いつかまた
逝ってしまった友人への、手紙のようなもの。
苦手な方はご注意ください。
海辺の駅の改札を出て、潮風に吹かれながら、あなたが来るのを待っていた。
約束の時間を過ぎても、あなたはなかなか現れない。
何だか心細くなって、私はキョロキョロと辺りを見渡す。
「ごめ〜ん、お待たせ!」
予想外の方向から声をかけられて、驚いてそちらを見ると、きらきらと健康的な笑みを浮かべる、涼やかなワンピース姿のあなたが立っていた。
「何なの!? あんた死んじゃったって聞いてたのに……! やっぱり嘘だったんだね! もう……、もうっ! 脅かさないでよ!! 嫌な嘘、つかないで!!」
なじる私を慈しむような微笑みで見つめたあなたは、目の前で霧のように消えてしまった。
手を伸ばしたときにはもう、そこにあなたはいない。ただ、夏の日差しにきらめく海があるだけで。
本当は、夢の途中で夢だと気づいていた。だけど信じたくなくて、もう一度きつく目を閉じた。
涙が、とめどなく頬を伝う。
今年こそ、あなたと一緒に海を見たかったの。
潮風に吹かれながら、ビールを片手に他愛もない話をして。
三年前の夏、海辺のボードウォークで肩を並べる写真は、今でもスマホに残ってるよ。お互い、知り合った頃にはなかった、小さなシミや皺や白髪もちらほら。だいぶ老けちゃったけど、心はいつまでも二十代のままだって、二人して笑い合ったよね。
その後で行ったカラオケ、楽しかったね。飲んで、踊って、昔みたいに羽目を外して大騒ぎして。
すっかり酔っ払った私は、帰りの駅で迷子になって、夫に車で迎えに来てもらった。年甲斐もないって叱られちゃったよ。それ以来、外で飲むのは控えてたんだ。その間に、世界はがらりと変わってしまったんだけど……
「自分たちが生きてるうちに、こんな疫病が流行るなんて信じられないよね」オンラインで飲みながら、あなたとそんな話をしたっけ。
引き籠もる日々の中、私は物語を書くことに夢中になった。それは、鬱々とした日々の一縷の光だったけど、照れくさくて誰にも言えなかった。勿論、あなたにも。
実はね、私、あなたとの物語を書いていたんだよ。喜びも悲しみも、キラキラと輝いていたあの頃の私たちのことを。
この夏、あなたに、そのことを打ち明けようと思ってた。それなのに、あなたは全然電話に出てくれない。メールも届かず、ラインも既読がつかなくて……
不安でたまらなかった。あなたの身に何かあったのか、それとも嫌われちゃったのか。だから、葉書を送ったの。「不義理をしててごめんね。電話ください」って。
電話をくれたのは、あなたの恋人だった。そして話してくれた。恐ろしい病が、あっという間にあなたの身体を蝕み、命を奪っていったのだと。
感情を押し殺した淡々とした声に、彼のやりきれない悲しみが滲んでいた。それなのに、慰めの言葉さえ掛けられなかった。ただ、信じられなくて、信じたくなくて、喉がカラカラで……
会いたいと思えば、すぐにでも会えると思ってたんだ。
あなたから電話が来たら、週末の海に誘うつもりだった。不義理を怒っているなら、平身低頭謝りたかった。胸が締め付けられるほど、ジリジリと連絡を待っていたのに。
あなたは夏の訪れを待たず、空へと旅立って行ったんだね。
弱った姿を誰にも見せず、最愛の息子と恋人に看取られて。
気高いあなたらしい旅立ちだと思うけど、やっぱり淋しすぎるよ。
まだ、信じられない。この抜けるような夏空の下に、あなたがいないなんて。私はまだ、思い切り泣くことさえできないよ。
少しづつ、受け入れなくちゃいけないってことはわかってる。だけど、もう少しだけ心の整理をする時間が欲しいの。
そのためにも、私は物語を書き続けるよ。幸せだったあなたの晩年を、ちゃんと書き留めておきたいから。
完成したら、時空を超えて読みに来てね。もし気に入らなくても、笑って赦して欲しい。
文句なら、いつかまた空の国で聞くから。
それまで、私のことを忘れないで待っていて。