牛頭の巨人
本日は7時、12時、13時、19時の四回更新です。
大部屋に到達した。
禍々しい魔力に、吐き気がするが、すぐに気を取り直した。
天井は高く、奥は闇に覆われている。
これまで通った部屋の何倍も広い空間だった。
少なくとも、二百名が布陣し、闘うには充分だ。
「前列、隊形を組み前進。奥を照らせ。後続は大弩を設置。」
すぐさま指示を飛ばし、ガーランドは前列のすぐ後ろについた。
大弩だけでは決め手に欠ける。バルバトスの推測では、鋼の如き筋肉を貫く威力が必要になる。
魔法が宿った矢や弓ならばともかく、ただの弩では目などを撃ち抜かない限り、足止めにしかならない。
「副長、ミノタウロスを発見。更に接近します。」
徐々に闇が剥がされ、ミノタウロスの輪郭が見えてくる。
その背丈、およそ5m。人の三倍ちかい。
背後で後続が槍を構える気配がする。
しっかりと揃った足並みの音が、ガーランドを落ち着かせた。
「そんな…副長!武装しています。大槌に鎧。ミノタウロスが武装しています。」
最前列の十人隊長が叫ぶ。
ガーランドの目にも、その姿が映る。
鈍い赤銅色の大槌。石突を地に突き立て、大鎧を纏って悠然と待ち構える巨体。
圧倒的な強者としてのその姿に、ガーランドはただ闘気を纏い応える。
牛頭の巨人、ミノタウロス。
難敵である。しかし、討伐例がない魔物ではない。
打ち倒す事は、不可能ではないはずだ。
「王国の興亡、この一戦に在り!騎士の宣誓を果たす時は今ぞ。」
腹の底から、声を張り上げ、角笛を吹き鳴らした。
ミノタウロスが、ゆっくりと闘気を纏い、構える。
歴戦の武芸者を思わせる静かな所作に、ガーランドは魔法の角笛を吹き鳴らしているにも関わらず、戦慄した。
いや、これが武者振るいと言うやつだろう。
一斉に銛が放たれる。
同時に、背負っていた大剣を手にし、ガーランドは駆け出した。
放たれた銛を、ミノタウロスが石突を小さく振って弾いている。魔物であるにも関わらず、信じ難い程の技量だ。
そのまま巨体が一歩、踏み出した。
その蹄に、一人が踏み潰される。
ミノタウロスが、大槌を振りかぶる。
ガーランドの間合いからは、まだ遠い。
あと、三歩。
次の瞬間、異様な唸りが耳を打ち、血飛沫が視界を埋め尽くした。
思わず、一歩退いた。
振り返る。
前列の盾が、跡形も無く消し飛んでいた。
盾を構えた騎士達は、吹き飛びすらしなかった。
巨人が放つ大槌の質量の前では、人の身が構える盾など紙切れよりも脆い。
ガーランドは瞬時に決断した。
「総員、守りを捨てろ。剣の一振り、槍の一突き入れて死ね!」
もう、背後は顧みない。
大槌を振りかぶる巨人に向かって、ガーランドは再び駆け出した。
異様な唸り。
前に向かって跳躍する。
巨岩が落ちてきたかのように、背後で土塊が舞い上がった。
足首の腱を狙って、大剣を振るう。
まるで鋼鉄の棒に刃を当てたような、強烈な反動が返ってきた。
そのまま、巨人の股を潜り抜け、背後に回る。
手に痺れが残っていた。
「奴の肉は鋼鉄か。」
こちらを向きもせず、巨人が再び大槌を振るう。背後に回った自分など、歯牙にも掛けていない。
一撃で十数人が、バラバラになった。
かつて戦友だった残骸が、あちこちに散らばっていた。
「こっちを向け!くそったれ!」
「ンモ゛オオオオオォォォォォ!!??」
腿の裏に思いきり、大剣を突き入れた。
ガーランドの身の丈ほどもある大剣が、半ばまで突き刺さった。
脚の力も使って、即座に引き抜く。
血が吹き出す。
肩から、地に落ちた。
腿でさえ、ガーランドの頭よりも高い。
「効いてる!副長がやったぞ!」
「露出してる所を狙え!」
「脚だ!この巨体だ。一本でもやれば、立っていられん筈だ!」
「散らばれ!密集するな。大槌に巻き込まれるなよ!」
十人隊長達が盛んに叫ぶ。
こちらを向いたミノタウロスに、背後から騎士達が襲いかかる。
槍を、剣を、突き入れる。
ガーランドも、立ち上がって跳躍し、大鎧を掴んでミノタウロスの身体を攀じ登った。
ミノタウロスに気づかれてはいる。
しかし、群がる騎士達にも手を焼かされていた。
いかに一振りで十数人を吹き飛ばす力があろうと、吹き飛される為に居並ぶ馬鹿はいない。
一人、一人と蟻のように踏み潰され、騎士達が血飛沫に変わる。
戦友が肉の残骸に変わる横で、槍を突き入れる騎士がいる。
「くたばれ。化け物め。」
肩にまで攀じ登り、ガーランドは呟いた。
既に、大剣を首筋に突き立てている。
巨人の手が、迫る。
在らん限りの力を込めて、突き刺した。
「ンモ゛オオオオオォォォォォ!!!」
巨人の悲鳴。
投げ飛ばされた。
「副長!!」
壁に激突する。
全身に、バラバラになったような痛みが走る。
一瞬、視界が明滅した。
ここで、気を失う訳にはいかない。
「嘘だろ。倒れんぞ。」
「副長は無事か!?」
「足を止めるな。続け!」
首に突き立った大剣を引き抜く姿が見えた。
首筋からは、規則正しく血が吹き出している。
効いていない筈が、ない。
立ち向かう騎士達。
「剣を、貸せ。」
二名の、駆け寄ってきた騎士。
全身が血に塗れている。
「駄目だ。全身の骨が折れている。地上に運べ。」
一人は、十人隊長だ。弩隊の指揮を任せた男だった。
「俺はまだ闘える。」
「無茶です。まともに歩くことも出来ますまい。」
「副長たる俺に、部下を残しておめおめと戻れと言うのか。」
言葉と共に、血を吐いた。
肺腑に、折れた骨が刺さっているのかも知れない。
構うものか。
あの魔物さえ仕留められるなら、此処で死ぬのは本望だ。
「伝令!隊長よりの伝令です。ガーランド副隊長は何処か!」
通路から、三名ほど騎士が駆け込んできた。
隊長に付いて行った騎士だろう。
「副長は此処だ!何事か!」
「即座に退却せよ。とのご命令です。化け物がもう一体。隊長一人で受け持っておられます。あれはまるで」
呻きが漏れた。
伝令の顔は、恐怖に染まっている。
精鋭中の精鋭たる騎士に、その色を見たのは初めてだ。
あの傑物が、決死の覚悟で立ち向かう魔物。
それだけの何かを、この者も目の当たりにしたのだろう。
「ダンジョンの主でした。しかし、その者が言うには、その者も配下の一体であるとのこと。」
絶望の報せだった。
一瞬、意識が遠のく。
「まさか。ならば、ミノタウロスはやはり、このダンジョンの主か。」
十人隊長が、覚悟を決めたように、牛頭の巨人を睨みつける。
退却するにしても、せめてもう一太刀、とでも思っているのか。
あの傑物が、アルファード=ドゴールが、決死で立ち向かう魔物が、あの程度の訳がない。
聞きたくはなかったが、確認せねばならなかった。
「今、自分の眼であの巨人を見て、はっきりとわかります。隊長が立ち向かっておられる魔物の、足元にも及びません。」
騎士達の怒号が、何処か遠い。
これは、自分の手に余る。
王国騎士団の総力を挙げねば、国が滅びかねない。
「退却する。退き鐘を打て。最早、事情は変わった。これ以上の死は、犬死だ。生きて、地上へ戻るぞ。」
敗けた。
完膚なきまでに、敗けた。
身を焼くような悔しさと共に、ガーランドははっきりとそれを自覚した。




