表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/33

第18話 スルーっとパスして

◎作者の知り合いが体験した話です。ホラーではありません。

 昔、私が大学生の頃、帰りが遅くなって電車の終電に乗った。

 走り出した車両に、人はまばらだった。


 私が腰かけている長椅子の向かい側には、20代半ばと思しきスーツ姿の男が足を広げて座っていた。手すりにもたれかかり、よほど疲れている様子だった。


 彼は舟をこぎながらも、降りる駅を逃すまいと時々目をひんむいて顔を上げていた。


 男のいる場所から2メートルほど離れた先に、パンパンに膨らんだ縞模様のセカンドバッグが置かれていた。他に人は見当たらないので、彼の物と思われる。

 向かいにいる私からは、約1メートル離れた位置にあった。


 不用心だとは思ったが、人も少なかったので静観することにした。


 しばらくすると、電車は次の駅の構内に停車した。

 男は眠気に負けて手すりに腕を絡ませたまま、一向に顔を上げる気配はない。


 ドアは開いたが遅い時間帯なので、乗り降りする人は誰もいなかった。


「〇〇線、まもなく発車いたします」


 このアナウンスに、男がハッと顔を上げて辺りを見回した。自分の降りる駅だと瞬時に認識したらしい。爆弾から逃げるように慌てて腰を上げて、まだ開いているドアへと一目散に走っていった。


「忘れ物です!」


 私が気付いて声をかけると、男はドア付近で振り返って自分のいた椅子を見た。

 離れた所にポツンと置かれた、縞模様のセカンドバッグ。

 だが、ここで引き返せばもう間に合わない。


 私はとっさに立ち上がって男のバッグをつかんだ。


 開いたドアと彼との間を狙って、私はバッグを全力で投げた。


「閉まるドアにご注意ください」


 アナウンスの声を背景に、バッグが風を突っ切って飛んでいく。

 ディフェンスのような両扉の間をかいくぐり、バッグはホームに躍り出た。


 男はゴールキーパーのように、開いたドアから飛び跳ねて手を伸ばした。

 かなり態勢を崩したが、バッグは男の手に見事に収まり、同時にピーッと車掌の笛が鳴った。


 試合終了の合図みたいだった。


 すぐにドアがプシューッと音を立てて閉まり、私はホッとして胸をなでおろした。


 サッカーで相手の選手と選手の間を通すパスを「スルーパス」と呼ぶが、まさに奇跡のファインプレーだと、ガッツポーズでも決めたい気分になった。


 やがて走り出した車両の向こうで、男が大きく叫んだ。



「駅、間違えたあっ!!」

 


 彼にバッグを直接パスすれば良かったのにと、機転の利かなかった当時の自分が恥ずかしい。

 あのあと、彼は無事に帰れたのだろうか。


 何も考えずスルーッとパスした結果、オウンゴールにつながってしまったことに、今も罪悪感を覚えるのだ。


 (了)

◎年末年始で慌ただしい雰囲気とは思いますが、降り間違いにはどうかご注意を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ