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ヲタ活は愉し

 ふむふむ、へえ、なるほど……あっ、失礼。

『ヲタ活』なのか、『オタ活』なのか、このエッセイを書くにあたって検索してみたところ、どうやらどっちの表記でもいいらしい。

 実は、私がこの言葉を知ったのはわりと最近のことで、それにはこんな経緯いきさつがあるのだ。


 私が清掃員として働く病院の昼休み。

 アニメや漫画が好きだという、二十代の看護助手の女の子たち二人と、休憩室でお弁当を食べていた時のことである。


 いつも暗黙の了解で、ユルくて疲れない感じのバラエティ番組が流れている休憩室のテレビ。

 持参したお弁当や、差し入れのおやつを食べながら、それを流し見しつつ、グルメ情報や、最新トレンド商品、はたまたゲストの芸能人について、あーだこーだ言いながら、これまたゆる〜く、束の間の脱力時間を楽しむのが常なのである。

 何しろ、院長と事務長以外、下は二十代から上は七十代まで、ほとんど女性ばかりの職場なのだ。ゆえに、大抵みんなお喋り好きなのである。


(まるで後宮やわ)


 あるとき私はそう気づいた。まあ、ここを治めているのは、美青年の君主ではなく、無愛想なオッサンたちなんだけど……

 おっといけないっ! ついつい本音が!


 それはさて置き、女性ばかりの職場とは言え、まるで三世代同居のような年齢の開きがある私たち。さしずめ、四十代の私や同年代の皆さんは、一家のお母さんとかお嫁さんといったポジションである。

 周りには、母親や姑のようなお姉様方と、娘のようなお嬢さんたち。

 それゆえ、どの年代でもついていける話題をさり気なく提供してくれるテレビ様には、みんな大変お世話になっているわけである。お陰様で、無難な会話が成立し、和やかな時間を過ごすことができるのだ。


 この日は、若くてイケメンの人気声優さんが番組ゲストだった。実は私は、漫画は好きだがアニメはほとんど観ないので、その方面にはめっぽう疎い。そこで、詳しそうな若者二人に話題を振ってみたのだった。


「最近、声優さんて大人気だよねえ。いつもテレビで見るもん。アニメ好きな若い子も増えてる気がするし」


 私がそう言うと、二人は大きく頷いて、話にノッてくれたのだ。


(ほんに、最近の若い子は優しいのう……)


 心の中の、しわしわのおうながほんわかと喜んでいる。


「Kさんにもぜひ観てほしい、お勧めのアニメありますよ〜」


 昨年入職したばかりだが、とても元気で愛想が良く、患者さんにも人気が高いMちゃんがそう言う。


「あっ、それホントお勧めっすよ」


 Mちゃんと同い年だが、ここで働いてもう八年目だという、クールキャラのTちゃんも頷いている。

 彼女は、頭が良くてしっかり者で、この職場では私よりずっと先輩なのである。


「へ〜、観てみようかな。二人はこういう声優さんのイベントとかにもよく行ったりするの?」


「あ〜、前はライブとか行ったりしてたんですけどね〜」


 Mちゃんが、食後のカフェラテを飲みながら、色白でツヤツヤの肌が美しいその顔を曇らせる。


「コロナでねえ……」


 トウがたち、ちょっと萎びた私も、温かい緑茶をすすりつつ頷く。


「ホント、早く収まってほしいっすよね〜。私も声優さんとかアイドルのライブ、前は結構行ってたんで」


 細い割にはめちゃくちゃ食べるTちゃんが、お弁当を食べ終えた後に、クリームパンに齧りつきながらそう言う。どれだけ食べても太らないなんて、羨ましい限りである。


「私もさ、コロナの前は、旦那の好きなアイドルグループのイベントに、時々付き合わされたもんよ。今は、ライブは主に配信のみになってるんだけど、今度、メンバーの子が出る舞台を一緒に観に行く予定なんだ。思いがけず、チケットとれたから」


 私がそう言うと、Mちゃんはパアッと顔を輝かせた。


「旦那さんと仲良しですよね〜! ヲタ活に理解がある奥さんていいですね! 私もまた結婚するならそういう旦那がいい!」


 実は、Mちゃんはバツイチなのである。


(次は、良い出会いがあるといいね♡ 頑張れ!)


 私は、心の中でそっとエールを送った。

 そして、初めて聞く『ヲタ活』という言葉を、口の中で転がしてみたのだった。


「ヲタ活? ヲタ活ねえ」


 Mちゃんいわく、推しを応援する活動は、全てヲタ活と言って良いらしい。そう言われてみると、私は新婚当初から、旦那のヲタ活に理解があるというか、むしろ好意的だったかも知れない。


 その頃は、某モデルさんのファンだった旦那に頼まれ、男性が買いづらい女性ファッション誌を本屋へ買いに走り、さらに、どんどん溜まってゆく雑誌の切り抜きをせっせと手伝い、彼女の初主演の舞台も、大阪まで一緒に観に行ったものだ。それがけっこう面白くて、自分も一緒に楽しんでいたような気がする。


 そして今は、某アイドルグループにハマっている旦那。私は、それを生暖かく見守っていたつもりだった。ところが、気が付けばメンバーの名前と顔が一致し、どの曲も二番まで歌えるくらい覚えてしまっていて、(料理しながら無意識に歌っとるがな……)というくらい、詳しくなってしまったのだ。旦那には、「声が若くないから歌うのやめて」と嫌がられてるけどさ……


「最近知ったんだけど、うちの旦那さ、実はももクロのファンみたいなんだよね。もう五十過ぎだよ!? キモくない?」


 友人からの電話で、そんな相談をされたことがあるのだが、私は、「え〜っ! 楽しそうでいいんじゃない?」としか言えなかった。

 他の友人たちも、旦那が若いアイドルやマニアックなアニメにハマろうものなら、白い目で見る人は多い。でも、私は別に良いと思う。って言うか、むしろ何かにハマっている人が大好物なのだ。


 と言うことで、とある土曜日、このご時世にとは思いつつも、旦那の好きな某アイドルグループのメンバーが出演するという舞台を観に、東京は帝国劇場へと足を運んだ。演目は『レ・ミゼラブル』である。

 しかし、うちの旦那は全く本を読まない人ゆえ、予備知識など当然ない。


「えっと、つまり、レミゼが男でラブルが女なん?」


 とか言うとるし……こわっ。


 思わず、彼を見る目が半目になってしまう。

 しかも、実はその舞台、旦那のお目当ての子の出演日ではなかったのだ! その役柄は、トリプルキャストで、日替わりで演じられている。誰が出る日か、よく確認してからチケットをとればいいものを、旦那の痛恨のミスである。

 あくまでも本人いわく、仕事は出来るらしいのに、けっこう残念なところがある男なのだ。


(ああ、またいらんこと書いてしもた……)


 とは言え、初めての『レ・ミゼラブル』。私は凄く楽しめた。主役はジャン・バルジャンなのだが、私は、フォンティーヌの歌う「夢やぶれて」が生で聞けたことに感動したし、エポニーヌ……あの娘の健気さには、もうホント泣けてしまって……

 しかし、隣に座る旦那が、ず〜っとお尻をもぞつかせていたので、それはもう、気になってしょうがなかった。なので、幕間の休憩時間に「何なん? もぞもぞし過ぎやで!」と注意したところ、「長いし、ケツ痛くてさあ。みんな偉いよな、ちゃんとお利口さんに座ってられて」だと。おい!

 でもまあ、推しの出ていない舞台を、寝ないで最後まで観ていられたことだけは、褒めてあげたい。


 さて、劇場を出て、駅までの道を並んでぶらりと歩きだしたときである。旦那に言うか言うまいか、今朝から悩んでいたことが、不意に頭をよぎったのだった。


 それは、秋葉原で開催されているとあるイベントに、一緒に行ってもらえまいかという誘いの言葉である。

 ここまで来たついでに、ごく短時間でいいから……と。


 とは言え、それをなかなか口に出せないのだ。

 何故なら、このご時世、あちこち行くのは躊躇われるというのは勿論のこと、何より、私の秘密がバレるきっかけになりはしないかと、ヒヤヒヤドキドキの案件だからである。

 ああ、しかしこのままでは、東京からはそこそこ離れた神奈川県某所へと、そのまま帰ってしまうことになる。


(何度も県を跨いで遊びに来るのは、さすがにいかんだろ〜)


 私は、ごくんと唾を飲み込んで、ありったけの勇気を振り絞った。

 大袈裟にもほどがあるとは思うが、私にとってはそれほど言い出しにくいことなのだ。


「あの……さ、私が最近気に入って集めてる小説、知ってる? コミカライズもされとるやつ」


「えっ、知らんけど。なんてタイトル?」


「……薬屋のひとりごと」


「知らん」


「……っ、そっか。家に小説もコミカライズ版もあるで?」


「へ〜、そうなんや」


「うん。それでさ、今、その作品のコラボカフェを秋葉原でやっとるんよ」


「もしかして、それに行きたいん?」


「うっ、うん……イヤ?」


「別にええよ。行こか」


「ええの!? やったあ!」


 自分の興味の無いことには拒否反応を示しがちな夫が何故に!?と、内心酷く驚きながらも、私たち夫婦はサクサクと秋葉原へと移動し、気がつけば、コラボカフェに入店していたのだった。


「いらっしゃいませ〜♡ 先にこちらでご注文お伺いしてま〜す♡」


 語尾にハートがついたような、可愛らしい声のお姉さんに促され、私と夫はメニュー表をじっと確認した。


「おとう、どれにするん? 私はこれ……」


 主人公の『猫猫まおまお』をイメージした、オレンジジュースベースの飲み物を選んだ。


「おれはソーダのやつ」


 夫は、主要キャラのひとり、『高順ガオシュン』をイメージしたドリンクを指さしている。


 もう大きいとは言え、息子たちが家で待っている。短時間で帰ろうと、私たちはドリンクだけ注文することにしたのだ。


「あの……えっと、これとこれを……」


 初めてのコラボカフェ、初めての夫を巻き込んだヲタ活……メニューを指さす私の指は震えた。ってことは無いにしろ、キャラ名を口に出して注文するのが、妙に気恥ずかしかったのだ。


「は〜い♡ 猫猫マオマオ高順ガオシュンのドリンクですね〜♡」


 お姉さんの、可愛らしい声が響き渡る。


「……っ、はい……っ」


 思わず頬が熱くなる。

 しかし、旦那は別に何てことなく、飄々とした態度である。

 店内は、コロナ対策のためか、ゆったりと余裕を持って席が配置され、文庫の挿絵である、美麗なイラストがあちこちに飾られている。

 私たちが入店したときのお客さんは、年齢こそ様々なようだが、女性ばかりであった。


(ふわあ、ここにいる人たち、みんなこの作品のファンなんやなあ!)


 そう思うと、何だか無性に嬉しくなってくる。作者でもないのに。


「えっと、それで? この絵で言うと誰が主人公なん?」


 さっそく運ばれてきたソーダドリンクを一口飲んだ後、旦那は興味津々といった様子で、オマケにもらったキャラのイラスト付きコースターを私に見せる。

 そこに描かれていたのは、主人公の猫猫と、友人の小蘭シャオランである。


(何か知らんけど、えらい食いつくやん)


 私はどきまぎしながらも、簡単に説明してあげねばと思った。


「こっちの女のコが主人公の猫猫やで」


「へ〜、じゃあ、この男は?」


 旦那は、私がもらったコースターを指さしてそう訊ねる。


「ああ、これは壬氏ジンシさまや。猫猫とちょっとええ雰囲気の人やで」


 なろうでも、あらすじや感想を書くのを大の苦手としている私の、たいそう大雑把な説明である。


「ふーーん。で、これってさ、どこで連載されとるん?」


「……し、知らんよ。たっ、ただ凄く流行ってるから、ちょっと読んでみよっかな〜って思って、気まぐれに文庫本買ってみただけやもん……」


(うわ〜ん! 堂々としたいけど無理ぃ〜!! 『小説家になろう』っていうサイトで連載中やで♡ とか、言えるわけないやん! バレるかも知れんやん! 私の秘密の創作活動が!)


 私の胸中は、まさに上を下への大騒ぎである。


「まあ俺、小説読まんし、帰ったらコミカライズの方貸して。そんなに面白いんやったら読んでみたい」


 旦那が興味を持ってくれたのは嬉しい。しかし、何とかコミカライズ版で踏み留まってくれて、内心ホッと胸を撫で下ろしたのも事実である。


 その後、私はしっかりと店内の写真を撮りまくって、大満足でコラボカフェを後にしたのだった。

 ヲタ活に快く付き合ってくれた旦那には、感謝せねばなるまい。


 帰宅後、夫はさっそくコミカライズ版の『薬屋のひとりごと』を貪るように一気読みしたのである。そして、「続きはいつ出るん?」と私に聞くくらい、面白かったらしいのだ。


「次はもう暫く待つみたい。小説なら随分先まで話が進んどるで? 既刊は全部あるし、読んでみる?」


(しまった! まるで、自分のなろう活動がバレるかバレないかのチキンレースを挑むようなこと言うてしもた!)


 私は咄嗟に後悔したのだが、「小説はムリ〜!」旦那のそのアホみたいなひとことで、取り敢えずその場は事なきを得たのだった。


 はあああ〜、良かったあ! ギリギリセーフ。私の最大のヲタ活の場は、これで暫くの間、安泰である。


 そう、この『小説家になろう』こそ、私の渾身のヲタ活の場なのだ。好きな小説の更新を、じりじりと待つだけじゃ何だか申し訳なくて、自分も書いているという、ある意味アクティブな読み専。最近、自分はそういうスタンスの人間なんだなあと思えてきたのだ。


 なろうを知ることができたのも、書く楽しさを知ったのも、大勢の優れた物書きさんたちや、素晴らしい作品に触れることができたのも、ひとつの作品にハマったことがきっかけだった。

 何かにハマるっていいな。

 推しがいるっていいな。

 世界が広がるもんなんだな。

 けっこう長く生きてきて、そんなことを初めて思った私なのである。

このご時世にどうかな……と思いましたが、私は病院勤務の清掃員のため、ワクチン接種済みですし、訪れた施設の感染予防対策もきちんとしていらっしゃったため、楽しかった気持ちをお伝えしたく、あえて投稿させていただきました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 夫婦で一緒に行動できる。 いやぁ~良いですねぇ! たとえどんな趣味であっても肯定し受け入れ、さらに付き合ってくれるのでしょう!器が大きい! [気になる点] よく「なろう」の活動が隠しきれる…
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