3.掘り出し物はいかがかな
丈夫な革製だったのであろうぼろぼろの上着を羽織り、何重にも古めかしく薄汚れた服を着込んだ老人は、ツカサとブレックを垂れ下がる瞼の隙間から見てゆっくりとまばたきをする。
そうして、何も驚いていないような穏やかな声で小さく笑った。
「ほー、ボウズは“過去人”かぁ。そのトシでここに居るたぁ珍しい」
「え……俺みたいな奴って、カコビトって言うんですか?」
どことなく昔の世界の老人の風体を残す相手に問うと、道具屋の主人は頷く。
そうして、懐から指に挟める程度の黄ばんだ紙の筒を取り出し、先端に火をつけた。もうもうと煙が出てくるソレをやっと「タバコ」だと認識したツカサの前で、主人は語り始める。
「そうかそうか、ボウズのトシじゃあ知らんわな。……その通り、坊主みてえな黒い髪で濃い茶色の瞳のヤツは、大人の間じゃあ過去人と呼んどるんだ。ホレ、ワシらは【ノコサレ】らしく藍色の瞳や体付きが大きくなったりしておるだろう?」
「はい……」
さきほどの門番やすれ違った【探索者】達もそうだったが、やはり彼らは一般的な大人の体格よりも少しガタイが良い。この老店主はともかく、若い年齢の人々はほぼブレックと変わりなかった。背が低くても、そのぶん筋肉に恵まれているような感じだったのだ。
だがそれは、どう見ても一般的な日本人の体格ではない。
ツカサは、あの“施設”で仲間達が見ていた過去のドラマを盗み見る度に、自分の周りにいた大人達を思い出していた。その記憶が少しも薄れていないツカサにとって、今の日本人は「全く違う」としか言いようのない存在だったのだ。少なくとも、彼らのような色味は「普通」ではない。
バイオスリープに選ばれなかった人々は、この過酷な環境で生き残った結果……昔の日本人とは違う、いや、昔の世界の人とはまるで違う存在……【ノコサレ】になってしまったのだろう。
過去の事が曖昧な記憶になるほどに過酷だったこの環境のせいで。
その事に寂しさを覚えながら頷くツカサに、老店主は続けた。
「だが、こういう色味ではない人間もいる。ワシらとは違って【災害】で姿形が変わらなかった奴や、お前さんのような容姿で生まれたりしたようなヤツだわな。過去の記憶を持ったままの可哀想な存在だ。んだから、そいつらは【過去人】と呼ばれとる。……ここいらじゃもう【お宮様】に全部連れて行かれてしもうたと思ったが、まだ生きとったとはのう」
「オミヤサマって……」
「以前、大権現様という偉大なお方が眠っておられた場所だよ。森も豊かで神聖な場所じゃった。……ま、今となっちゃあ悪趣味な大都市に飲み込まれちまったがね」
「それってもしかして……日光東照宮……?」
大権現。その名称は勉強が苦手なツカサですら知っている。
江戸時代に長く続く平和な時代を作り上げた偉人、徳川家康の呼び名の一つだ。そして、その名前を呼ばれる時の彼は戦国武将としての存在ではなく、必ず神社に祭られている神として想像される。
日光東照宮は、神社であると共に大権現と敬われる徳川家康の墓所なのだ。
そしてそこは有名な観光地でもあり、年に一度は必ずテレビで特集されていた。そのおかげでツカサも覚えていたのである。
だが、老人はツカサが【バイオスリープ装置】で眠っていた事を知らないので、そんな知識を若い者が持っていた事に驚いているようだった。
「ほぉー、坊主は若けぇのによく知ってんなぁ。コッチのアンチャンに教えて貰ったんか。いいねえ、そういうお節介な奴ぁ今の時代じゃ本当に貴重だよ」
「うるさいなぁ良いからさっさと話し進めろよ。で、なんだって? 【お宮様】に過去人が連れて行かれているなんて初耳だぞ。どういうことだ?」
道具屋の老主人に乱暴な口を利くブレックだったが、相手は何も気にしていないようで。朗らかにハハハと笑いながら、煙草を口から離しぷかっと煙の輪を吐いて見せた。
「ハハハ、心配か? 安心せい、そうやって坊主の姿を隠して、すぐに【お宮様】のナワバリから出て行けば問題ねえよ」
「お前わざとやってんのか? 殺すぞ」
「わーっ! ブレックお年寄りになんてこというんだ!」
自分にだけ容赦がないとばかり思っていたが、どうやらこのオッサンは気に入らない相手ならすぐに噛みつくタイプらしい。さすがに年配には配慮して欲しいと思うが、ブレックにとっては年など関係が無いのだろう。イライラしている大人げない大人を抑えながら、ツカサは続けた。
「あの……連れて行かれたって、やっぱ奴隷とかそういうヤツにするために? 過去人っておじいさんやコイツみたいに体も力も強くは無いから、虐げられたりするんです……よね?」
ついさっきブレックから聞いた事を話すと、老店主は「その通りだ」とでも言いたげに首を動かし、いびつな形をした小皿に煙草の灰をトントンと落とした。
「うむ。こんな世界じゃあ、取り残された過去人は疎まれるばかりだからなァ……。ワシらはそう思っとるが……実際のところは分からんのだよ」
「……と、いうと……」
「旧日光を束ねる大都市コロニー【トウショウ】は、今や持つ者と持たざる者の二極化が凄まじい。貴族とも言われる人々は、権現様の内裏から出てこんからのう。過去人達がソコに連れて行かれて何をされているかなど、門の中にすら入れぬワシらにはわからんのだよ」
「……?」
過去に東照宮の話を聞いた時とは全く違う情報ばかりが出て来て、ツカサはつい首を傾げてしまう。だがその反応が当然だったのか、老主人は何も言わずまた好々爺の体で笑うだけだった。
「ま、簡単に言えば、トウショウから来る人間に見つからぬよう気を付けろということだ。トウショウの【探索者】はそれなりに身なりが良いからすぐ解かる。クルマも持っとるし」
「どうせ廃都から盗んできた軍用車だろ? 過去の遺物でイキッてるなんて笑えるな」
「まあまあ、挑戦して勝ち取って来たモンかもしれんだろう。アンタからすりゃあ、誰だろうが弱く見えるのかも知れんがな」
よく分からないやりとりだが、お互い何故か理解し合っているようでニヤついている。もちろん多分に嫌味を含んだような笑みだが、ツカサからすれば仲が良さそうに見えた。
ブレックはこの【バスターズ・キャンプ】を知っているようだったので、もしかしたら二人はそれなりに知り合いだったのかも知れない。そう思うと、少し心が温かくなった。
(奪い合い裏切り合いが普通だとブレックは言ってたけど、なんだかんだで普通に会話できる人が居るんじゃん。……殺伐だけの世界じゃなくて、ちょっと安心したな)
願わくば、自分もこうやって軽口を叩ける友人を作りたいものだ。
そんなことを思いながら、ツカサは老主人の注意を深く心に留めて、道具屋で必要な道具を揃えた。
ランプオイルや、固形燃料。“廃都”と呼ばれる過去の世界の建物が密集した場所から【探索者】達が持ち帰った物品には、見かけた事のある物や、コップ型のインスタントコーヒーといった未来を感じさせる不可思議な物もある。
ブレックはそれらを当たり前のように手に取って、老主人と金額を交渉していた。まるで日常風景かのようだ。……が、現在の状況を考えると「ソレがもう自分達の世界に存在していたのか」と考えてしまい、ツカサは何だか妙な気分になってしまった。
(数回使える紙コップ型のインスタントコーヒー……そんな便利なモンあったのか……。いや、考えてみれば、ブレックが使ってた毒物を判別できる手袋とか、物が長持ちするこの袋だって、けっこう近未来って感じだよな。……そもそも【バイオスリープ装置】だとか、あの“施設”で使ってた自動調理機も未来を舞台にした漫画の中の道具みたいなシロモノだったし……なんか変な感じ……)
自分達の命を繋いでいる【ナノマシン】だってそうだ。
今まで気にした事など無かったが――――そういえば、ブレックが持っている道具や、道具屋が見せる品物の中には、そう言った夢の道具のような物がいくつか混ざっている。
まるで漫画の舞台のようにすっかり荒廃してしまった世界に気を取られていたが、これはこれでなんだかチグハグだ。少なくとも、ツカサの周囲ではそんな未来的な物が使われている気配は無かった。
東京の方では当たり前に使っていたのだろうかと首をかしげるが、そんなものが存在していればニュースで軽く触れられても良いはずだ。なのに、それがない。これはどういうことなのだろう。
(……俺達が眠った後に、急激に文明が進化した……とか……?)
ありえない事ではない。
例えば【ナノマシン】は、ツカサの時代でも「がん治療」に使用される目途が立ったとして、ニュースや教養番組などで特集されていた。今のツカサやブレックの中に入っている物よりは原始的かもしれないが、それでもあの頃の科学技術は凄まじいものだ。一年程度で自己修復を助けられるほどに進化させていても不思議ではないだろう。
自動調理機やフリーズドライ食品だって、昔からすれば既に未来の製品だ。
そう考えると……どれも、有り得ないと言えるほどの品物ではないのだが。
「うーん……?」
「何してるのツカサ君。ほら、今度は僕達が持って来た野草を売るよ」
「えっ、え? あ、はいはい」
そういえば、ブレックがそんな話をしていたような気がする。
やっとこの大荷物が減るのかとホッとしたが、これから自分が説明しなければいけないと言う事を思い出し、ツカサは暗澹たる気持ちになった。
(良い情報を売るために、相手にあんまり情報を与えないようにするんだっけ……? 野草の効能ってそうやって隠すのはフェアじゃないと思うし、このおじいちゃんなら信用出来ると思うんだけどなぁ……)
だが、この世界ではそういう油断が禁物なのだろう。
複雑な気持ちになりながらも、ツカサはブレックと一緒に荷物を抱えて老主人の前に座った。
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