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第7話 遅すぎてゴメンナサイ

 明日土曜日に、勤務先の社員総出で春の山登りイベントが行われる。

 例年通り、今年も新入社員が幹事をしていたが、前日の今日になって風邪で来れなくなったため、まだ若い女性社員の私が急遽きゅうきょ引き受ける羽目になった。


 社内イベントだけには張り切るバカ上司の命令で、私はひとり、慌ただしく山の下見へと出かけた。


「うわぁ! きれい!」

 目標とする山の中腹に着くと、私は展望の良い場所に立った。

 山下の景色は花や緑の色にあふれて予想外に美しく、嫌々来た気分を払拭ふっしょくさせてくれた。

 ついでに、スマホで写真も何枚か撮った。

 あいにくネット回線がつながらず、すぐSNSにはアップできなかった。


 平日のせいか、周囲に人はまったく見当たらない。

 私は人混みが嫌いなので、むしろありがたいと思った。


 ふと近くに目をやると、『やまびこポイント』と書かれてある看板を見つけた。

 年季の入った板の表面が、雨風でひどく汚れている。

 「声がかえってくるよ!」「一緒に遊ぼう!」と所々に書いてある文字は判読できた。


「日頃の鬱憤うっぷんでも晴らすか」

 私は思いっきり息を吸い込んで、口を開いた。


「バカ社長おー! 残業代だせー!」

 と、普段よりもかなり大きな声で叫んだ。


 ……。


 やまびこどころか、音は何も返って来ない。


「じゃあ、もういっぺんやるか」


 私は、お腹に力を入れてもう一度口を開いた。


芋坂いもさか係長おー! 太りすぎー!」


 ……。


 やっぱり、何も返ってこない。


 なあんだ、と思ったが、

 叫んでみると存外と楽しいことに気付いた。


 そこで私は、会社の悪口を色々叫んでみることにした。

 社員はみんな、遠く離れた会社にいるし、

 知らない観光客のことなど、店の人は誰も気にも留めないだろう。


海家うみいえ課長おー! 有給使いすぎー!」


 ……。


腰掛こしかけせんぱーい! メイク濃すぎー!」


 ……。


猫山ねこやま部長おー! 息くさいわー!」


 ……。


 やっていくうちに気分が段々と乗ってきた。

 大声で叫べば叫ぶほど、スカッとする。

 カラオケで歌うよりも爽快だった。


「お~い! あんた何やってんだ?」


 私が言いたいことを一通り言い終わった頃、いきなり後ろから声をかけられた。

 振りむくと、土産屋の店員らしき中年男性が、怪訝けげんそうな顔で私を見ていた。


「やまびこポイントってあったから、叫んでただけですけど」

「ああ、今日はね。ムリムリ。やまびこは休みだ」

「?」


 男性は、持ってきた雑巾で立て看板をごしごしと拭った。


『やまびこから声がかえってくるよ!

 一緒に遊ぼう!



 ※毎週木曜・金曜はお休みです』


 私は何のことだか、すぐには理解しかねた。


「やまびこって、音が向かいの山に反射して聞こえる現象ですよね?」

「実はうちの山の向かいには、本物のやまびこがいてな。

 すんげえキチンとした真面目な奴なのよ。

 こっちから飛んできた声に出会うと必ず、

 ひとつ残らず返してくれるんだけどよ」


 男性は手を額にかざして、山の向かい側に目を凝らした。

「毎日だと体が持たねえから、人のいない木金は週休とってんだ。

 その間に届いた声のことは、休み明けに返すんだけどよ。

 遅すぎて申し訳ねえって思うらしくてな。


 土曜日に、何倍も大きい声にして、

 一日に何回も返してくるんだよ」


「まったく、遅すぎるからって、そこまで気を遣うことねえのになあ!」


 中年男性は、豪快に笑って去っていった。

 そのあとネットがつながる場所で、私はその現象を確認した。



 明日の山登りイベントを思うと、私は絶望で声も出なかった。


 (了)

◎明日は金曜日です。

山登りに行かれる方は、やまびこがかえってくるかどうか、最初にお確かめになることをお勧めします。

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