人魚姫たちの恋
エッセイではなく、掌編……のようなもの。
よろしければ、どうぞ!
ある夏の夕暮れ、高校時代の仲間が集まって、砂浜でバーベキューをしようということになった。
毎年七月の下旬にある、この海辺の町の夏祭りの日だった。この日に合わせて、大きな花火大会が開かれるのだ。
海上に打ち上がるスターマインの迫力は、地元ではつとに有名だ。最近、旅行雑誌に取り上げられてからは、近隣の町々はもとより、遠方からも大勢の見物客が訪れるようになった。
「この砂浜から、花火がよく見えるんだ」
仲間の男の子がそう教えてくれた。彼は、海の側のアパートで、一人暮らしをしている。
藍色の空が、さらにその昏さを増す頃に、『ドン!』と、お腹に響く大きな音が鳴った。見上げれば、彩り鮮やかな光の花びらを広げる大輪の花が、夏の夜空に伸びやかに咲いていた。仲間たちが、わっと歓声を上げる。その瞬間、大輪の花は、きらきらと舞う光の粒に変わり、ぱらぱらと音を立てて散り落ちて、闇に溶けて消えていった。
程なくして、幾つもの花の蕾がヒュルヒュルと夜空高く茎を伸ばし、まるで宇宙に捧げる花束のように、色とりどりに重なり合って、きらきらと咲き誇った。そして、その花々が散り落ちるのを待たず、蕾は次々と夜空を駆け上がっていった。
私は、ふと地上に目を移した。
この場所を教えてくれた彼も、仲間内で付き合い始めた恋人と、砂の上に座って寄り添いながら、夜空に次々と咲いては消える、大輪の花を見上げていた。
彼は、花火の音と歓声で掻き消される、彼女の言葉を聞こうとしているのだろうか、時々背を屈め、その小さな口元に耳を寄せている。
夜空に爆ぜる眩い光が、彼の整った鼻梁と柔らかそうな髪の輪郭を、くっきりと浮かび上がらせている。
それを、あなたは密かに、しかし熱く見つめていた。
隣にいる私に、気づかれていることも知らずに。
「あっ、見て。海に映る花火も綺麗だね」
私がそう囁くと、あなたは「うん」と小さく頷き、不意に思いついたように、こう言った。
「泳ごっか」
「えっ、服のまま?」
「そう」
あなたは立ち上がって、おしりや脚の砂を払ったが、私はほんの少し躊躇した。だって、暗い夜の海は何だか恐ろしい。
「行こっ!」
あなたは私の手をとって立ち上がらせる。私は、小さな勇気を振り絞って、あなたと一緒に駆け出した。
波打ち際にサンダルを脱ぎ捨てて、ぱしゃんと一歩、水を踏む。
冴え冴えとした月明かりと、色鮮やかな花火を映した水面が、きらきらと飛沫を上げて砕け散った。
(あっ、綺麗……)
私は、そろそろと体を水に沈めながら、光の溢れる水面をうっとりと眺めた。
先に泳ぎ出したあなたは、すーーっと滑るように美しいフォームで水を掻く。解いたままの長い髪が水面に広がり、海藻のように揺らめいている。
ショートパンツから伸びた白い脚が、水を捉えてひらひらと動く。
(人魚みたいだな)
そんなことを思いながら、私はあなたの泳ぐ姿にしばし見惚れた。
やっぱり、あなたの視線は、砂浜で恋人と寄り添う彼に注がれている。
いつだってそうだ。
彼が現れてから、あなたの目も、心も、彼に奪われてしまった。
私たちはもう少女じゃないし、いつまでも一緒にはいられない。そんなこと、わかってるつもりだけど、何だか無性に腹が立つ。彼にも、あなたにも。
「おまえら何やってんだよ〜!」
彼が、海に浸かる私たちに気づいてそう叫んだ。
「気持ちいいよ〜! あんたたちも泳いだら?」
あなたは、そう叫び返す。
彼とあなたは、男女の壁を超えてホントに仲がいいよね。でも、彼にとって二人の関係は、それ以上でもそれ以下でもなかったみたい。
だけど、それってホント? じゃあ、あれは一体何だったの?
私は知ってる。酔っ払って上機嫌なあなたが、「いきなり行って、あいつを驚かせようよ!」なんて言うから、二人で一緒に彼の部屋に押し掛けた、あの夜のこと。
あなたも彼も、私がすっかり眠っていると思ってたでしょ? 寝たフリするの、辛かったんだから。
あのとき、あなたと彼は、密かに抱き合ってた。
背中を向けたままでも、濃密な気配でそれが分かった。だから、薄目を開けて、チラッと見てしまった。
キスくらい、してたのかも知れないね。
(一人じゃ思い切ったことできないくせに、私をダシにしないで!)
心で叫んだけど、直接は言えなかった。
でも、夜明けの帰り道、あなたに少し不機嫌な態度をとってしまったね。
それなのに……彼は、あれからすぐにあの娘と付き合い始めたんだった。
本当にあれは何だったの? あなたも彼も、ただ戯れにあんなことしたの?
違うよね。少なくとも、あなたは本気だった。
私にはわかる。ずっとずっと、あなたを見ていたから。
叶わぬ恋を口に出せないあなたは、やっぱり悲しい人魚姫みたい。
私は、立ち泳ぎしながら、あなたの憂いを湛えた横顔をそっと見ていた。
暗い水の中に溶けて見えない私の脚も、魚の鱗に覆われてゆくような気がした。