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引退魔王、わんこ少女を拾う。  作者: リィズ・ブランディシュカ
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04 引退魔王、わんこを飼う。



 俺は元魔王だ。

 今でこそ、人間の暮らしに、まぎれこんでいるが、昔は残虐非道な魔王だった。


 魔族を率いて、人間を何人も殺すのが日常だった。


 けれど、部下の裏切りになって、引退したのだ。


 なぜ、あの時俺は、あんな目にあったのか、未だに理解できない。


「冷酷な魔王。お前なんかを俺達の上においてはおけない」


「お前に将来を預ける気にはなれないな」


「他の奴を魔王にした方が頼もしい」


 俺はただ、使える者を使い続け、使えない物は切り捨てただけ。

 必要な事をしてたというのに。


 それで引退後は、目立たずに生活していたのだが、流れ着いたのが人間の領地だったのは皮肉だった。


 その後世話になっていた領主に才能をかわれて、仕事を手伝う様になったのだが。


 慣れた頃に、病気にかかったその領主がなくなった。


 しばらくは、領民達に懇願されて領主の代わりに仕事を続けていたのだが。


 それがずるずると続いて、今は本当に領主になってしまった。







「ごっしゅじーん!」


 今日も犬のような少女、キアが俺にまとわりついてくる。


 たまたま拾った人材だが、仕事では結構役に立つため、うるさくても捨てられない。


 人間との関係なんて、煩わしいだけだと思っていた。


 だから、他の人間とも最低限しか会話していなかったが。


「今日もご主人が遊んでくれたんですよ」


「ご主人が褒めてくれたんですよ」


「ごっしゅじーん! は、とってもやさしいんですよ」


 なんてわんこが騒ぐものだから、それなりに他の使用人や領民にも親しまれてしまった。


 けれど、不思議と悪い気はしない。


 こんな事は、魔王だった時にはなかったことだ。


 世界は相変わらず戦争している。


 魔王が引退しても別の奴が魔王になるだけだった。


 きっと今の魔王が倒されても、他の奴が魔王になるだけなんだろう。


 人間の勇者もまた同じ。


 が、ここはわりと平和なもんだった。







 執務室にキアがやってくる。


「ごっしゅじーん! わんこが捨てられてました!」


 翌日、わんこがわんこを拾ってきた。


 いや、わんこわんこで何がどうなっているのか分からない。


 仕事をやりながら、適当に返事をしていたのがいけないな。


 書類をさばいていた手をとめる。


 キアの方に目を凝らすと、わんこ「人間」がわんこ「犬」を抱きかかえていた。


 おそらく、この周辺で捨てられていたのだろう。


 捨てられてからの期間は数日といった所か。


 腹を空かせているようには見えなかったが、若干汚れていた。


「飼っても良いですよね! だって可哀そう! ねっねっ」

「駄目だ」

「えーっ、どうしてですかっ!」

「役に立たん」


 少し前の俺だったら、なんとも思わなかったが、今なら若干同情はする。


 だが、それだけだ。


 役に立たないものを置いておくほどの意味を見出せなかった。


「家畜を飼うのは分かるが、なんでペットなんぞ飼いたがるんだろうな」

「ご主人、だめなんですか?」


 わんこ「人間」が悲しそうな目で見つめてきたが、無駄な生き物に、不必要な飯を食わせておく理由はない。


 なので、元の場所に戻せと言った。


 すると、「いいですっ、私ががんばってお世話しますっ。ご主人様の手は借りません。んべっ」


 なぜかわんこ「人間」に怒られてしまった。







 どうにも腑に落ちなかった俺は、使用人の一人、あのわんこ「人間」と仲が良い奴に聞いてみる事にした。


「なるほど、それはもしや自分の境遇を重ねていたのではないかと」

「自分の境遇だと?」

「ええ、たぶんですけど、彼女は以前奴隷となっていて、捨て犬と同じような境遇でした。だから、放っておけないのでしょう」

「そうか、なるほどな」


 とりあえず、あのわんこ「人間」がわんこ「犬」を助けようとする理由は理解できた。


 だから、俺は屋敷の裏でこっそりしているわんこ「人間」にこう告げた。


 以前の自分だったら、こんな事言うはずがなかった。


 自分でも自分の行動に驚いているところだ。


「屋敷の金を使わないなら、世話をしてもいいぞ」

「っ、ありがとうございます! ご主人!」


 このわんこ「人間」は本当にわかりやすい。


 嬉しそうな表情で、わんこ「犬」に今あった事を説明していた。


 きっとわんこ同士波長があうのだろう。


 それからは、よく二匹揃って庭でキャンキャン、吠えていた。







 数日立つと、他の使用人も時々わんこ「犬」の世話をしたり、様子を見るようになった。


 俺が許可を出したためだろう。


 自分の時間を少なくするだけなのに、なぜこうもかまいたがるのか。


 理解できない。


 せめて人間だったら、働かせる事もできるが。


 腑に落ちない思いで、ここ数日を過ごしていた。


 わんこ「犬」の世話をしているためか、キアがこちらに来る時間が少なくなった。


 それは本来喜ばしいはずなのに、なぜか庭でわんこ同士が遊んでいるのを見ると、胸がもやもやしてしまうのだ。


 そんな事を使用人に愚痴ってみると、


「それは嫉妬、いえ、なんでもありません」

「それは嫉妬なんじゃ。いいえ、何も言ってません」


 とか言われてしまった。


 嫉妬?


 馬鹿らしい。


 何の役にも立たない犬なんてものに、俺が嫉妬するはずがない。


 俺の方が、ボールなげは上手だし、給料もやっているし、食べ物だって食べさせている。


 俺が犬ころごときに負ける理由なんてあるはずがないのだから。







 言い表しようのない感情にイラついていると、ある日事件が起きた。


「ご主人。たいへんなんですっ。マーブルが怪我をしてるんです!」


 と、わんこ「人間」が知らせてきた。


 執務室に駆け込んできたキアは、顔色が悪い。


「どうしたキア。俺は何もしないと言っただろ」

「でも、っ、血がたくさん出てるんです。遊んでたらとげとげしたのがぐさって。マーブルが死んじゃう!」


 マーブルというのは、おそらくあの捨て犬の事だろう。名前がついたのか。


 キアは、涙目で訴えてくる。


 説明を聞くにあのわんこ(犬)は、何か鋭利な物を踏んで、怪我をしてしまったらしい。


「死んだならそれはそれだ。俺は知らん」


 だが、それがどうした。

 俺は、正式に屋敷で飼うとは言っていない。

 だから、そう言ったのだが。


「ご主人様のばかっ」


 ばちん。


 気が付いたら頬を叩かれていた。


「私も、私も必要なかったら、心配してくれないんですかっ」


 キアは大粒の涙をポロポロと流している。


「私が怪我したら見捨てるんですか」

「そんなわけないだろ。キアは重要な俺の使用人だ」

「働けるから、ですか。役に立つから、ですか? じゃあ役にたたなくなったらマーブルみたいにするんですねっ」

「それは」


 俺はきっと、そうするはずだ。


 悩むべくもない事だ。


 そうするのが自然で、当然のこと。


 でも、考えただけでなぜか胸が苦しくなった。


 キアは役に立つから、ここに置いているんだ。


 役に立たないなら、今言われたように置いておく必要も、何かを施したりする理由もない。


 けれど、そんな光景を想像するのはひどく胸が痛んだ。


 まさか、俺は役に立たなくなっても、キアに傍にいてほしいのか?


「ご主人なんて知りません!」

「おい、待て」


 俺は、とっさに走り去ろうとするキアの腕をつかんだ。


 そしてため息をついた。


「はぁ、仕方ないな。一度だけだぞ」







 庭に行って様子を見て見ると、実際は、そうひどくなかった。

 確かに血は出ていたが、傷は浅かった。

 マーブルの怪我は、大した事が無かったようだ。


 念のために、医者にも見せたが、すぐ治るらしい。

 はやとちりめ。


 でも、キアはすごく嬉しそうだった。


 医者から、飼い犬じゃないと治療できないって言われたから、しかたなくマーブルの首輪を飼ってやったからだろう(犬や狼が群れをつくって、畑を荒らしたり、人を襲ったりする事もあるから、害獣対策として仕方がない)。


 俺は、庭の隅に犬小屋が運び込まれていくのを、屋敷の中から見ていた。


 キアが、場所が違うだのなんとか言って、業者の人間に騒いでいる。


 その笑顔を見ると、今まで考えてきた難しい事が、なんだかどうでも良くなってきた。


 庭に出て、とりなしてやると業者の人間がほっとしたような顔になった。


 彼等はここの領民だったようだ。


 犬小屋を運び込んだ後に、領内で使える物を色々、買い物の券とかペット用品の割引券とかをくれた。


 別の所で遊んでいたわんこ、ではなくマーブルがやってくる。


 よく観察してみると、キアによく似た顔つきだった。


 マーブルは、自分のせいで俺達が喧嘩した事があるとはまるで思ってもいないように、俺とキアの周りをぐるぐると駆け回り始めた。


「マーブル、ご主人はすごいんですよっ。優しい人なんです! それにボール遊びの達人なんです」


 その後は、なぜかボール遊びさせられる事になった。


 俺が投げたボールを、キアとマーブルが取り合っているのを見ると、なぜだか少しだけおかしくなった。


 ペットなんて飼ってもなんの意味はないと思っていたが、少しだけ俺は思い直した。



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