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第25話 いわくツキの宝くじ(後編)

※この話は、第24話の後編です。

「お待ちしておりました。当選金の支払期限に間に合ってなによりです」

 ふと気が付くと俺は、なにもない真っ白な部屋の中にいた。


「お前は……宝くじの鬼?」

 目の前には約10年ぶりの再会となる、あの警備員姿の男が立っていた。

鬼野おにのです。金棒かねぼうとお呼びいただいても構いませんが」

「なあ、俺は死んだのか? 太智は、妻はどうなったんだ!?」

 鬼野の制服の襟をつかんで揺すると、静かに手首をつかまれた。

「イデデ!! ごめんなさい! 止めてぇ!!」

 合気道の小手返しで簡単に手首をねじられた俺は、情けない声で懇願した。

「私、仮にも何億円という大金を運搬する警備職員ですので。乱暴な振る舞いは控えた方がよろしいかと」

 鬼野から解放された俺は、力なく床に座り込んだ。


「やっぱり、俺は死んだんだな……家族もか?」

「さようでございます。トラックとの衝突後に病院に運ばれましたが、先ほど3名様とも心停止なさいました。今はまだ病室にいらっしゃいますが、死亡診断書の作成やエンジェルケアが済み次第、霊安室へと移送される予定です」

 鬼野の言葉に、目の前が真っ黒になった。えぐられるような痛みが胸の奥を走る。家族全員が死んだ事実は重すぎて、立ち上がる気力さえ出なかった。


「そうか……俺はいいんだ。妻や太智たいちと一緒に暮らせて本当に幸せな人生だったから……でも、あの二人にはまだ死んでほしくなかった……」

 またたく間に嗚咽が込み上げて、俺は頭を地面にこすりつけて泣いた。

「太智なんて、まだ8歳じゃないか……これから大きくなって、たくさん、楽しい思い出を作っていくはずだったのに……」

 ウウウと喉の奥から絞り出すような声が出て、自分の両目から涙が無限にあふれ出てきた。何度もこぶしを地面に叩きつけて、俺は犬の遠吠えみたいに大泣きした。


 鬼野はそんな俺をしばらく黙って眺めていたが、やがて待ちきれなくなったらしく、ゴッホンと大げさに咳をした。

「大変申し上げにくいのですが、そろそろ、賞金の受け渡しに移らせていただいてよろしいでしょうか。明日の宝くじの抽選発表後には、当選者様へのご連絡で多忙になりますので」

「そうだよな。俺たち家族の死なんて、あんたにはなんの関係もないもんな」

 俺がぶっきらぼうに言うと、鬼野は首を横に振った。

「その件についてですが、初めてお目にかかったとき、私、『地獄の沙汰も金次第』と申し上げたはずです」

「……それって、つまり」

 俺は思わず目を輝かせて、鬼野を見つめた。

「現世と同じく、あの世でもお金を積めば変えられるものがある、ということです。支払う金額次第では、死者を再び現世によみがえらせることも可能です」

 自信たっぷりに言い放った鬼野に、俺は勢いよく飛びついた。

「いくらだ!? いくらあったら、俺たちは生き返れるんだ!?」

「支払い額は年齢によって異なります。あなた様は1億8千万円、奥様は2億1千万円、太智様は4億8千万円になります。年齢が若ければ若いほど余命が長くなる分、高額になる仕組みです」

「じゃあ、3人とも助かるには……8億7千万円も必要ってことか」


 目の前に差し込んできたはずの光は、一瞬にして消え去った。一等の7億円をもってしても、3人分の命の代償には満たないということか。

「あなた様だけのために7億円を使えば、極楽浄土で心休まるひとときを永遠に過ごすことも、来世で国王にも優る素晴らしい地位を得ることも可能ですが」

 鬼野の言葉に心の芯がわずかに揺れたが、自分の顔を殴りつけてすぐに迷いを追い払った。妻と太智の笑顔を思い出すと、心臓がギュウッと締め付けられた。


 ――家族の死を放っておのれの幸せを優先させるなんて、死んでも死にきれないだろ。


 俺は顔を上げて、真っ直ぐに鬼野を見た。


「……太智を、俺の大事な息子と妻を、よみがえらせてください。7億あれば足りるんでしょ?」

「お二人で合計6億9千万円ですから、お手元に残るのは1千万円になりますが、本当によろしいですか?」

「2人がまた現世に戻れるのなら、後悔はまったくありません。この通り、お願いします」

 居住まいを正して、深く土下座した。

「かしこまりました。賞金から支払金額を差し引かせていただき、ただちにお二人の蘇生を叶えましょう」

「ありがとうございます……俺にとって、最高の使い道になりました」

 妻は俺と同じ会社で今でも働いているし、しっかりした性格だから、きっと俺がいなくなっても立派に太智を育てていけるだろう。それに、俺の生命保険が降りれば、困窮した生活にはならないはずだ。


「では、残り1千万円のお引き渡しについてですが……」

「それだけど、明日は宝くじの当選日だって?」

「ええ、そうですが……」

 首をかしげた鬼野に、俺は続けて聞いた。

「冥途の宝くじの販売はいつまで?」

「こちらでは現世のような縛りはありませんので、当日の結果発表の直前まで発売しております」

 鬼野の言葉を受けて、俺は少しの間、逡巡しゅんじゅんした。死んだあともお金のことで迷うなんてと、頭の隅でもう一人の自分が笑った。


「じゃあ、残りの1千万円を全部使って、そちらの宝くじを購入します」

 俺の台詞に、鬼野は呆気にとられた顔でまばたきを繰り返した。

「ええと、1千万円あれば、来世の待遇もそれなりに良くなりますよ。全額つぎ込んでも当選しない可能性の方が圧倒的に高いので、オススメはしませんが」

「構いません。当たらなくても、絶対に後悔はしません」

 困惑気味に語る鬼野に、俺はさっき以上に語気を強めた。


 やがて運ばれてきた1千万円分の大量の宝くじを見て、俺の口からフッと小さな笑いがもれた。

 いわくツキの宝くじの「189」が、くねくねと踊って俺をあざ笑っているようにも見える。


 あの世の金を使って生き返れるのか、まさにリアル「デッド オア アライブ」だ。

 全部ハズレて運のツキとなるか。ツキまくって2回目の高額当選となるか。


 ――パパぁ、プレゼントありがとう!


 太智の甘えた声や、抱っこしたときの子どもらしい高い体温が、俺の全身を駆け巡って、会いたくて会いたくてたまらなくなった。太智と手をつなぐ妻の柔和な微笑みが、俺のまぶたの裏でじわりとぼやけて浮かんだ。


「太智、ママ……パパは、最後まで諦めないからな」


 愛する家族との再会を、俺はぎりぎりまで夢にいだき続ける。

 明日見るのが吉夢になるか、悪夢になるか。すべては神のみぞ知るところだ。


 (了)

◎前編からお読みくださり、誠にありがとうございました。

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