1.料理も美味いばかりではない
「ツカサくーん、ごはんまーだー?」
「もーちょい味整えるから待ってくれってば」
向こう側からたき火の光が見えないように布を張った、天井なしの野外。
自分を明々と照らす炎の上で簡易鍋の中を掻き回しながら、ツカサ寝転がるブレックに対して「焦らせるな」と釘を刺す。だが相手は気が抜けているのか、先程から寝袋の上で待ちきれずにごろごろと転がっていた。
「早くしないとお腹と背中がくっついちゃうよーひもじいーひもじー」
「あーもー……ほんっと面倒臭いオッサンだなぁ……」
何故こんなしょうもないオッサンが【破壊者】とかいう強い能力を持っているのか。溜息を吐きながら、ツカサは改めて今自分達が滞在している所を見渡した。
――――今日ツカサ達が野宿をする事にしたのは、旧日光周辺にあるという【バスターズ・キャンプ】を見下ろせる崖の上だ。
ブレックが言うには「キミはキャンプに入る前に色々服を用意した方がいいね」と言われたので、今回は近場で野宿をしようと言う事になったのである。
(なんで一泊野宿なのかは分かんないけど……まあ、このオッサンは少なくとも俺が大事になるような行動はしないし、今のところ信用出来るし……どのみち、何も知らない俺は従うしかないからなあ)
騙されていたとしても、これはもう仕方のない事だろう。
そう思っているのに「逃げよう」と思わない自分も不思議だったが、ツカサは自分で考えるよりもずっとブレックの事を信用しているのかも知れない。
いつの間にか良いように転がされているような気がして微妙な気持ちになったが、今は憂鬱な気分になっている場合ではないとツカサは鍋を掻き回しながら今一度自分の居る場所を振り返った。
(にしても……準備だからという理由で崖の上に来るとは思わなかったなあ)
確かに見晴らしも良いしキャンプに近いが、何故わざわざ崖の上でキャンプを見下ろしているのかが分からない。しかも、こんな場所で野宿をしているのは疑われやすいと言う事で、わざわざ硬い地面に棒を突き立て衝立のように布を張っているのが不可解だ。
ブレックは「炎の光でここに誰かいると気付かれにくいように」と言っていたが、隠れる理由も謎だ。数時間前に言っていた「キャンプに入る前に準備をした方が良い」という発言に関係があるのだろうか。
(まあ、なんにせよ……布のおかげで結構明るくなったり目隠しになったりで、俺的にはありがたいんだけども)
三面を覆うだけでも、不思議と部屋のように思えて来るので不思議だ。なんとも言えない安心感があり、布に反射するたき火の光が心を落ち着けてくれた。
(それに……集落が近くにあるってのは、なんだかんだでホッとするよなぁ……)
しかもこの崖の下の集落は【探索者】達が集う【バスターズ・キャンプ】だ。
周囲にモンスターが居れば彼らが狩っているだろうし、こんな近場にまず脅威を感じるような存在は居ないだろう。それにここは崖の上だし、モンスターが来るとすれば崖に登ってくる道か頭上から来襲するくらいだ。だが崖の下はキャンプなのでおいそれと近付いては来られない。
まさに絶対的な安心感といえよう。
なにより、布の衝立の隙間から見えるキャンプの明かりは、頼もしさすら覚えた。
野宿とは言っても、今までのような緊張感は無い。まさにキャンプだ。
「ツカサくーん、まーだー?」
「あっ、はいはい! えーと……」
ブレックの急かす言葉に我に返り、ツカサは慌てて味見をする。
もう少し煮込んだ方が良いような気もするが、これ以上はオッサンが待てないだろうと思い、ようやく炎から離した。それを合図と思ったのか、ゴロゴロと寝袋の上で転がっていたブレックは勢いよく体を起こす。
「出来たの!?」
「お、おう……アンタが急かすからもう良いかなって。マズくても文句言うなよ」
「え? 文句言うよ。だってツカサ君は僕のご飯係だって約束したじゃない」
「キチクかこのオッサンは」
遠慮と言うものが無いが、まあお世辞で褒められても嬉しくないのは確かだ。
複雑な気持ちになりながらも、ツカサは器にスープをよそって渡した。
「今日のごはんは、あの大ムカデの干し肉のスープなんだよね」
「そう。でも、あの漢方みたいな苦みがな~……消せてるかどうか謎なんだよ」
しかも燻製式の干し肉で作ったスープなど作った事も無い。自分でも初めて作った料理だから、ツカサもどうなってるのかわからなかったのである。
一応味見はしたものの、調えるために味見をし過ぎたせいか良く分からなくなってしまった。もしかしたらマズいかも……などという不安が拭えないのはそのせいだ。それゆえ、ツカサも今日は煮え切らなかったのである。
そんなスープを見て、ブレックは鼻を動かす。
「ふーん? まあニオイは普通に美味しそうなスープだけど……甘めかな?」
「そうかも。この前みたいに【お酢の実】でムカデ肉を漬けこんで干し肉にしたから、熱を通すと甘い感じになったっぽい。スープがちょっとカラメルな感じ」
「カラメルかぁ……懐かしい単語だなあ……」
まずそう、とかでなく、懐かしいと言われるとは思わなかった。
だが、こう言う世界では仕方がないのかも知れない。
ともかく食べてみて欲しいと進めると、ブレックは琥珀色のスープをスプーンですくい、まずは小麦色に締まった大ムカデの干し肉の欠片をパクついた。
特に噛みきれ無さそうな雰囲気は無く、もごもごと咀嚼しながらスープを飲む。
「…………う、うまい……?」
明らかに、トラジマウマを食べた時とは違う反応だ。
しかし特に味に言及する事も無く、ブレックはそのまま器を飲みほした。
「っはー……」
「ど、どうなんだよっ」
なんだか不安になって来て、妙に焦ったような声で問いかけるツカサに、ブレックは「ふーむ?」と言った感じで目を空に彷徨わせると改めてツカサを見やりつつ答えた。
「なんていうか……不思議な味? マズくはないよ」
「それ美味くも無いってことでは」
「やだなあツカサ君たら不安がっちゃって。美味いか不味いかで言えば美味いから安心してよ。ただ、僕は食べた事のない味だから不思議な方が勝っちゃってね」
「不思議な味、ねえ……」
自分の分を器に移し、一口飲んでみる。
「んー……言われてみるとたしかに……」
しっかりと味わってみると、確かに形容しがたい味だ。
干し肉のスープは、通常なら肉の旨味や塩気などが染みだしたものになっている。だがこのスープは、肉に味付けされたカラメルに似た甘味に混ざって軽く薬……漢方薬のような独特の風味が含まれており、不味くは無いが手放しで喜ぶというような味でも無かった。
ツカサとしては許容範囲内な味ではある。
だが、ブレックが喜ばなかったと言う事は、この料理は「家事」をするという相手との約束にそぐわなかったと言う事だろう。
(……も、もしかしたら……マズいもん作りやがってって、置いてかれるのかな……)
そんな考えがよぎり、口が重くなる。
たき火の音だけがぱちぱちと続くが、その沈黙も今は酷く居た堪れなかった。
……もしここでブレックに見捨てられたら、今後自分は一人で生きて行く術を身に付けなければならなくなる。【バスターズ・キャンプ】が目の前だから、なんとか生きては行けるだろうが……しかし、守ってくれる人間が自分を見放してしまうかもしれないという予測は、思った以上にツカサを恐怖させた。
(……人を疑ってでも生きて行かなきゃ行けないって、言われたばっかなのにな……)
いつの間にか、自分はブレックに依存していたらしい。
そう思うと悔しいような恥ずかしいような気持ちになり、ツカサは自分自身が恥ずかしくて俯いてしまった。だが、そんなツカサを見てブレックは笑い。
「あはは、やだなあツカサ君落ちこんじゃって。そりゃ手放しでウマいって感じじゃ無かったけど、それでも今までの食べ物より何百倍もマシなんだよ? ちょっと戸惑ったけど、これはこれで美味しい。それは間違いないから安心してよ」
「……ほんとに? 俺のこと捨てちまえとか思ったりしない?」
問いかけると、相手は肩を揺らして大きく笑う。
衝立のように張った布の壁に、大きな体の大きな影が映って揺れた。
「ははは! 何言ってんの。まだ目的地にも行ってないってのに、キミみたいに料理できる子を捨てるワケないじゃない! なにより……売る時に、この野草の説明とかして貰わなきゃ行けないしね」
「…………ほんっとゲンキンなヤツだな……」
その受け答えにますます「ドクズなオッサンだな」と思わないでも無かったが。
しかし、何故か――――ツカサの心は、ホッとしたような変な気持ちになっていた。
(まあ、利用価値があるからってハッキリ言われる方が楽ではあるし、むしろそっち目的の方が信用出来なくもないけど……こんなんでホッとしてるとか自分がバカみたいだなぁ……はぁ……)
ブレックからすれば、自分は「家事」と「野草」のための付属品でしかない。
契約しただけの関係であって、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
裏表のない関係は気楽でも有ったが、同時に……不安でもある。
……いつ別れが来るかもわからない、曖昧な関係。
そんな関係など、生まれて初めてでどう心構えをしたらいいのか解らなかったのだ。
(…………相手は友達でも恋人でもないオッサンだってのに、なんだかなぁ……)
そんな事を考えてしまう自分が軟弱に思えて、ツカサは無心でスープを飲み込んだのだった。
→
ちょっと遅れちゃいました…(´◉_◉`)




