決戦前夜
「とんでもなく頑丈だな。こいつ。」
傭兵達の襲撃が終わった時には、日が落ちていた。
大型の弩から放たれた銛を受けたミノタウロスは満身創痍…と思いきや、自分で銛を引き抜き、もう傷は治りかけていた。
跪いて首を垂れる牛頭の巨人は、傷跡こそあれ、新たな戦いにいつでも赴けそうだ。
心配になって様子を見に来たが、思った以上に頼もしい。
グールとスケルトンは壊滅状態だった。
スケルトンはともかく、グールは素体がないのでもう使えない。
結局、生き残った戦力はミノタウロスと入口のスライム。
場当たり的に配置しても、それほど効果はない、というのがよくわかった。
かと言って、敗北したと言うほどでもない。
傭兵の魂が四十ほど。
この魂が、盗賊とは比べ物にならないほど強い。
損害を補填しても、半分以上が余るほどだ。
上機嫌な俺とは対象に、隣に立つロザリンドは不満気だった。
闘えなかった事が不満らしい。
特に、傭兵の隊長は中々の闘志を見せた。
狭い通路に押し寄せたスケルトンを、ただ一人で打ち砕き、二番目の部屋で孤軍奮闘していた留守居役まで救って見せた。
あそこでもう少し足止めできていれば、あと二十は魂が手に入った筈だ。
バンパイアは闘いを好む。
虐殺のような、嬲り殺す戦いも好みではあるが、より強い者と闘いたがる。
それはそれで、バンパイアの本能なのだろう。
それは、出来る限り尊重してやりたい。
「次は、騎士どもが来るだろう。お前にも出てもらうぞ。」
言うと、ロザリンドは闘志を剥き出しにした、良い笑顔で頷いた。
次が、俺達の正念場だ。
ロザリンドの偵察で、向こうの戦力は正確に把握できている。
だが、撃退できる筈だ。
その為の備えはしてきたし、傭兵の魂によって、それは更に盤石になる。
「ミノタウロス。じきに此処に、更なる強敵が現れるだろう。あの傭兵どもより、更に厄介な敵だ。」
ミノタウロスは頭を垂れたまま、如何なる反応も見せない。どうと言う事もない、と言う絶対の自信が伝わってくる。
「新たな戦に赴くお前に、初陣の褒美を取らせる。一層奮戦し、敵を打ち砕け。」
最奥の部屋から、武具を召喚する。
この巨躯専用の大鎚と、鎧である。
鎚の号を『剛力の鉄鎚』
魔力を通わせ、変質した黒金を用いた魔法の大鎚で、振り上げる時は羽根のように軽く、振り下ろす時は大山の如く重くなる。
ミノタウロスの怪力で扱えば、およそ想像もつかぬ威力を発揮するだろう。
鎧の号は『魔除けの大鎧』
魔法金属として名高いミスリルと、青銅の合金で作られた大鎧だ。
大袖はもちろん、手甲や脛当てまでセットになっていて、矢や槍は当然の事ながら、魔術にも高い抵抗力がある。
雑兵のような魔物も、必要ではあるが、作戦行動を仕込むほどの時間はない。
ならば、最初は少数精鋭をぶつけるのが最上だ。
ミノタウロスは、感激に打ち震えながら、大鎚を両手で受け取った。
鎧の方は、少数ながら補充したスケルトンが着せてくれるだろう。
「魔王様、騎士が進軍を始めたようです。」
ロザリンドが、静かに告げた。
やれる事はやった。
後は、待つだけだ。
傭兵からの報告は悲観的なものだった。
途中に現れた魔物はどうと言う事もないが、問題はミノタウロスだ。
『十手』のバルバトスと言えば、歴戦の傭兵として名高い。
そのバルバトスが一目で退却を決断するほど、強力な魔物だった。
傭兵団は盾持ちの前衛がほぼ全滅。退却中に受けたスケルトンの奇襲によって、後衛の弓兵も打撃を受け、しばらくは戦力の再建に注力する事になるだろう。
即座に退却していなければ、バルバトスが奮戦していなければ、二百の傭兵が全滅していた可能性もあった。
やはり、このダンジョンは一筋縄ではいかない。
「ガーランドの旦那、ありゃどうにもならんぜ。あんな狭い洞穴じゃ、どうしても囲めねえ。押し込めようにも、あんな巨体、何人いても足りねえよ。」
珍しく疲れ切った顔で言うバルバトスは、微かに後悔の念を滲ませていた。
この男とは、敵としても味方としても、よく知っている。
契約と義理を重んじる傭兵の中でも、特に義理堅く仲間想いだ。
死んだ団員には、バルバトスが赤子の頃から育てた者も多かったのだろう。
「それでも、やらねばならん。そんなものが地上に湧き出てみろ。それも、あのダンジョンの魔物と共にだ。どれだけ犠牲が出るか、想像もつかん。」
「…そうかい。まぁ、好きにしな。俺らは此処で待つ。契約は、この攻略が終わるまでだからな。」
「あぁ、話しが聞けて良かった。養生してくれ。」
バルバトスは、全身に浅傷を受けていた。
念のため、野営地の医療所で寝かされている。
深傷を負って意識が戻らないまま死んだ者、毒矢を受けて黒い血を吐いて死んだ者。
バルバトスは、何も言わずただそれをジッと見つめていた。




