決戦の予兆
ロザリンドが気になる報告をしてきた。
眷属にした狼が、全身鎧の男達に狩られていると言うのだ。
ロザリンドの狼は並の人間の首ぐらいなら、たやすく食い千切るぐらいの力はある。
それを狩れるというなら、かなりの実力者達だ。
もう一つ気になる事がある。
ここのところ、毎日のように侵入者がやってくる。
だいたいが五人から十人、多い時は三十人ほどの団体だ。
時には、日に二度、三度とやってくる事もある。
いかにも盗賊といった風情の男達で、どの団体も侵入する前から負傷している者がいて、こいつらも全身鎧の男達に追われていた事は、記憶を覗いたのでわかっていた。
人間は、国を作る。
時に、およそ個人の集まりでは成し得ない力を、国は生み出す力を持っている。
何か、予感のようなものがあった。
「近々、此処までくるかも知れんな。」
「まともな戦力が私だけでは、少し心許ない気がしますが。」
「いくらか、戦力を追加しよう。盗賊どもの魂がそれなりにある。このまま侵入者が途切れなければ、部屋もかなり作れる筈だ。」
「眷属を呼び込んでもよろしいでしょうか?多少なりとも手数にはなる筈。」
「良いぞ。外にいる眷属には、全身鎧とやり合わせるな。束になれば何とかなるかもしれんが。」
「十人一組で動いている様です。林の中では、決して一人になりません。」
「盗賊どもとは一味違うな。ロザリンド、お前も一対一なら負ける事など有り得ないだろうが、油断するなよ。」
「心得ております。」
自分に言い聞かせてもいた。
生まれ変わった俺は、確かに圧倒的な力がある。
魂を得る毎に、それは徐々に強くなっている自覚もある。
だが、人間との闘いはそうではない。
俺は知っている。
魔力も何もない人間が、発見の末に何を産み出すのかを。
たった一つの爆発で、十万もの命を奪い、数十年もすればそれを遥かに凌駕するものを産み出す。
それが、人の怖さだ。
あんなものを、このダンジョンに放り込まれたら、俺もロザリンドも成す術なく焼き爛れて死ぬだろう。
或いは、そういった魔術が既にあるかも知れないのだ。
それが現実的かは別として、常に頭に入れておくべきだった。
「備えはするが、万全の備えなんかない。お前も気がついた事があれば言ってくれ。」
ロザリンドとは、魂の一部を共有している。
漠然とした不安が伝わってきた。
俺は前世の記憶を引き継いでいるが、彼女にはないのだ。
傷み一つない美しい黒髪に、俺の手が触れる。
ロザリンドはただ微笑みを返すだけだった。
王都からの増援五十名が到着した。
隊長が更に百名を率いて進軍していると言う。
途中の町で、傭兵や冒険者を募っているらしい。
新しいダンジョン発見の報は、既に国王の名で、王国内はもちろん、近隣諸国にも布告の使者が飛んでいる。
林を切り拓き始めてから、狼に襲われる事はピタリと無くなった。
見かけても逃げていくらしい。
やはり、狼を操っている者がいる。
「人夫の護衛を、増援の隊と入れ替える。俺達は林の掃除に本腰を入れるぞ。」
増援を率いてきた十人隊長達も含めて軍議を開いた。
思ったよりも、林に潜んでいる賊徒が多い。
捕らえた賊徒によれば、行商人を狙った狩場になっていたようだ。
これほどまでに多ければ、商人ギルドから陳情が上がっていてもおかしくないのだが、そんな報告は受けていなかった。
騎士団と見て、襲ってくる賊徒などいるはずも無いが、騎士の誇りが放置する事を許さない。
ダンジョン攻略を第一とするべきなのは、自分も含めて皆がわかっている事だが、十人隊長達も、何も言って来なかった。
騎士団の半数は、平民出身である。
血反吐を吐く様な訓練の日々を耐え抜いたのは、民草の為、と言う者も多い。
「領主からの増援はないのですか?」
「ない。使えんモノだと思っておけ。」
実際には、二百ほどは荷駄隊となって騎士団の補給を受け持っている。
元々は、林から湧き出る魔物を押し留める部隊だったようだ。
残りは城塞都市の治安維持と守備に必要だった。
無いとは思うが、万が一魔物が迂回して城塞都市を陥落させれば、騎士団は孤立する。
増援を出せとは言い難かった。
「明日からは、俺も林に入る。」
言うと、隊長達は表情を引き締め、頷いた。




