9.用心するに越したことはない
翌日早朝、ツカサ達は旧軽井沢周辺の【バスターズ・キャンプ】を後にした。
初めて過去世界の廃墟を目の当たりにしたり、大ムカデに襲われたりして散々なキャンプではあったが、それでも去るとなれば少し寂しい。前よりもボロボロにしてしまった申し訳なさも手伝って、少々離れ難かった。
とはいえ、ここにいつまでも滞在するワケにはいかない。
荷物袋の中の薬草は、袋が特殊なおかげか劣化はしていなかったが、それでも遅くなればそれだけ鮮度は堕ちてくる。コロニーで売りさばくというブレックの目的のためにも、今日は出発しなければならなかった。
それゆえ朝もまだ明けきらぬうちから再びブレックの愛車にタンデムしているのだが。
「ふぁああ……」
しっかり朝食も摂って用意もしたというのに、あくびが何度も出て来てしまう。
硬い床で眠るばかりでさすがに体が疲れて来たのだろうか。それとも、夜中に大ムカデに襲われた恐怖が未だに残っていて、夜もあまり眠れなかったのか。
ツカサ自身に自覚は無かったが、それでも確実に疲労が溜まっているのは確かだった。
「まったく、結構な風の中でそんな風に大口を開けてあくびを出来るのも才能だねえ」
「う、うるひゃい……俺だってあくびなんてしたくなふぁああ……」
「こりゃ重症だ。まあツカサ君は野宿も慣れてないし仕方ないか。でも、そろそろ慣れておかないとね。コロニーでも、それなりに稼いでないと柔らかいベッドなんて夢のまた夢だし」
「ふわぁあ……ほんとにとんでもない世界になっちゃったなぁ……」
主な食肉が“養殖痩せネズミ”と言われてある程度は覚悟していた事であるが、コロニーという場所もすっかり過去とは様変わりしてしまったようだ。
まあ住民が旅人を襲ってきてもおかしくないと言われる世界だ。そんな事をすると言う事は、コロニーの中での生活自体も酷いものなのだろう。だったらベッドが劣悪なのも仕方ない。
とはいえ、硬いマットレスだろうが黄ばんだ布だろうが、せめて洗ってあるシーツで寝たいものだ。まさか布まで存在しないとは言わないだろうが、その酷さを想像して驚かないようにしようとするたびにツカサは疲れが出てあくびが出てしまうのだった。
我ながら、バイクに乗った状態でよくこんなにあくびが出来るものだと思う。
時折風で砂粒が顔や体に当たって来ると言うのに、何故か止められない。
「……今更だけど、あの大ムカデの毒ってこたぁないよね?」
「それはないと思うけど……柔らかいベッドで眠れたらハッキリするかも……」
「送って貰ってる側のクセに生意気な事を言うなあキミは。……まあ、次のバスターズ・キャンプなら、それくらいの宿屋はあるかもしれないけどさあ」
「えっ、マジ!?」
思わず身を乗り出すと、ブレックは呆れながらも答えた。
「コロニーに近いキャンプは、人の出入りも多いからね。キャンプといっても、なにもあんな風な人気のない廃墟ばっかりじゃないんだよ? あそこと比べたら次のは大都会みたいなモンさ」
「はぁあ~……って、そうなると俺、初めてアンタ以外のこの世界の人と会うんだな」
「なんか異世界人みたいなコト言うね。……まあでも、目覚めてそう時間も経ってないのなら仕方ないか……」
そう言いつつ、ブレックは少しスピードを緩めるとツカサを振り返った。
「……? どしたの?」
荒野の風が急に弱まって目を瞬かせると、相手はそんなツカサの事を改めてジッと見つめる。そうして、どうも深刻そうな顔をしながら、息を吐き口を開いた。
「ツカサ君、先に言っておくけど……人が多い場所では、僕から離れないようにした方がいいよ。何度か言ったと思うけど、この世界は最早日本でも何でもない。人も、食べ物も、なにもかもが異質だ」
「……人も、昔みたいに優しくない……んだよな……?」
耳にタコが出来るほど言われていた事を反芻すると、相手は大きく頷く。
「君みたいなノホホンとしてるアホそうな子が一人で歩いてたら、問答無用で路地裏に連れ込まれて骨まで利用されてしまう。犯すだなんだの範疇じゃないよ。文字通り、骨までしゃぶられたくなかったら……僕のそばを、離れないようにね」
「……ほ……ほねって……」
「まあツカサ君が誰かの“珍しい肉のスープ”になりたいなら別だけど」
シャレにならない事を、ブレックは真剣な顔で言う。
それが冗談ではない事ぐらい、相手の表情を見れば理解出来た。つまり、本当にそういう危険にさらされる場合があるのだ。そんな事を聞かされて勝手が出来るわけもない。むしろこっちの方がブレックに「離れないで下さい」とお願いしたいくらいだ。
さっと青ざめて首を横に振るツカサに、ブレックは軽く何度か首を動かした。
「そうそう。そうやって、ちゃんと危険だって事を理解しておいてね。……とはいえ、その格好じゃちょっとマズいかもな……」
「え゛!?」
「…………もう一日だけ、野宿しようか。キャンプ場の近くに良い岩場があるんだ。【探索者】だらけの場所にはモンスターも近寄らないから、今日はゆっくり寝られるかもよ。そこで、ツカサ君の服をどうにかしよう」
「う、うん……」
言われている事がイマイチよく分からなかったが、それもいずれ説明して貰えるだろう。
そう思い、ツカサはただブレックの言葉に頷いた。
――――二番目の【バスターズ・キャンプ】は、旧日光周辺だと言う。
旧日光、と言っても当然ながら地殻変動の影響で周囲は大きく変化しており、緑多く素晴らしい景観だっただろう道は既に消滅してしまっている。ブレックが言うには、以前車道で走った時よりもかなり距離が伸びているらしく、名物だった場所も把握できていないのだそうな。
日光と言えば日光東照宮だったが、この世界ではどうなっているのだろうか。
(テレビとか教科書で見かけるくらいだったけど……なんか、無くなっててほしくないなぁ……。文化財とかって、意味があるモノなんだよな? だったら、さすがにこの世界の人達も守ってたりしないんだろうか)
もしかすると、日本の心の一つである文化財ぐらいは人が残してくれているかも知れない。そんな淡い期待を抱いたが、ブレックに問いかけて「え? そんなのとっくに破壊されたけど」などと言われるのが怖くて、ツカサは何となくその事を聞けなかった。
ブレックが言うには「日光には中規模のコロニー……規模で言えば町程度のものがある」とのことだったので、その余裕がありそうな町が保護してくれている事を祈るのみだ。
別に歴史の授業が好きなワケでもなかったツカサだったが、今だけはそう思った。
「お、見えてきたよツカサ君。ちょっと迂回してあの山に行こう。バスターズ・キャンプは山のふもとに作られてるから、崖から見下ろせるよ」
前を見てごらん、と言われて、ブレックの肩越しに前方を見やる。
強い風に前髪を浚われておでこを叩かれたが、ツカサは目を細めて先を見やった。
すると――――平地の先に、ぽつんとなにか色がついたでっぱりが見える。
茶色ばかりの荒野では珍しい、青みや緑を含んだ色だ。
それだけで明らかに「人工物がある」と判ってしまい、ツカサは目を丸くした。
「なんか、見つけやすいな……」
「まあ、人が多いとこだからね。……そのぶん、面倒事も多いけど」
ブレックはそう言いながら、ハンドルを左に切る。
斜めに動き離れて行く人工物を見ながら、ツカサは言い知れぬ緊張感を覚えていた。
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