第33話 レイには及びません
大変ご無沙汰しております。よろしくお願い申し上げます。
「なあ、在宅ワーカーの藤波さんってどんな人? 俺、会ったことなくてさ」
会社で残業中の私は、同じオフィスにいた先輩から聞かれて首を横に振った。
他のスタッフは既に全員退出して、がらんとした部屋が寒々しい。
「私もないです。グルチャ(グループチャット)のやりとりぐらいしか」
「実は俺もなんだよ。あの人のレス、ヤバくない?」
先輩の台詞に思わず笑った。藤波さんはAI並みの即レスで社内でも有名だった。
うちの会社には新卒で入り、会社都合で一度退職したものの、人手不足の関係で再雇用された女性と聞く。
「タイピング世代だからじゃないですか? もう40過ぎてるって話でしょ」
「かな。誰か言ってたけど、即レスの神様らしい。若い頃は会社で寝泊まりしてて、深夜でも休日でも、メール時代から返事が秒で来てたって」
「それ社畜じゃないですか。うち、そんなブラックでしたっけ」
「いや、ものすごい責任感の強い人なんだって。でも退職してから直接会った人、いないみたいで」
そこで先輩はタバコ休憩に立った。私は業務の続きに戻り、ノートパソコンでグルチャを開いた。
「藤波さんも今開いてるんだ」
チャットのステータスはアクティブの状態だったので、進捗状況の報告もかねてDMを送ってみた。
《藤波さん、お疲れ様です。
例の募集ページの件、先方からテストデータの時点で一度チェックしたいとのことです》
すると、1分も経たないうちに返事が来た。
【承知しました。納期前倒しで進めます。変更あればまたご連絡お願いします】
《ありがとうございます。助かります》
【礼には及びません。お疲れ様です】
こちらの送信時刻と同じ数字が履歴に並ぶ。ずっと画面に張りついていたように、隙が無い。
大したものだと思う反面、妙に引っかかる点もあった。
首をかしげていると先輩が帰ってきて、スマホを片手にテンション高く口を開いた。
「藤波さん、すげえな。今度は10秒で即レスしてきた。さすが神だわ」
「私もさっきやりとりしてたんですけど」
「え、いつ?」
先輩のDMの履歴を見せてもらうと、私の履歴とぴったり同時刻だった。
「なにコレ。こんなの出来るの?」
「いや、物理的に不可能でしょ。即レスもここまでくると、ちょっと異常ですよ」
「ハハハ、この人、何者なんだろな」
先輩の半笑いの声が震えている。二人きりのオフィスで私も軽く身震いした。
「私、もう帰ります。残りは明日の朝にやるんで」
「じゃあ俺も帰ろ。この空気で一人とか怖いし」
だがタイミング悪く、先方からテストデータの件で追加依頼が来ていた。
藤波さんが前倒しでと言ってくれていたので、しぶしぶトークルームからメッセージを送る。
《夜分にすみません。追加の連絡事項が届いたので宜しくお願いします》
今度は文字通り、秒で返ってきた。
【承知しました。今日も在宅なので、早速反映させます】
《明日以降で大丈夫ですよ。私はもう退室します。
いつも早々にレスくださり、ありがとうございます。お疲れ様です》
【お疲れ様です。礼には及びません。
では、電気は私が消しておきますね】
私がそのメッセージを見た途端、パチッと音がしてオフィスの照明が一気に消えた。
(了)
最後までお読みくださり、本当にありがとうございます。
今年のネット小説大賞コンテストに向けて、少しずつですが更新させていただきます。引き続きお付き合いいただけると、とっても嬉しいです(^^)