第24話 いわくツキの宝くじ(前編)
※この話には前編と後編があります。各7分ほどです。
「そういや、宝くじの抽選発表って今日だったな」
大晦日の夕方、俺はスマホで当選番号を検索すると、買っておいた宝くじを一枚ずつ確認していった。
ブラック企業にさんざん労働力を搾取された挙句、30を過ぎて首を切られた俺は、再就職先も見つからないまま、暗い年越しを迎えようとしていた。
せめて当選日まで夢が見れたらと、残り少ない貯金で『年末ビッグ宝くじ』を数十枚購入しておいたのだ。
「こいつは……ハズレ。こいつも……ハズレ。まあ、当選する確率は交通事故に遭うより低いって言うしな」
パッパッとめくって見て、宝くじがラスト一枚になったとき、俺の目が釘付けになった。
「こいつもハ……ハ、ハア? あ……当たってる!? マジか!! 当たった!! 当たったぞ!! よっしゃあー!!!」
俺は飛び上がって喜んだ。なにしろ最後の1枚が、よりにもよって一等の7億円に当選したのだ。
「ヒャッハハハハァ!! もうこれで一生働かなくてもいいんだ!! 神様ありがとう!! 生きてて良かった~!!」
リビングのソファで両手両足をバタつかせて笑っていると、俺の目の前にいきなりニュッと黒い影が現れた。
「ご当選おめでとうございます! そこまでお喜びいただけるとは、こちらとしても嬉しい限りです」
「ヒエエエ!!」
喜びから一転、驚いた俺はソファから崩れ落ちた。
警備員のかっこうをした男が、とつぜんソファの後ろから出てきたのだ。
「アンタ誰だ!? 警察呼ぶぞ!!」
「驚かせて申し訳ございません。私、こういう者です」
男は俺に身分証明書を提示した。そこには、『冥途の宝くじ協会 賞金受け渡し担当 鬼野 金棒』と書かれてあった。
「はあ? 冥途? やっぱ警察呼ぶわ」
俺はスマホの画面をタップしようとして、妙なことに気づいた。指が画面に触れてもまったく反応せず、何度繰り返しても同じことだった。
「んん、故障か?」
いぶかしがる俺に、男は冷静な口調で語り始めた。
「違います。あなた様が賞金を受け取れるように、魂を幽体離脱させました」
「ゆ、幽体離脱!? なにこれ夢?」
ソファの下に倒れている俺の体を見つけて、自分の目が信じられなくなった。
世の中にうんざりした自分が現実逃避で見ている幻なのか。
「まあまあ落ち着いてください」
男は俺をとりなすと、小さく咳ばらいをした。
「ことわざに『地獄の沙汰も金次第』とありますが、あの世でも金銭が物を言うのは現世と変わりありません。そこで、冥府はより多くの死者にチャンスを与えるために、『冥途の宝くじ』の行事を始めました。公平を期すために、人間界での当選番号をそのまま適用し、あなた様はその幸運な一等7億円の宝くじに当選されたというワケです」
「えーでも、俺の買ったやつは普通の宝くじだったぜ」
テーブルの上に置かれた宝くじを指さして俺が言うと、男がすかさず答えた。
「よくご覧ください。組の番号が『189』となっているでしょう? これは『曰く』付きの『189』を意味し、『冥途の宝くじ』専用の組番号なんです」
「なんだその変な語呂合わせは」
よく見ると、「189」の数字のフォントは、人魂のように不気味に揺れている字体だった。しかも、宝くじの隅の方に「MEIDO OF JAPAN」と書かれている。
「この世の宝くじを基にデザインされたせいで非常に酷似しており、こうしてごく稀に俗世に紛れ込むことがあります。それをあなた様がお買い上げになったのです。実にツイていらっしゃる」
「ツイてるのか、ツイてないのか。妙なところでくじ運を使っちまったみたいだな」
「信じていただけたようで何よりです」と、男はにこやかに言った。
「で、当選金の受け取りと幽体離脱と、なんの関係があるんだ?」
「問題はそこなんです。あくまでもあの世で使うためのお金ですから、原則として生きている間はお受け取りにはなれません」
「ってことは」
「あなた様には幽体離脱したまま冥途に行っていただき、そこで死者として認定後に授与となります。印鑑等は必要ありません。魂がなによりの本人確認になりますから」
そう言うと、男は俺の手をつかんで浮かび上がった。軽くなった体も一緒に宙に浮いて、俺は激しく抵抗した。
「いや俺まだ死にたくないし!! 確かに無職だけどさ、まだ生きるの諦めたわけじゃないから!!」
つかまれた腕を強く振り切って言うと、男は渋い顔をした。
「それではお受け取りになれませんけど、よろしいですか?」
「なんか惜しい気はするけど、命には代えられないし。誰か他のヤツに譲るよ」
「いえ、そのままお持ちになっていてください。賞金の支払期限は現世より十倍長くて当選日から10年になります。それまでに運良く命を落とされたら、またご案内しますので」
「運は良くないだろ。まあいいや、とりあえずそれでいいよ」
「承知いたしました。では失礼します」
男は俺に敬礼すると、煙のように消えてしまった。
「あ、体が元に戻ってる! 良かった~」
俺は物に触れられる状態になったことを確認して、安堵のため息をついた。
「いくら金持ちになれるとはいっても、死んだら元も子もないもんな」
年が明けたら、生まれ変わったつもりでハローワークに通って仕事を探そうと、俺の中で生きる意欲がメラメラと湧いてきた。
** ** **
冥途の宝くじの当選日から、10年近くが経った。
あれから運良く次の仕事が見つかった俺は、今度は会社に搾取されないように働き方を上手くマネージメントしつつ、事務や営業のスキルを磨いて仕事に全力を注いだ。そうした努力が幸い実を結び、時が経つにつれて俺は周囲にも一目置かれる人材として認められるようになった。
そして職場で知り合った女性と結婚し、すぐに子宝にも恵まれた。一人息子の太智は8歳になったばかりだ。この子を救うためなら、自分の命なんて飴でもあげるみたいに差し出せられる、そのくらい可愛くて仕方のない存在だ。
家族と一緒に過ごす時間は、もらいそびれた宝くじの賞金とは比べ物にならないほど大切でかけがえのない、俺の愛しい宝物だった。
大晦日の前日、俺は妻と太智を連れて妻の実家へと車で帰省することにした。
天気は快晴で風も少なく、車に差し込む日差しが車内の雰囲気まで温かくしてくれた。
「パパぁ、キウイマンが飛んでるよー」
戦隊ヒーローのフィギュアをつかんだ太智が、後部座席で振り回しながら言った。この前の誕生日に俺が贈ったプレゼントで、息子の一番のお気に入りだ。
「ホントだ、すごいなぁ。パパの車より早いなあ」
俺がバックミラー越しに笑って言うと、助手席の妻が後ろを振り向いた。
「ねえ太智! バアバの家に着いたら、畑で採れたお野菜たくさん食べようね! キウイマンみたいに強くなれるよ!」
妻の言葉に太智が聞こえないフリをしたので、夫婦で大笑いした。
――幸せだなあ。家族って、いいよなあ。
胸の内がほのぼのとした気持ちで満たされていくと、なぜだか瞳が潤んできた。俺は妻にバレるのが気恥ずかしくて、太陽がまぶしいふりをして目を細めた。
「危ない!! 避けてエェ!!」
突然、妻の甲高い声が響いて目を見開くと、2トントラックが対向車線を大きく越えて俺たちの車に近づいていた。
「なにやってんだよ!!」
俺は激しくクラクションを鳴らしたが、運転手はハンドルに覆いかぶさったまま、身動き一つしていなかった。
「クッソオオ!!」
左側は壁になっていたので、思いっきり右にハンドルを切った。トラックが車のボンネットに迫ってくる様子が、やけにスローモーションで見えた。
――ああ、間に合わな……。
激しい衝突音とともにハンドルの中央からエアバッグが膨らみ、体が強く叩きつけられるところで、俺の意識はぷっつりと途切れた。
(続く)
◎前編をお読みくださり、誠にありがとうございます。
明日、後編を更新いたします。よろしければお付き合いいただけると幸いです。