結婚指輪
引き出しの奥の、手のひらに乗るほどの小さな木箱。さらにその中に仕舞われた白磁のケースで静かに眠る、プラチナとダイアモンドの指輪。あなたから贈られた、結婚指輪だ。
水鏡に映る一筋の月の光をイメージしたデザイン。
こんなロマンティックな指輪を、あなたと二人、額を合わせて選んだ頃があったんだなぁ。
そんなことを思って、十五年ぶりに左手の薬指にはめてみた。
くっ、ちょっとキツイ。当たり前か、あの頃よりだいぶ太ったし。
初めての妊娠で指のむくみに悩んだのをきっかけに、この指輪を外したんだっけ。その後は、赤ちゃんを傷つけないように、家事や仕事の邪魔にならないように、そんな風に何だかんだ理由をつけて外したっきり。だから、これを着けていたのは、新婚のほんの一年間くらいかも知れない。
まったく、ロマンティストとは程遠い性格。
結婚前にもそれなりに恋はしてきたはずなのに、誰にも指輪をねだったことなんてなかった。だって、こんな永遠を表すカタチのもの、軽々しく貰えないと思っていたし、貰う価値が自分にあるとも思っていなかったから。
だから、あなたは生涯ただ一人、私に指輪を贈ってくれた人。永遠の約束を交わした人だ。
あなたより十も年上の私は、最近目が衰えて、指輪の裏に刻まれたメッセージさえ読めなくなってしまった。
それでもたぶん、あなたは未だに私を愛してくれている。突然抱きついてきたり、微笑ましいものを見る目でにこにこと私を見ていたり、そういうところに気持ちが溢れている気がする。甘い言葉はぜんぜん無いけれど、それはお互いさまだしね。私は今日、あなたの好きな花を部屋に飾って、あなたのために暖かい靴下を買ってきた。それで察してくれたらいいな。
この結婚指輪をはめたとき、私は誓ったのよ。あなたを一生幸せにするって。あなたの盾になって、辛いことから守るって。あなたはガタイは良いけれど、傷つきやすい乙女キャラだから。
その気持ちは今でも変わっていない。だけど、時々忘れてしまってあなたに優しくできないことがあるね。
久しぶりに薬指で輝く結婚指輪を見ながら、私はちょっぴり反省したんだ。