魔性の血
入り口は変わらずスライムの巣だった。
時折蠢いてはいるが、騎士を敵と認識していないのか、飛び掛かってくる事はない。
問題は、雨のような矢だった。
先頭にいた二人が針鼠のようになって倒れる。
他の者は、即座に盾を頭上に構えた。
「隊伍を乱すな。進め。」
傭兵の報告には無かった。罠の類は、最初の部屋から、唯一奥へと繋がる通路にある毒矢だけの筈だ。
この僅かな間にも、変わり続けている、いや、成長し続けているのか。
スライムの巣を抜けると、狭い空間があった。
何の変哲もない、洞穴である。
ただ、武装した騎士二百名が留まるほどの広さはない。
「ガーランド、前進する。毒矢に注意して進むんだ。」
隊長からの指示が飛ぶ。
手負いの者は置いていくしかないだろう。盾の隙間から、運悪く肘や足などに矢が突き立った者が、何人かいた。
「行くぞ。前列は灯火と盾を前に出せ。」
言うと、前列の騎士が詠唱して辺りに光が満ちた。
魔力の消費は少なく、夜襲の備えとして騎士となる者なら誰でも使える初歩魔術である。
二つ目の部屋にも、特に何事もなく進んだ。
通路が二つある。一つはミノタウロスの大部屋へ続いている。
戦慄するほどの、魔力と闘志が漏れ出ていた。
もう一つは未踏である。
特に禍々しい魔力などは感じられない。ただ、酷い死臭がする。
スケルトンは、この先から湧き出てきたのだろう。
「ガーランド、私は先にこちらの伏勢を確認してくる。」
「承知。隊長が追いつく頃には、片付けておきますよ。」
言うと、若き傑物はくすりと笑った。
そして、その腰にあった角笛を手渡される。
王国騎士団各隊長に下賜される魔法の角笛。
第六隊が預かるは『逆風の角笛』
その音色は、聴く者の恐怖を闘志に変え、精神に作用する魔術を打ち消すと言う、
「これを預ける。死ぬなよ。ガーランド。」
「隊長も、お気をつけて。」
角笛を、腰のベルトにぶら下げ、すぐに身を返した。
この部屋も決して広くはない。
後続を詰まらせないよう、先へ進むしか無かった。
アルファードは、自らの剣技と魔術の才能に、絶対の自信を持っていた。
相性というものは存在するが、真の強者はそれを超越すると言う。
この腰にある細剣で、岩山をも打ち砕く。
常人には到底至れないその境地が、ぼんやりとだが見えつつあった。
十五の頃に剣技の師を打ち倒し、家を飛び出した。
己の力がどこまで通用するのか、試したい一心でダンジョン攻略に身を投じた。
挫折も、幾度となく味わった。
力及ばず、死を覚悟した事も、一度や二度ではない。
ダンジョンマスターであったラミアを討伐し、攻略を成し遂げるまで、半年もかかったのだ。
その間、多くの戦友が散っていった。
その経験が、己の武の才能が、人としての本能が語っていた。
私の旅路は此処で終わるだろう。
「ご機嫌よう。騎士の皆様方。」
ロザリンドは、白骨化した数百の躯の上に腰掛けていた。
騎士が二手に別れた時には、その片方を撃滅し、ミノタウロスと闘う騎士を挟撃する。
それが、ロザリンドが受けた指令だった。
目の前にいるのは十一名の騎士。
そのうちの一人、騎士どもに隊長と呼ばれている筆頭騎士らしき男。
その男のみに、視線を注いでいた。
その他は、気にするにも値しない塵屑でしかない。
「ファールーン王国騎士団第六隊長、アルファード=ドゴールと申します。お名前を伺っても?」
夜会で貴婦人に名乗るような口調。
しかし、その手は腰の細剣を抜き放ち、静かに構えを取った。
優美で、一分の隙もない。美しくすらある。
「我が至高なる主より賜りし名、人間如きに名乗るのは、主を穢すも同じ事。どうか、ご容赦を。」
血が、滾る。
端正な顔立ち、美しい銀髪、細剣に施された魔力回路にすら、意匠を凝らしている。
戦いに美学を求めるのは強者の証。
これから訪れる時間に、ロザリンドはときめきにも似た想いを抱いた。
早く、始めたい。
しかし、始まりは終わりへの一歩でもある。
「それは、残念です。では、せめてひと時、私と踊って頂けますか?」
あぁ、良い。この男は、とても良い。
今すぐ、コロシテシマイタイ。
「もちろん。」
ロザリンドは、魔力を解き放った。
蓄積した血液が、津波の如くアルファードに襲い掛かる。
「立てる者は退け!ガーランドに即座に退却せよと伝えろ!」
端正な顔に似合わぬ声で叫んだアルファードが、光の大盾を顕現させた。
質量を伴った光の魔術だろう。無詠唱でやってのけるのは、相当な使い手だ。
盾ごと呑み込まんとした、血の津波はしかし、盾に触れた瞬間に蒸発していく。
ただの光る盾ではない。相当な高熱を帯びている。
すぐさま血を、無数の鞭と変化させ、盾を避けて叩きつける。
百を遥かに越える連撃を、アルファードはその手にある細剣一本で叩き落としてみせる。
舞う様に美しく、一瞬たりともロザリンドへの警戒も怠らない。
追撃の隙がなかった。
「世に遍く光よ。これに集いて我が敵を貫け!シャイン・レイ!」
その連撃の最中、血の鞭の隙間から放たれた光線が、ロザリンドの喉元を貫く。
次の瞬間には、額を撃ち抜かれた。
単一詠唱による多重発動。
避わす間もない。
発動した瞬間には、光の筋がロザリンドを貫いている。
「あぁ、素晴らしい。」
撃ち抜かれたロザリンドは、全身を快感に支配されていた。
額を撃ち抜かれ、天井を向いた紅い瞳に、光が灯る。
既に、傷の再生が始まっている。
この身の血液が尽きぬ限り、それは永久に続くだろう。
この男が朽ち果てるが先か、自分の血が尽きるが先か。
「不死身か。化け物め。」
微かに肩で息をしているアルファードが、毒づいた。
「まだまだ、踊りましょう。」
そう。
叶う事なら、永遠に。




