殺意と決意
目が覚めると、魔力は回復しきっていた。
いや、回復しきったから、目覚めたのかもしれない。
この身体の取扱説明書などないので、その辺りは手探りでやるしかなかった。
「お目覚めになられましたか。魔王様。」
傍にはロザリンドが控えていた。
相変わらず、洞穴のそれ程広くもない空間だ。
ミノタウロスを配置した大部屋の奥が、この部屋になる。
「あぁ、あれ、侵入者がいたのか。」
魂が貯蓄されているのを感じる。六名ほどだろうか。
「はい。また盗賊どもで、あの牛頭が踏み潰しておりました。」
なんと。これはどう言う事なのか。
思わず、身体を起こした。
雑魚すぎて知覚出来なくなったのだろうか。
何となくそんな気がするが、あまり良い事ではない。
「取り逃がしもいたようです。何しろ、あの巨体ですので。」
追うにも追いきれなかったと言う事か。まぁ、ミノタウロスにスピードはないので、追いつけるかわからんのだが。
「ロザリンド、お前、わざと取り逃がしたのか?」
「はい。余計な事でしたでしょうか。」
「…いや、良い。」
ロザリンドの報告によれば、敵は拠点を築き始めていた。
この洞穴に向かって、真っ直ぐ木を切り拓いて道をつけている所を見ると、かなり大規模な攻略隊を編成するつもりだろう。
一欠片の情報も与えず、その日を迎えるのは無理がある。
どう動くのかを見るには、悪くない手ではある。
と言うより、それならそれでやりようはある、と言う事だ。
敵の策を上回る手を打たねばならない。
林に残る盗賊どもが幾らいるのかはわからないが、ギリギリまで魂を集めなければならない。
今後は、多少でも魂の蓄えが必要か。
いざと言う時、何もできないのは問題だ。
いくら備えをしても、手の内が割れていては意味がない。
「申し訳ございません。魔王様。」
「いや、良い。良いんだ。ロザリンド。俺の甘さを気づかせてくれた。今この時に気付けて、良かったんだ。」
泣きそうな顔で、ロザリンドが俺を見つめている。
捨てられそうな仔犬のようだ。
向こうは俺を殺す為に、此処へ来るのだ。
俺は奴等を殺す為に、此処に在るのだ。
産まれ落ちてから、雑魚しか相手にしていなかったからか、どうにも気が抜けていたようだ。
本気で、殺しにかかってやらねばなるまい。
洞穴の奥にいるのは、ミノタウロスと判明した。
災害級の魔物だ。
非常に好戦的だが、特に人間を狙う魔物ではない。王国では生息は確認されていないが、その特徴はよく知られていた。
そこらの盗賊など、敵う魔物ではない。
この隊の総力を上げても、負けはしないが甚大な被害が出るだろう。
「およそ10mの巨体など、信じられません。」
「洞穴にそんな馬鹿でかい魔物など、おらんだろう。」
「恐怖は錯覚を起こすもの。ミノタウロスは、およそ人の倍ほど。3mほどでしょう。」
「ダンジョンの主ならば、わからんぞ。」
「素手なのが、せめてもの救いか。」
十人隊長達が、分析を続けている。
ガーランドも、その大きさについては3mほど、大きくても5mほどだろうと当たりをつけている。
身体の大きさはそれだけで凶悪な武器になる。
人の身であっても、身長が20cmも違えば、膂力に大きな差がある。
「聞け。」
ガーランドが言うと、皆がピタリと議論を止めた。
一人一人の顔を見つめていく。
ガーランドは第六隊で一番の古株だった。
今年で三十七になる。そろそろ退役を考えねばならない歳だ。
第六隊の十人隊長は、皆ガーランドが鍛えた者達だ。その性格まで、知り尽くしている。
中には、ガーランドの身の回りの世話をする従者から昇進した者もいた。
王国騎士と言えば、王国の武の頂点なのだ。。
ここに至るまで、それぞれがどれ程の研鑽を積んだのか、筆舌に尽くし難い。
「お前達の何人かは、或いは、全員が此処で死ぬだろう。俺も含めてだ。生き残ろうと思うな。ここに在る騎士の為、命を散らす事を禁じる。志果す事なく、無駄に死す事を禁じる。王国の全ての民の為、此処で死ね。」
十人隊長達が立ち上がって直立した。
言わなくても良い事だったのかもしれない。
しかし、ガーランドには一抹の不安があった。
洞穴の通路は、人一人がやっと通れる程の高さしかないと言う。
そのような通路を巨躯の魔物が、移動する事は不可能だろう。
魔物は他にもいる筈だった。
そして、狼を操る魔物。
ミノタウロスは怪力の魔物として名高く、魔術を操るなどと聞いた事はない。
もしかしたら
ミノタウロス以上に強力な魔物が、潜んでいるのではないか。
それはただの予感でしかない。
ダンジョンの主ともなれば、魔術を操っていても不思議ではない。
事実、そういった例がある事も知っていた。
ガーランドは、目を閉じた。
ここ数日、眠れぬ夜が続いている。




