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17.勝ち組ヒロインはいわくつき。

夏休みも中盤。

稀羅は課題をこなすため、昴と共に

大学に来ていた。


そこに、聡寧と出会う。

料理に失敗したとみられる彼女をみて、

稀羅は何か手伝えないかと声をかける……

蛇口の水で、両手をしっかり洗い流す。

まな板や包丁をきれいに並べ、冷蔵庫に何があるかを一瞥する。

その辺に置いてあったエプロンを羽織りながら、彼女達へ視線を移した。


「よし、やるか」


「……意外だわ。あなたが、料理するなんて」


「親がいない時のためにって、最低限の知識だけ教えてもらったんだよ。で、どーすりゃいいんだ?」


「これよ」


口で説明すればいいものの、彼女は無造作に資料を差し出す。

仕方なく手に取った俺は、一通り目を通してみる。

そこに書いてあったのは、お弁当甲子園と記されている案内文だった。


どうやらそのコンテストに向け、作った弁当の写真と、弁当に込めた思いを三百字にまとめる必要があるらしい。

誰から誰へ、というテーマ設定や、見栄えなども意識しないといけないようだ。

生活デザイン総合学科、調理師・パティシエコース独自のもの、か……


「輝夜って生デザ学科だったんだな。知らなかったのもあるが……なんか、イメージしてたのと違うっつーか……」


「それ、どういう意味よ」


「とりあえず早くやろうぜ。使える時間とか限られてるんだし。で、肝心の弁当は考えてるのか?」


俺が聞いても、相変わらず彼女は無言で紙を渡してくる。

今度は彼女が書いたアイデアの紙で、テーマには「自分から友達へ」と書いてあった。


えーっと、具材は色とりどりのおむすびに肉巻き野菜……中身はアスパラガスとにんじんとピーマンか。

あとは花みたいに盛り付けられたハムに……ハートに見せかけた卵焼き……


「へぇ、すげーオシャレでいいじゃん。とりあえず簡単な卵焼きいくか。卵、わっててくんね?」


「え、ええ……」


そう言いながら、俺は家庭科室に備わっていた卵焼き機を出す。

油を適度な量で引き、彼女が終わるのを待っていると……


「ねえ、殻が入ったわ。抜いてもらえる?」


隣から声がする。

そんなことか、と卵の器を受け取ると、思いの外殻が入り込んでいて……


「いやほとんどの殻入ってるじゃねぇか、これ。どんな割り方して……てか手にめちゃくちゃついてんじゃん! 早く洗えよ!」


「……別に、これくらい普通だけど」


「さすがにこの量を抜くのは無理だって。俺がやるから、野菜を細切りにしててくれ」


そう言いながら、いつものように卵を割り、混ぜる前に砂糖や塩を加える。

卵焼き機に広がる卵を眺め見つつ、頃合いを見てくるくるまく。

よし、これで卵焼きはいい感じだな。あとはハートに見えるようにきって……


「なあ輝夜、こんな感じでどう……」


声をかけた先に広がる光景に、思わず言葉を失う。

彼女の包丁の持ち方はなんとも危なっかしい上に、細切りとは思えないほど太めにきってあるピーマンやにんじんが置いてある。

まさかとは思うがこれは……もしかして……


「……なあ輝夜。お前、ほんっっっとうに生活デザイン総合学科の調理師・パティシエコース……なんだよな?」


俺が聞いても、彼女は答えない。

杓璃大学の生活デザイン総合学科といえば、栄養士になるコースもあるにはあるが、調理師・パティシエコースは名前の通り調理師を目指す人が多い料理専門コースだ。

そんなところに通っていれば、嫌でも切り方の名前とか、調理法とか身につくはず。

俺なんかが名乗り出なくても、普通に済む話だ。

俺の問いに否定も肯定もしない彼女の様子を見る限り、そうとしか思えなくて……


「……ぷふっ、なんだよお前。生デザ通ってて料理下手とか、笑えね~」


「………何よ。悪い?」


「開き直ってるし……なんか、お前の違う一面知れてよかったわ。それならそうと早く言えばいいのに……ったく仕方ねえな」


そういいながら、輝夜に近づいて見せる。

包丁を握る彼女の手に、そっと俺の手を重ねた。


「ちょっ、何をしてるのあなた!」


振り払おうとされるのを、気にもしないようにその手を戻す。

中途半端に丸くされた手をしっかり猫の手の形にし、包丁を握る手を包むように掴む。


「いいか? 細切りってのはその名の通り細く切るんだよ。一本の線を引くみたいに。指切らないようにきっちり猫の手にしたら、ゆっくりきっていく」


とん、とんと包丁の音が響く。

緊張しているのか、彼女の動きが硬い。

それでも俺の声と支えを頼りに、ゆっくりときってゆく。

少し不恰好になりつつも、無事に細く切り終わり……


「俺がついててやるから、一つずつゆっくりやってこーぜ」


次にやろうとしていたおにぎりの具材を、彼女に手渡す。

静かに受け取る彼女はどこか、自信がなさそうな浮かない顔をしていた。


彼女の手さばきを見る限り、不器用というほかなかった。

この下手さで今までどうやってきたのだろう、なんて失礼なこと本人に聞けるわけもないが。

えーっと、次はおにぎりを握って……


「……そういえば、海と夏祭りはちゃんと彼女に会えたの?」


ふと思い出したように言う彼女に、ん? と視線を移す。

それでも彼女は俺に目を合わせようともせず、ゆっくりとご飯を装っていく。

そういえば、こいつにも話してなかったっけ。


作戦を立ててくれた本人だし、少しくらいは話しておくべき……だよな。

とはいえ、何をどう話せばいいのか自分でもよく分からなくて……


「まあ、会えたっちゃぁ会えたけど……ぶっちゃけ会長とよりも九十九や野神と距離が縮まったっつーか……わりぃ、よくわかんねぇや」


「………あなた、何のために行ったのかわかってるの?」


「正直俺は、会長のことを知ったところで、くっつきたいってわけじゃないっていうか……」


「……最初に聞いた時も、あなたはそう言ってた。最終目標を小早川三星と恋人になる、と設定した時も。彼女と会話して、彼女に認識されて、少し関係性が変わった今でも、同じことを言えるの?」


改めて聞かれて、なんとなく考えてしまう。

会長と恋人になる。

その目標を立てたのは彼女であり、こうして色々作戦を立ててくれるのも彼女だ。

それに乗り気じゃない、なんていったら嘘になるが……


会長に名前を覚えてもらって、会長と普通に話せるようになってうれしかったのはまぎれもない事実。

もしかすると、うまく行くかもしれない、なんて思ったりもすることもあるが……


「なんつーか、さ。会長は近いようで、遠い存在なんだよ。近くなっても、知れば知るほど遠くなるっつーか……俺が彼女の隣に立てる日なんて、くるのかなぁ……なんて、情けねーよな!」


あの時、抱きついた感触の違和感は何だったのだろう。

声も全然違う、まるで別の人のよう。

胸の感触だって、九十九とは違う。


何かがおかしいと思っているのに、それを聞こうとする勇気や本当のことを知るのが怖い。

本当に俺は、このまま彼女と恋愛関係になっていいのだろうか。

こうして普通に接していられるだけで、俺にとっては幸せでしかない。

だんだんと距離が近づいてきているはずなのに、彼女を遠くに感じてしまうのはどうしてなのだろう……


「あなたが私の嘘の告白を断った時、すごくまっすぐな目をしていた。だから協力しようと色々作戦を立てたわ。せめてもの罪滅ぼしに、って……でも、今の私はあなたが言う彼女への好きが、本当に好きだとは思えない」


その言葉に、手を止める。

顔を上げるとすぐに、彼女の顔があった。


瑠璃色の瞳が、まっすぐにこちらを向いている。

まるで、何かを訴えているかのような……


「だから、あえて聞くわ。上杉君。あなたの好きは、本当に恋愛としての好きなの?」


「……俺、は……」


「その好きが恋愛としての意味でないとするのなら、私はー……」


彼女が何かを言いかけた、その時だった。

何者かが、ドアを開ける音がする。

ぱっと後ろを振り向くと、そこにいたのはなんとも見覚えがある顔でー


「はぁ……やっぱりあんただったのね。生活デザイン総合学科三年、輝夜聡寧さん?」


赤髪のツインテ―ルが、ゆらりと揺れる。

両腕を組みながら睨みつけているその瞳は、男の俺でも身震いしてしまい……


「使用許可書、また出さずに使っていたでしょ? 全くあんたって人は、問題児として自覚、あるのかしら」


「…………湯浅、ありす……」


「相変わらず年上にタメ語とは、いい度胸ね」


そういうと、彼女は持っていた紙をぺらぺら見せる。

使用報告書とは、講義外で教室等を使う時に必ず出さなければいけないものである。

俺も昴が事前に出してくれたおかげで、今日課題することができたのだが。

意外だ。まさか、彼女が出していなかったとは……


「別に、問題児になった覚えはないわ。忙しくて忘れてただけ」


「ちょっ。お前、相手上級生だぞ!? 敬語敬語!」


「私に敬語使ってないあなたが言うことかしら」


「そうかもしんねぇけど、仮にも相手は風紀委員長なんだし……」


「あれだけ器物損壊報告書を出しといて、よくそんなことが言えるわね? 周囲には上手く隠しているようだけど、あたしの目は誤魔化せないんだから!」


器物損壊報告書……確か、学校にあるものを壊したときに出す奴だっけ。

そういえばかなぁり皿が割れてたな……もしかして毎回何かしら壊してるのか? こいつ。

使用許可書の未提出に大量の報告書……見かけによらず、かなり問題児じゃね? 


「先生に報告されたくなかったら、今すぐ生徒会室にきなさい! あたしの目の前で記入してもらうわ」


「……なんで私がそんなこと」


「も、もちろんです! 片付けは俺がやっときますので!」


「ちょっと、何を勝手に……」


「輝夜さん。あたしがあのことに協力してるってこと……忘れてるわけじゃあないわよ……ね?」


にやっと笑った目が、あまりにも怖くて不気味に見える。

若干その目が、俺に向いた気がしたのは気のせいだろうか。


湯浅先輩はふんっと踵を返すように、教室を出る。

逃げられないと悟ったのかはあっとため息をつきながら輝夜も後をついて行く。

彼女の背中が遠くなるにつれ、ふとあの言葉が蘇る。


『上杉君。あなたの好きは、本当に恋愛としての好きなの? その好きが恋愛としての意味でないとするのなら、私はー……』


彼女は、最後に何を言おうとしていたのか。

俺に何を、伝えたかったのだろうかー……

家庭科室を片付けながらも、俺の頭はぐるぐると色々なことが渦巻いていたー


(つづく・・・)

と、いうわけでみんなの学科がついに判明しました!

こう見えて聡寧は、性格だけでなく手先も不器用なんです。

〇〇そうにみえて実は……という子達の集まりなので、

大学名の杓璃は「表裏」とかけていたりします。


他の二人とは違い、めちゃくちゃ稀羅のペースに

巻き込まれてるなーという印象ですが……

最後の最後に核心をつくのも彼女らしいですね。

聖ヒロインならでは、ってことなのでしょうか。


ところでみなさん、

この作品にヒロインは何人いると思いますか……?

来年からは色々なものが動き出すかもしれませんよ?


次回は年始、1月10日頃更新予定です。

みなさん、良いお年をお迎えください!

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