いざ【探索者】の世界へ2
うっかり投稿時間を間違えてました(´;ω;`)ウッ
隔日更新が一日ずれます(スミマセン…)
「これが……今の、世界……」
呟くツカサの前に広がるのは――――まるで、何かのゲームの世界のようだった。
木板と藁で作った粗末な小屋……のような家屋に、薪を燃やして明かりを取る前時代的な鉄製の篝火。道は舗装されておらず剥き出しの地面で、視界に入る数か所にあまり見たくないものが散らばっている。
……汚い。あまりにも前の世界とは違う。
かつて、平成に入る前の道は、噛んだ後のガムが落ちていたりアレな物が落ちていたりして清潔都市黎明期の様相だったらしいが、しかしツカサが生まれた頃には既に道はアスファルトやレンガで舗装されていて美しい街並みだった。それが今や、江戸時代の田舎に逆戻りと言った感じだ。
いや、そうではない。
これは恐らく「スラム」なのだ。すべてが崩壊した後の、なんとか立て直した街。だが、荒廃した世界では最早普通の街など作り直せない。人も荒んでしまっている。だから、こうなっているのだろう。
だから、この変化は「退化」ではなく「スラム化」なのだ。
そう考えると一層この世界が荒んで見えて、ツカサは顔を歪めてしまった。
(つーか、ボロい服の人まで転がってるんですけど……あの、なんでみんな無視してるの……)
顔や体に痣をつけまくった男が、道の端で転がっている。なのに、なぜ誰も警察を呼ばないのだろうか。いや、警察などこの世界にはもう存在しないのか。それにしたって、大丈夫かの一言でもかけてやればいいのに。そうツカサは思って男の事が心配になったが、ブレックの言った事を思い出しグッと堪える。
この世界は弱肉強食。人に優しさを向ければそれをあだで返されるのだ。
だったら、これみよがしに転がっている誰かなど誰も助けはしないだろう。
そもそも自分が助けたってどうにも出来ないのだ。なら、放置するしかなかった。
(うう……でも良心が痛む……ごめんなさい……)
いずれは慣れてしまうのだろうが、そんな自分が恐ろしくも有る。
男を気にしながら通り過ぎると、先の方に少し他の家とは違う家屋が見えてきた。
掘立小屋のような形は変わらないのだが、しかし藁の屋根の一部分に色が塗ってあったり、立てかけてある平たい石に何やら絵文字が書いてある。それによると、どうやらそこは「道具屋」らしかった。
「ツカサ君、ここなんの通りか分かる?」
「ええと……道具屋があるから……商店街的な……?」
あてずっぽうで答えたツカサに、ブレックは目を笑ませた。
「そう。商店街で正解だ。……なにもかも粗末で驚いただろう? コレが、この世界の街なのさ。……まあでも、ここは【バスターズ・キャンプ】だからコロニーとは違って建物が粗末なんだけどね。コロニーは流石にもうちょっとちゃんとした家だから安心して」
「あっ、そうなんだ!? よ、良かった……」
「さすがに人間の知識もそこまで落ちちゃいないよ。物資不足さえ解消されれば、過去の遺産を解体して得た知識でそれなりの家くらいは造れるだろうさ。それに……大都市コロニーは、実際のところそんなに衰退したような感じでもないからね」
「そ……そうなんだ……」
何故か、大都市コロニーの話をした途端にブレックの顔色が変わった。
その表情はどこか憎々しげというか、嫌悪するような物を見た時のようで。
(……ブレック……大都市に何か嫌な思い出でもあるのかな……?)
ブレックは大体のことを素直に口に出すが、これほどまでに顔を歪めて嫌がる所は見た事が無い。数日間の付き合いではあるが、それでもこのオッサンの腑抜けた表情はイヤというほど見て来たのだ。その中で、ブレックはこんな顔などした事が無かった。
まるで、今まで隠していた「何か」が噴出してきたような……そんな顔だ。
まだ知らない相手の過去を目の当たりにしたような気がして、ツカサは思わず口をぎゅっと閉じてしまった。……何故そうしたのか、自分でも分からないうちに。
「ともかく……これで、一応何がどう変わったか理解して貰えたかな?」
「うん……いや、凄い景色が変わっちゃったんだな……」
「……じゃなくて! ツカサ君この周りのオッサンども見て気が付かないの!」
「えっ」
そういえば、先程から人が行き交っていたなとツカサは気が付く。
緊張し過ぎだったのと、フードで視界が限られているから見えづらくて無意識に男を視界から除外していたが、そういえば人影と何度もすれ違った気がする。
(俺はオッサンより女の子を見つけたかったんだ。男を視界から除外するのは当然だろ。……って、そんな場合じゃないよな。えーと……)
改めて周囲を見回してみる。
そうして、ようやくツカサはブレックが何故自分にこんな粗末なローブを羽織らせたのか理解した。
――――みな、ツカサとは違う。
あの門番の男のように、見かける人間全てが、おおよそ日常で見かけなかった髪色と目の色をしていたのだ。あの群青色の髪と抹茶色の瞳のように。
(いやでも茶色系は見た事があるな。金髪もある……ピンク髪も、染めた人ならそこそこ……でも、それ以外の絶妙な髪色って、普通の人ならまずやんないし、そもそも昔は茶髪か黒髪が一般的だったわけで、こんな風に見かける人ほとんどが染めてるってのは……)
しかも、彼らは全員ツカサとは顔立ちが違う。
日本人であろうはずなのに、微妙に彫りが深く何とも言えない異国感があった。
確かにこれは…………姿を隠した方が、良さそうだ。
「ツカサ君みたいな暗い髪色が居ないわけでもないんだけどね。でも、光りに透かせば色が違うのが分かっちゃうし、純粋な黒髪なんて普通のコロニーじゃもうほとんど見かけないんだ。……もうみんな、日本人ですらなくなっちゃったんだよ」
そんなバカな。そう言いたかったが、最早否定する事は出来ない。
目の前には自分とはかけ離れた人々が居て、誰を見ても自分のような黒い髪色では無い。顔立ちも、体格すらも、ツカサがかつて見ていた大人達とは違っていた。
赤、青、黄色、オレンジ、紫、緑。誰も、自分と同じ髪色ではない。体格もブレックのような外国人に近い大柄な体になってしまっていて、ツカサが知っている「近所の大人」の姿ではなかった。
……彼らはもう、過去の彼らではないのだ。
皆、国の名前すら失ったこの世界の住人になってしまっていた。
ここはもう、完全に日本ではなくなってしまったのだろう。
――――それを目の当たりにして、ツカサは愕然とした。
「……ぶ……ブレック……なんでみんな、こんなことに……」
自分と同じ特徴が消え去ってしまった同胞たちを見て、言葉を零す。
今でもまだ信じられない心地で問うと、再び歩き出しながら相手は答えた。
「まあそりゃ……あの【災害】の後遺症だろうね。……この世界にばら撒かれたアレは、人間を殺すだけじゃなく植物や動物まで狂わせたんだよ」
ブレックの足が、速くなる。
ツカサを追い抜いて背中を見せる相手は、そのまま続けた。
「……今や、変異した植物や馬や大ムカデだっている世界なんだよ? だったら、人間だってこうなっちゃってもおかしくないんじゃないかな。……僕は……詳しい事は、知らない。けど、今のこの状況が現実だ。そう思って、受け入れた方が楽だと思うよ。深く考えないでさ」
「うん……」
「とはいえ、キミみたいな完璧な旧人類は見かけないでもないけど……そういうタイプは、珍しいワリに大体が昔の一般人と同様の力量だから、どうせ奴隷か搾取されるだけでね。だから、出来るだけそうやって隠しておいた方がいいってワケ。わかった?」
「……まあ、それなりに…………」
自分と同じ存在がいないワケではないのか。
ツカサは驚いたが、しかし、ブレックの口ぶりでは良い待遇を受けているワケではないと分かり、どうしたものかと顔を歪めた。純日本人、とか言って保護されていればまだマシな暮らしを送れたのだろうが、こんな荒んだ世界ではそんな道も無いようだ。
(まあ、保護するっつったって動物みたいにいかないだろうしな……。それに、こんな荒野の世界じゃ保護して養うなんてことも出来そうにないし……)
希少性などというものは、周囲が裕福であればこそ見出されるものなのだ。
明日の食料も心配しなければならない世界なら、何が絶滅しようが構わずに狩って喰うくらいしか考えられまい。自分達が生きるためだと必死になれば、たとえ相手が神だろうが立ち向かうようになるだろう。
飢えとは、そういうものだ。
世界中に「飢饉でやむを得ず人を喰った」と言う記録がある事を考えれば、倫理観や平和を掲げることがどれだけ裕福なことなのかを思い知らされる。どんな動物であろうが、極限状態では相手の命など構ってはいられないのだ。命がかかった場面で人を蹴落とすのも、生物として仕方のないことだった。
(悲しい事だけど、仕方ないんだよな。……だから、あの道端のおじさんも……)
また思い出して、ツカサは首を振る。
……生きるのに精いっぱいなくせに、人に施しをしてどうする。
あの男を助けようとすれば、きっと誰かがそう怒るだろう。
人を助けて更に窮地に陥って泣くのは自分だ。自分の一歩先も確実に踏めないような人間が相手に施すなど、それこそ驕りと言うものだろう。
特に、ツカサのような一人では何も出来ない脆弱な存在であれば、尚更。
(それに、気まぐれに助けたって、その人を更に追い込むだけかもしれないもんな……。ずっと助けられるほどの甲斐性があれば別なんだろうけど、今の俺にはそんなものないし……)
誰かを助けたいと思っても、今の自分は「見つかれば搾取されるだけの存在」だ。
どこへ行けばいいのかも分からず、金魚のフンのようにブレックに付いて行くだけの矮小な「旧世界の遺物」なのだ。そんな人間が慈悲を振りかざしても、誰も喜ばないに違いない。
「んじゃ、今の状況もわかった事だし……道具屋で少しモノを買い足そうか。目的のコロニーは、いったん戻らなきゃいけないから少し遠くなる。今日の内に用意をしておかないとね」
「わかった……」
バイクは「預かり屋」に預けておくんだよ、などと説明するブレックの話を聞きつつ、ツカサは何だか沈んだ気持ちでブレックの後を付いて道具屋に入った。
【バスターズ・キャンプ】に入った頃は「どんな内装なんだろう」と興味があったが、今は何だか気分が落ちこんでいてはしゃげる感じではない。薄暗い店内に所狭しと並んでいる古びた棚と妙な道具を見ながら、店の奥を見やると……そこには、古そうなラグの上に座っている老人が居た。
「いらっしゃい。どんなものをお探しかね」
先に話しかけてくる相手に目をやると、深く刻まれた皺の奥に藍色の目をのぞかせる老人は、ツカサを見るとニヤリと笑う。そうしてしゃがれた静かな声で二言目を呟いた。
「ほう……。アンタ、ずいぶん珍しい人だね」
フードで出来るだけ顔を隠していたのに、気付かれてしまったのか。
少し警戒するが、ブレックはツカサの顔を覗き込んで笑う。
「安心して良いよ。こういう所でやってる商人は、まずアコギな商売なんてしないから」
その言葉に、老人はハッハッハと大きな声で笑った。
「なんだぁ、えらく親切な【探索者】じゃねえか! ハハハ、面白れぇなあ。よしよし、大丈夫だからこっちゃこい。なんも魂なんて取らねえからよ」
なんだか懐かしい、方言にも似た言葉。
まるで、祖母の住む集落にいた老人達のようで……無意識に、心が疼く。
気が付けば、ツカサはブレックと一緒に道具屋の老人に近付いていた。
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