他人の呼吸を感じる状態で体を横たえるだけだった。
――――そうして、一時間経っただろうか。
だんだんと辺りが暗くなって、適当に板で閉じた割れ窓からはオレンジ色の日が強く差し込んできた。それと同時に、部屋が寒くなってくる。遂に、あの寒い夜が来てしまったらしい。
(もう夜か……でも、やっぱ外とは違って安心感があるな。人もたくさんいるし)
会社の廃墟にポツンとベッドが置かれただけの部屋なせいで、外の様子が分かる。がやがやと喧騒が聞こえていた窓の外も、人の声が徐々に少なくなってきて静けさが訪れた。
みな、家か宿に帰ったのだろうか。
強い光が消えて行くと同時に、外からぼんやりとした明かりが漏れてきた。
どうやら【バスターズ・キャンプ】は、夜通し灯りを焚くようだ。
耳を澄ませば外の篝火の燃える音が聞こえるようで、ツカサは暗い部屋の中で息を吐いた。だいぶ寒くなってきたのか、息が空気ですぐに冷えて行く。早めに寝袋の用意をした方が良いかも知れない。
そう思い、ブレックは寝たのかと後ろに意識をやると。
「………………」
すうすうと、穏やかな息を漏らす音が聞こえる。
少し体を捻って背後から抱き付いている相手を見やると、既にブレックは目を閉じていて、暗闇でも赤々としたうねり髪を顔に垂らして眠り込んでいた。
ツカサが少し動いても気付かないので、どうも深く眠っているらしい。
改めて至近距離で相手の顔を見て、ツカサは溜息を吐きたくなった。
(…………なんも喋らなくて無精髭がなけりゃ、なんか悪役やってそうなシブいイケオジって感じなんだけどなあ……)
同性の容姿を褒めるなんてことはツカサにとっては我慢ならない事だが、イケメンに嫉妬して爆発して欲しいと願ういつもの感情はこの男には湧いてこない。
それどころか、何故か「もったいない」と思うばかりだ。
たった数日程度でそんな風に思うなんて、ブレックが知ったら笑うだろうか。考えて、ツカサは「笑うだろうな」と呆れ顔になった。そういう男なのだ、この中年は。
だが、それもまた……かつての過去に置いて来た友人のようで、切なかった。
(俺は、このオッサンに助けて貰ったから……この人を頼りにして、友達の代わりをさせて、それで自分の心を守ろうとしてるのかな。だから、こんなことも出来るんだろうか)
男同士で一緒のベッドに眠るなど、考えもしなかった。
けれど今は――――それほど、嫌でも無い。
むしろ、何故かこの男に対してツカサは胸が引き絞られるような思いになるのだ。
――――よかった。眠っている。安らかに眠っている。本当に良かった。
そんな、今まで考えてもいなかった思いで心がいっぱいになり、泣きたくなる。
自分でも理解出来ない不思議な感覚だった。
(……俺もなんか、頭おかしくなってんのかな。……やっぱ、こうなっちゃダメだよな。なんとかして、独り立ちしなくっちゃ……)
適度に筋肉がついた重い腕をゆっくりと動かし、ベッドから抜け出る。
寒くないように出来るだけ掛け布を動かさず、隙間を作らないようにかけ直してツカサは相手を見た。
……大人の癖に、子供のように眠る相手。
何もかも。何もかもが、今まで見て来た人達とは違う。
だから、自分の感情もずっとわけのわからない動きをするのだろうか。
(…………喉渇いた。水……近場で買えないかな……)
自分の事を顧みると妙に居た堪れなくなって、ツカサはゆっくりと部屋を出る。
喉が渇いた、などという理由はただのこじつけだ。
ただ、今は何故かブレックの傍にいたくなかった。
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