4.宿ってこんな感じだったっけ
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道具屋の老主人とたっぷり一時間ほど値段交渉をした結果、ツカサ達の懐には驚くべき報酬が転がり込んできた。包み隠さず言えば、大金が転がり込んだのである。
老主人との取引は、主にトラジマウマと大ムカデの干し肉やツカサが採取した野草くらいで、情報はほぼ取引しなかったのだが、それでも老主人は大盤振る舞いかと思うほどの報酬を支払ってくれた。
モンスターの肉も結構な値段だったが、それよりも遥かに高価だったのが……変異した野草達だ。一瞬、たかが野草に払い過ぎではないのかとツカサは心配したのだが、老主人はこれが正当な報酬だと言って頑として譲らなかった。
曰く、野草の類は変質が激し過ぎて未だに効能や毒性が分からないものが多く、植物の情報の多くは大都市コロニーでも共有されていない物らしい。理由は分からないが、老主人が言うには「大都市コロニーには旧世界の異物が多くあるから、このような物は必要ないと思っているのだろう」ということだった。
どうやら件の場所は、相当に良い暮らしをしているらしい。
荒野の世界と言うからには全てが荒廃しているとばかり思っていたが、日本だった土地に点在する大都市コロニーは、わりと満ち足りているのかも知れない。それが不思議ではあったが、しかし彼らが情報を買っている大元であるのなら、不必要な情報として野草の情報が共有されないのも納得だ。
だが、ブレックが最初に『森に草や獲物を狩りに来た』的な事を言っていたことを考えると、変質した植物であろうが研究して情報を開示している人間がいるはずだ。
ツカサだけが詳しい野草の知識を蓄えていると言うのは、少々おかしい気もするのだが。
――――しかし、その疑問もすぐに氷解した。
ブレックが説明してくれたことだが、村単位の小さなコロニーの人間でも、二三種類は食べられる野草を知っているらしい。だが、それらは大抵がすでに採取され村で栽培されている。ゆえに、森に入るのはその野草が枯渇した時くらいで、ブレックが依頼されたのもまさしく「村で育てている植物が枯れたので、同じ物を採取して欲しい」という物だったのだ。
植物が枯れ果てた世界なのに草がそんなに簡単に育つものなのだろうか、とツカサは疑問に思ったが、大抵の村コロニーであれば、大都市から商人がやって来て【植物用の栄養剤】とやらを売ってくれるらしい。それと井戸の水があれば、この大地でもなんとか育つのだとか。……とは言え、それもごく少量の収穫だというが。
ともかく、そんな風に特定の野草の知識しかないからこそ、新しい野草の情報には高い報酬を設定されているのである。考えてみれば、さもありなんという話だ。
有用な植物であれば勝手に需要が湧いて出てくるわけで、それを先んじて売れば莫大な利益を手にする事が出来る。こんな世界であれば、そういう物が喉から手が出るほど欲しい者もいるだろう。老主人はそれを見越してツカサ達に高い報酬を払ったのだ。
(……なるほどなぁ……。ブレックが野草の知識をあまり話すなって言ってた理由が分かったよ。これが情報を金で売り買いするってことなのか……)
過去の世界であればすぐに拡散して希少性がなくなってしまっただろうが、この情報が途切れがちな世界であれば一般人でもまだ「救世主」になれるチャンスがある。殺伐とした世界だからこそ、そんな植物を持って来た人間は英雄視され利益を得られる事も有るのだろう。ツカサからすれば荷が重い役目だと思ってしまうが、良い知識と言うのはそれだけ人の感情を突き動かすものなのである。
それを「対価」という形でまざまざと見せつけられて、ツカサは少し怖くなった。
(こういうのって、高い金になるほど責任とか何とか気になるんだよなぁ……。俺の知識って言ってみりゃ体当たりでやった結果だし、あの……あれ……りんしょー試験? みたいなのとかじゃないから、そんなに信用されても困るっていうか、騙されたって思う人に逆恨みされたら怖いっていうか……)
自ら食べて一つ一つ毒性や薬効を確認していったとはいえ、その効果が万人に当てはまるかは怪しい所だ。もし、アレルギーがある人間がいれば、その人間に知らずの内に恨まれるかもしれない。情報のない世界では、こじつけレベルで恨まれる事も確実に多くなっているはずだ。
殺伐としていると言うのだから、薬草をあげて「俺は薬草アレルギーなんだ! よくも助けようとしたな!」なんて頭のおかしい動機で殺される事もなくはない。いや、本当ならば相手にとっては恨むに十分値する殺人未遂レベルの行為ではあるのだが、それはともかく。
死が目の前にあるからこそ、ツカサは自分が持つ情報を共有するのが怖かった。
もしかしたら、ブレックが「あまり知識を話すな」というのは、そういう事から遠ざかるための意味合いも含んでいたのかも知れない。もしそうだとしたら……――
(…………なんか、ず、随分過保護っていうか……)
憎まれ口を叩く癖に、老主人がからかったように遠まわしな忠告をしている。
自覚があるのか無自覚なのかはツカサには判断がつかなかったが……それでも、人に優しくされているのだと理解すると、なんだか心がむず痒い気持ちになった。
――――大人に……いや、誰かに気遣って貰ったのは、久しぶりかも知れない。
(……うん……いや……違う、違うな。あの“施設”でだって、俺は仲間みんなに気遣って貰ってたじゃないか。リーダーのクオンだって、カナちゃんだって……)
自分に笑いかけて「お前は俺の親友だ」と言ってくれたクオン。
常に「大丈夫?」と聞いてくれたクオンの恋人の美少女カナ。
何度毒を喰らっても治療してくれた、優しいアイリ。
クールで舌鋒が鋭いが仕事はきちんとしているアタルに、そんなアタルといつも一緒にいて優しい笑みを浮かべている美形のナツメ。まだ小学生なのに理知的な双子の兄妹であるコウマとユナミも、いつも懐いて来てくれた。みんな、ツカサにとっては大事な仲間のはずだ。掛け替えのない、この世界で生き残るために大事な仲間だったはずなのだ。なのに。
どうして、あの頃に感じた事の無かったむず痒い感情が今になって湧くのか。
(…………俺にはそのケは無いけど……これがもしや吊り橋効果ってヤツなのか……。いや、もしかすると……そう。そうだよ。きっと、俺は大人に飢えてたんだよ。婆ちゃんの田舎で気の良いおっちゃん達と楽しく話してたから、だから……その時みたいに気楽に話せている今が、楽しくて……)
――――ならば、あの“施設”での時間は、気楽では無かったと言うのか?
考えて、ツカサは何故か酷く不安になり首を振った。
いや違う、そうではない。何故か、必死に今浮かんだ疑問を振り払い消し去る。
……ともかく、今後とも自分が持っている情報は出来るだけ隠しておいた方が良い。
そんな事を思いつつ、ツカサはブレックと道具屋を後にして宿屋へと向かった。色々と考えてしまったが、今度こそしっかりとしたベッドで眠れるのはありがたい。
バイクを預けてある「預かり屋」からほど近い所に、その宿屋は建っていた。
「…………ここも廃墟かー」
「ちゃんと修繕はしてあるよ。まあ、ボロボロの小屋よりはマシでしょ」
それはそうだ。ビルらしき廃墟の中に入ると、昔はエレベーターホールだったのだろう場所に、適当な場所から持って来たような机が置いてあり、そこにはなんともやる気のない屈強な男が座っている。どうやらこの男が受付のようだ。女性ではないのが残念だが、危険性を考えると仕方がないのかもしれない。
ブレックが何やら話して、老主人に「報酬」として貰っていた金属や石を渡していた。
そう。この世界ではどうやら、錆びた銅や金属、そして特定の石……鉱物が商品やサービスに支払う対価なのだ。それを最初に見た時、ツカサは「石がお金の代わりなのか」と怪訝な顔になってしまったが、これも物々交換のような物なのかも知れない。
(ま、まあ……世の中にはクスリが金の代わりな所もあるらしいしな……)
出来ればそんな所には行きたくないが、とにかく今はベッドか布団で眠りたい。
鍵を放り投げられてうまいことキャッチしたブレックを見つつぼうっとしていると、ツカサは呼ばれて一緒に二階にあがった。二階は、小さな会社のオフィスがあったのだろう扉の群れが並んでいて、そのうちの扉の一つを開くと、そこには宿とは思えない朽ちかけたコンクリートの壁や無機質な冷たい床があり、そこにポツンと場違いな古いベッドが一つ置かれていた。
「…………俺ベッドで寝るからブレックさん床で寝て下さい」
誰が好き好んで会社の廃墟の床で雑魚寝したいというのだろう。
あまりにも酷い光景に、つい敬語でポツリと言うと、ブレックは即座に反応した。
「なんで敬語……はぁ!? 僕運転してるし案内もしたし普通僕がベッドでしょ!?」
「いや野草採取したの俺じゃん! 懐潤ったの俺のおかげじゃん!」
「その代わりだからコロニーに連れて行ってやるって約束したんだろ!? つまりは僕がツカサ君にやってあげた方が多いじゃん、僕が一番の功労者だよ!」
何を言い合いしているのかと思うが、こればかりは譲れない。
硬い地面や廃墟の床で寒さや寝辛さに耐えて眠って来たのだから、こういう時くらいはベッドで眠りたい。それは当たり前の話だろう。例え廃墟のオフィスにポツンと置かれているベッドだろうが、どんなにみすぼらしい感じだろうが、その柔らかさを知っている物からすれば譲れないのである。
「いーや俺も負けてないね、アンタにメシ作ったり」
「それは契約の内だろ!」
「ぐ、ぐぬぬ……」
悲しいかな、ツカサがブレックにしてやった事と言ったら、確かに「家事をする」以外にない。しかもそれは「コロニーに連れて行く報酬代わり」であって、ブレックが思いがけず感謝すると言うような行為では無かった。つまり、この口喧嘩は最初からツカサには不利だったのである。
思わず唸ってしまうツカサに、自分の勝利を確信したのかブレックは不敵に笑う。
が、何か思いついたのかその笑顔を妙な感じに歪めて近付いてきた。
「そんなにベッドで寝たい?」
「そ、そりゃ……」
今まで散々な寝床だったのだから、今日ぐらいはゆっくり眠りたい。
しかしブレックの山賊みたいなニタつく表情が気になってしまい、ツカサは一歩退きながら言葉を零す。嫌な予感がするが、しかしベッドで眠れるチャンスは失いたくないのだ。
至近距離に近付いてきた相手を見上げると、ブレックはニヤニヤ笑いながら――――いきなり、ツカサの身体を両腕で拘束して捕えると、そのまま抱き上げた。
「よーしじゃあ一緒に寝ようか!」
「えっ……ええ!?」
予想もしていなかった言葉に思わず驚いて相手を見るが、妙に上機嫌なブレックはツカサの身体を離してはくれない。ずんずんとベッドの所まで歩いて行き、酷く沈み込むベッドに放り投げた。
ぎいっとベッド自体が軋む音に思わずビクリと体を竦めたツカサの横へ、ブレックが遠慮なしに入って来て体を横たわらせる。
「わっ、わ」
枯れた植物か何かを使っているのだろうベッドは、その体重に潰され、ツカサの身体も自然とブレックの方へと傾いでしまう。慌てて逃げようとするが、そのまま背後から抱き締められてしまった。
「逃げることないじゃないツカサ君。ベッドで寝たいんだろ?」
「確かに寝たいけど、アンタと一緒に寝たいとは言ってないいいい」
「別に取って食おうってんじゃないんだから、我慢してよ。ちょうど体を温める物が欲しいと思ってたんだ~。ふふふ、ツカサ君なら適任だ」
「俺は男に抱き着かれるシュミはないいいいい!」
背後が見えないのでブレックがどんな顔をしているか分からないが、どのみち気色の悪い光景には違いない。こんな所を人に見られたら大変だ。
……とは言うが、外国人風の大柄な男に背後から抱き着かれて逃れられる体力などツカサにはなく。
(あぁあ……なんでこうなっちゃうんだ……)
ただ柔らかいベッドの上で寝たかっただけなのに、背後にオッサンを感じて眠る羽目になるとは。ツカサは新手の拷問のような展開に白目を剥きつつ、現実逃避でもするしかなかった。
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