パンケーキと、豪邸と、銃
「何があったの!?」
ミクニが血相を変え、地下の武器保管庫からリビングに上ってきた。
シロンもそれの後を追うように、上がってきたものの、やはりその首から白い鍵はなくなっていた。
「俺もよくわかってねえ。"黒い仮面をつけた男"がここに突然現れた。そいつがシロンの鍵を持ってまた突然姿を消していなくなっちまったんだ」
「えっ!?」
ランペルの話を聞いた直後、シロンは自分の首元を確認する仕草をとった。
その様子はランペルにとってあまりに滑稽なものだった。
「えっ...って"黒仮面"はそっちに先に現れたんじゃないのか!?」
「現れてないわ、あなたの二型散弾銃の音を聴いて慌てて駆け上がってきたのよ」
ミクニも驚いたような表情でランペルに状況を話した。
「じゃ、じゃあ一体どうやって黒仮面はシロンの鍵を奪ったんだ...?」
「...能力、ですね」
シロンに続いて、タカハシ、マルチ、ルークスの3人もリビングへ上がってきた。
タカハシは、マルチ、ルークス、そしてシロンの顔をちらりと窺いながらランペルにそう答えた。
「能力?"能力者"なんてここ数年見かけてすらいないぞ。早々現れるもんじゃない!」
「だから、それが"今"だったってことだにゃ」
「それになんでそんな能力者が突然ここを突き止められるんだ!?シロンがこの家に運び込まれてきてからまだたったの数時間だぞ?」
ランペルは、"能力者"の話が出た途端、過剰な反応を見せた。
その姿に、シロンとルークスの表情は強張る。
「ランペル、少し落ち着きなよ」
ミクニが宥めると、ランペルは冷静さをやや取り戻した。
「...ひとまずシロンが湖に浮かんでいた理由と何か関係があるかもしれません。もっとそれよりも前から彼女が、いや白い鍵が付け狙われていたか」
「それか、その能力者の能力とやらが関係しているかもしれないわね」
"能力者"はこの世界に突然変異的に現れた存在である。
その人数は限りなく少なく、ランペルとミクニに関しては現在知るまでもないが、シロンと黒仮面のように能力者が同じ場所に二人も存在するということは極めて珍しい事態だった。
「白い鍵を奪われた以上、どうするか決めなければなりませんね」
「そんなの、あいつを追いかけるに決まってるだろう!黒仮面を!」
「それは無理ね」
ランペルの強い意見にミクニが反論する。
「黒仮面の能力が掴めない以上、彼を追跡することができない。彼が"自分の身を瞬時に遥か遠くに飛ばすことができる能力"を持っていたらもう私たちは、その場所を突き止めることも、追いかけることもできないわ」
「じゃああの白い鍵は諦めるのか?」
「いえ、諦めたわけじゃないわ」
「?」
ランペルはよくわからないと言った様子で、タカハシの方を振り返る。
タカハシはミクニの言わんとすることがわかっているような表情だった。
「これではっきりしました。白い鍵が"実在する"ということが」
「そうね、おまけについさっきシロンと出会ってすぐにでも、能力を持つような素性の知れない強者がこうして押し入ってきて鍵を奪っていった。つまり、あれはそう易々と手に入っちゃ困るものなのね」
「じゃあやっぱり...」
「あの鍵は"本物の白い鍵"。私たちはもう"外界の果て"を目指すしか無くなったみたいね」
ミクニたちは、ここ数年かけて最も重要視してきたことがある。
それは、"白い鍵の実在性"だった。
外界の果てを目指すということは相当なリスクが生じる。
加えてこのリスクを負うには、それ相応のリターンが必要となる。
そのリターンとは何を隠そう、白い鍵を手に入れて中枢へ向かうことである。
しかし彼らが外界の果てをなぜすぐにでも目指さず、情報収集に奔走していたかと言えば、白い鍵というものが都市伝説ではなく本当に存在するのかを確かめたかったからだ。
それも、正真正銘の白い鍵。
世界の中枢の鍵だ。
「あの黒仮面は、つまり中枢からの差金ってことなのか?」
「その可能性は高い、けど断定はできないわね。今からそれを確認しに行くわ」
「どうやって確認するんだにゃ?」
マルチはミクニにいつもの緩い声で疑問を投げかける。
「"ヨシナガくん"のところに行きましょう。"情報屋"の彼に話を聞いてからでも外界の果てを目指すのは遅くないわ」
"情報屋"とは、この世界特有の職務である。
一定の場所に拠点を置かず、複数の場所を転々としながら情報の売買を行う者のことを指す。
情報屋が売買する情報は大きく分けて三つ。
金額の高いものから順に、"中枢の情報"、"外界の情報"、"武器の情報"だ。
中には中枢の情報よりも高い金額で売買される外界の情報もあるが、大別するとこの順になる。
売買と同時に、情報の鑑定も行っており、定額を支払うことで情報の真偽を確かめることもできるが、情報屋がその情報の真偽を見定められなければ取引自体無かった事になる。
一見、イカサマに塗れていそうな職種であるが、完全な信頼業務であるがために、有益な情報を正しく扱わない情報屋のもとには顧客は訪れず、イカサマもすぐにバレて袋叩きにあうことも少なくない。
この世界において、情報は最も希少価値の高い代物であると言われている。
「ヨシナガくんって誰ですか?」
「タカハシはまだ知らなかったか。元々俺がいたトレジャーハンターのギルド専属の情報屋だったやつだ。今は独立してこの辺にも滅多に姿見せなくなっちまったがな」
「じゃあどうやってその、ヨシナガくんを見つけるのですか?」
「いくつかあいつに辿り着くためのルートがあるが、その全てがいつも通れる所かはわからない。シラミ潰しで探していくしかない」
「そうね、それに大人数で詰めかけるのを彼は嫌うから、二人ずつ分かれて探すのが良さそうね」
そのミクニの提案の通り、ヨシナガという情報屋に辿り着くためのいくつかのルートを二人一組のペアで当たっていく事になった。
ミクニとルークス、ランペルとマルチ、そしてタカハシはシロンとペアを組む事になった。
「彼に出会えたら、予算内で外界の情報を買えるだけ買うこと。それから今回の白い鍵の実在性と、黒い仮面をつけた男の情報を鑑定してもらって、条件が良ければ代わりに中枢の情報を一つでも引き出して。武器の情報を勧めてくるかもしれないけれどそれは無視ね」
「わかりました。ルークス、彼に出会えたら、予算内で外界の情報を買って、今回の白い鍵の...」
「いや今ちゃんと聞いてたよ!!二回言わなくてもわかるよ!!そこまで物覚え悪い印象だったっけ僕!?」
タカハシは何かとルークスにちょっかいをかけるのが好きなのは、シロン以外のみんなはよく知っていた。
シロンもクスクスと笑っている。
「概ね、4日間ね。それ以上かけて見つからなかったらここに戻ってくる事。もし間に合わなければ全員は待てない、ここに待機していなさい。いる人で先に出立するわ」
ミクニの言葉に、皆が一様に頷いた。
§
「どうして、私の能力のことをまだ話さないの?」
シロンは唐突にタカハシに質問した。
ランペルに言われた通りのルートで、ヨシナガくんを探しに街中へ出たタイミングだった。
確かに、白い鍵を失った現在、中枢へ直接向かう案は無くなり外界の果てを目指すこととなった以上、もうシロンの能力についてミクニとランペルに隠しておく意味がなくなったのは間違いない。
「んーそうですね、能力者はランペルの"妹"の仇だからでしょうか」
シロンは表情一つ変えずにタカハシの話を聞く。
「ランペルの妹は、かつてランペルと同じトレジャーハンターのギルドで皆に可愛がられていたらしいのですが、ある日、彼らのギルドが能力者の集団に襲われたことがあるらしいんですよ。その際にまだ幼かったランペルの妹は連れさらわれて、今はもう行方が分からなくなってしまったんです」
「私が、その能力者の集団の一員だと思ってるの?」
「いえ、それはもうかなり前のことですし、おそらくランペル自身もシロンが能力者と知ったところでそうは思わないでしょう。ただその話を古くから知っているミクニを含め、素性の知れない能力者のあなたを彼らはよく思わないかもしれない。だから言うのは今じゃないと思ったまでです。僕のエゴですね」
能力者襲撃事件はその犠牲者の多さから、当時その他のトレジャーハンターたちを震撼させる大きなニュースとして瞬く間に広まった。
なお、能力者たちは現在も全員素性不明、その行方もわからなくなっている。
「その事件以降ランペルのギルドも壊滅。ミクニが当時のランペルを救ったそうですよ」
「そうなんだ」
「...意外と反応薄いですねシロン」
「さっき彼の過去も見てきていたの。だから断片的なシーンの補足をあなたがしてくれたみたいなもの」
「能力も使いようですね...」
何にせよ、能力者というのはこの世界において謎めいた存在であることは間違いない。
彼らに対抗するために作られたのが、上空にそびえる中枢なのではないかという噂まで真実味を帯びて広まってしまっている。
つまり能力者の話をすること自体、半分タブーのようなものなのである。
「それで、これからどうするの?」
「まず僕たちは、"アジェンダ"という人物と接触しなければならないそうです。この方の居場所は一つらしいのでそこに向かえばいいだけみたいですね」
「それがその人の居場所?」
タカハシが持つファイルに挟まれた紙の資料に住所が書かれている。
紙ベースで情報が手渡されたのは、その後データをすぐに焼却できるようにするためである。
もう間も無くでその住所にたどり着く。
「にしても、街から少し外れたところにあるみたいですねその場所は」
街に出たはいいものの、すぐにそこを素通りし、目的地は街を出た奥にある小高い山の麓にあるようだった。
出発したのは明朝であったが、もう日の光も斜めに差すほどには時間が経過していた。
「シロン、もうすぐ着きますが、街を出る前に何か食べて行きますか?朝から何も食べていないでしょう」
「うん、お腹がすいた」
「ではそこのカフェにでも入りましょう」
街の出口の一歩手前、小洒落たカフェがあったのでそこで遅めのモーニングを摂る事になった。
看板メニューはベーコンと目玉焼きの乗ったパンケーキ。サラダもついている。
「シロン、私はこのパンケーキにしますが」
「ぱんけーき?」
「知らないのですか?」
「知らない。初めて見た」
「そ、そうですか。じゃあシロンもこれにするといいです。おいしいですよ」
言うまでもなく、シロンはもうメニューに描かれたパンケーキのイラストに釘付けだった。
「シロンはやはり知識の偏りがありますね。能力で見たことは、まるで本当に自分が体験してきたように詳しいですが、それ以外はからきしといった様子です」
「人の過去を見て得た情報は、本当にその人の体験と同じように情報を吸収できるの。そういう能力みたい」
「シロンの能力はまだ発達途中なのかもしれませんね」
「私も、自分の過去をもっと知る必要がある。でも今は限界があってそこを突破できない感覚がある」
「なるほど。もしその能力が覚醒でもすれば、きっとあらゆることが思い出せるようになると思います。そうなれるよう僕も協力しますよ。きっと大丈夫です、シロン」
優しげな目でタカハシはシロンを見つめながら、そう言った。
「...ありがとう」
「...え、何で少し顔赤いんですか?」
シロンはタカハシの頭を引っ叩いた。
§
パンケーキを美味しそうに平らげたシロンは満足げな顔でタカハシを先導した。
「シロン、パンケーキ食べてからというものご機嫌ですね。あまり離れすぎないでくださいよ」
「アレ、帰りも食べよう」
余程気に入ったようだった。
街を出てからしばらく歩いていると、遠くに見えていた山がもうすぐそこまで迫っていた。
その麓の住所がファイルに記載されていたが、こんなところに人がいるのだろうかと思うほどに当たりは静かな場所だった。
「この辺のはずですが」
「これは?」
シロンは、山の麓近く、鬱蒼とした茂みの中に、わずかに道らしき場所を発見した。
住所の座標と奇しくも重なる。
余程目敏くなければ見逃してしまうほど、そこは道と呼ぶのに適さない。
「進みましょう」
茂みに入ると、昼間にもかかわらず、曇天の夕刻のように辺りは薄暗くなった。
聞こえるのは茂みをかき分ける音と、二人の足音だけになる。
「本当にここなの」
「ここじゃ無かったらこのルートは諦めて次のルートにいきましょう。時間が惜しいですからね」
とは言ったものの、この道が"ルート"として正しかったことを知らされるものに行き当たった。
巨大な"格子門"だった。
頑丈な鋼でできており、高さも乗り越えることはできなそうなほどだった。
門の先はさらに道が続いているが、この道は綺麗に舗装されていた。
それも煉瓦造りの立派な歩道だ。
「どうやらこの先みたいですね」
「この門、開かないよ」
既にシロンは躊躇うことなく門をガシガシと引っ張っていた。
意外にもチャレンジャーな彼女である。
「シロン、それでは開きません。こっちです」
タカハシは門の上部に設置されたカメラを指差す。
するとタカハシはカメラに向かって、右手の人差し指と小指、左手の親指と人差し指、中指を立てて見せた。
シロンからすれば、カメラにポージングを決める滑稽な光景に見えたが、しばらくすると、微動だにしなかった格子門がゆっくりと開いていった。
「どういう意味?」
「さあ、そういうのはマルチが詳しいんで今度聞いてみてください。先を急ぎましょう」
煉瓦道はこれまた長く、先刻の道無き道に比べれば遥かに歩きやすいものの、なかなか終わりが見えなかった。
「これ、山登らされてますね。住所は確かにあの麓でしたが、終着点は山の中みたいです」
「もう、お腹空いてきた」
出発してからというもの、タカハシたちはもう半日以上歩きっぱなしだった。
細身で朝からパンケーキしか食べていない二人には厳しい道のりである。
しかし、しばらくすると、ようやく光明が見えてくる。
「な、何あれ」
「...すごいですね」
二人の目の前に現れたのは、とてつもなく広大な豪邸だった。
直方体がいくつも複雑に積み重なったようなモダンなデザインの邸宅だ。
煉瓦道はそのまま豪邸の入り口につながっており、その入り口の扉も巨大なものだった。
到底人間一人の力で開けられる代物ではない。
例の如く、シロンは扉をまたガシガシしているが、今回に至っては、扉に掴むところすらなかった。
「ここがアジェンダの居場所なのでしょうか」
「ようこそ。タカハシ様ですね」
すると突然、タカハシの横から男の声が聞こえる。
そちらの方を向くと、黒いジャケットにスラックスのネクタイを締めた男性がこちらに向かって歩いてきた。
タカハシは念を入れた警戒から、すぐにでも一型拳銃を取り出せるよう構えたが、相手は武装している様子はなかった。
「...大丈夫、彼はここの使用人」
シロンが小声でこちらに伝える。
おそらく彼の過去を断片的に見たのだろう。
「そちらの方もご一緒にどうぞ。中でアジェンダがお待ちです」
「荷物の持ち込みは?」
「ご自由にどうぞ。拳銃でも、散弾銃でも」
使用人はそう言ってニコリと微笑むと、二人に先導して自動で開いた扉の中へと進んでいった。
§
アジェンダのいる部屋は建物の入り口から一番遠い部屋だった。
同じ屋内であるにもかかわらず別々の階段やエレベーターをなぜか二回ずつ上り下りした。
どうやら部屋にたどり着くのにも一定の"ルート"があるようだった。
タカハシがここにきてうんざりしたことは、この先にいるのはヨシナガくんではなくアジェンダという人物であるということだ。
ヨシナガくんへの手がかりをアジェンダから聞き出す他にない。
「こちらの部屋にアジェンダはおります、では私はこれで」
そういうと使用人はスタスタと歩いて行ってしまった。
てっきり自分たちのことを紹介してくれるものだと思っていたタカハシは少々拍子抜けしてしまった。
「シロン、部屋に入ったら...」
「わかってる。過去を見ればいいんだよね」
「よろしくお願いしますね」
そう言うと、タカハシはの扉にノックを三回して、部屋へと入った。
赤い絨毯、壁際には彫像や壺、絵画、天井には豪華な飾り照明。
そして正面の、緻密な装飾の施された椅子に、一人の人物が腰掛けていた。
「来たね。」
女性。
美しく染められたような黒髪に、艶やかな髪飾りがコントラストを描いている。
絨毯の赤とは裏腹に、夜に溶け込むような聡明な青のドレス。
ドレス表面の装飾が、飾り照明に照らされ煌めいて見える。
線もしなやかで細く、長い。
ヒールを履いているのはわかっているが、ミクニよりも高い身長であることは間違いなかった。
タカハシの思い描いていたアジェンダとはあまりにもかけ離れた彼女の姿に、数秒身動きが取れなかった。
シロンは、さっきと変わらない表情で彼女を見ている。
きっと、過去を見ているのかもしれない。
「あなたがアジェンダですか?」
「そう。私はアジェンダ。あなたとヨシナガの仲介人。よろしく。」
「話が早いみたいですね」
アジェンダは妖艶な笑顔を振りまく。
そして、スッと彼女はシロンの方を見やった。
「あなたは能力者ね?流れているわよ?」
シロンは目を見開いた。
全く動揺のなかった彼女には珍しい表情だった。
「...何が、流れてるの」
「能力者が能力を使うとね、"流れ"が生まれるのよ。そこに。空間に。世界に。」
「その流れが、見えるんですか?」
「"見える"と言うより、"感じる"ね。"流れ"を悟られるようでは能力者としてはまだまだ未熟。大方、私の意識や記憶を見抜くような能力なのでしょう。」
能力の内容までアジェンダは言い抜いてみせた。
シロンはおろか、タカハシもその額に乾いた汗を滴らせる。
「安心して。別にあなたたちを取って喰おうとは思ってないもの。あなたたちをヨシナガの元に導く。ただそれだけ」
「どうすれば、彼の元まで行けるんですか?」
「彼のもとへ案内することは、容易。でも今のあなたたちは彼のもとに行けば殺される。ヨシナガではない誰かに。」
「なぜ殺されるんです」
「ヨシナガは、もうその辺の情報屋とは一線を画すほどに高価な情報を取り扱っている。今この世界のあらゆる強者、要人が彼の情報を求めている。情報欲しさに彼をつけ狙う輩は後を絶たない。つまり、そいつらから彼を護衛できるほどの力を持っていなければ、彼が"表"に出てきた瞬間にその輩にあなたたちは殺される。そういうこと。」
付け加えて、アジェンダがヨシナガくんに繋がるパイプを持っているという情報自体が非常に高価であると彼女は言う。
それをわかってここに来たことに関しては、彼女はタカハシたちを買ってくれているようだった。
「今、ヨシナガくんはいわば身を潜めているということですか?」
「そうね、彼はいくつかの決まった条件の時にしか表舞台に姿を出さない。そのうちの一つが、"私が彼を求めた時"よ。」
彼とはどういう関係なのですか、と聞きかけたその口をタカハシは紡いだ。
重要なのは、どうしたらヨシナガくんに会えるのか、だ。
「この世界に何種類の武器があるか知っているかしら。一般的に流通しているものよ」
「18種類ですね」
「そう。ブラックバック、クリプトグラフ、ダブルミリオン、チーター、フォーミュラ、シックスティツー、クォーターホース、ヘルタースケルター、スリーナイン、グレイハウンド、マジェスティ、セブンティーン、プロングホーン、ファランクス、テントゥエンティ、ガゼル、スケープゴート、フォーティナインの18種の銃火器が存在している。あなたはこの内何種類を扱うことができるかしら。」
「11種類です」
「あなたは?」
アジェンダはシロンに聞くが、シロンはもちろんどれも扱うことができないので首を横にふる。
「そう、じゃあ二人とも、18種類全て扱えるようになれば彼のもとに案内してもいいわ」
「18種類...全てですか?」
「えぇ」
「時間がないんです、少なくとも3日後にはここを出発しなければならない」
「条件は変えられない。無理ならそれまでね。」
出発から4日後、帰路のことも考えれば3日後にはここを出発して戻らなければなかった。
それがミクニが設けた限界日数だ。
限界日数を過ぎて戻らなければ、おそらくそれ以外の皆は外界の果てへ出立するだろう。
それが、この冒険者の世界での掟だった。
「ならば引き返します。あなたを頼る以外のルートでヨシナガくんに接触するしかありません」
「どちらにせよ、彼に会うのであればそれだけの能力は必要不可欠よ。」
「ですが時間がありません。僕だけならまだしも、彼女が全ての武器を扱えるようにするなど。彼女だけここに置いていくわけにも行きませんからね」
そう、タカハシであればギリギリ達成できなくもない条件ではあった。
しかし、黒い仮面をつけた男の襲撃などを考えたとき、シロンを今一人にすることは難しかった。
たとえこの豪邸の中であっても、この場にいる全員を信用する余裕などタカハシにはなかったのである。
するとシロンは、タカハシの袖口を掴んで答える。
「私、できるよ」
「なんと。」
「シロン、一般的に銃火器に慣れていない人間が一から武器を扱えるようになるには2年は必要です。それを18種類もいきなり扱えるようになるなど...」
言いかけたタイミングで、シロンとタカハシの目がバチリと合う。
「なるほど、能力ですね」
シロンはニコリと笑みを浮かべた。
「アジェンダ、この場に武器の扱いになれた使用人を出来る限り召集してはくれませんか。邸宅の警護が薄れるというのなら交代交代で構いません、ほんの数秒ずつ彼女と接触させてください」
「なるほど、やはり人の記憶を覗く能力のようね。おまけに見た記憶はその人物が経験したものと同じように自分にも反映させることができると。」
「まあ、そんなところです」
「フフ、構わないわ。どんなやり方であれ、条件を満たせばあなたたちをヨシナガの元へ連れて行く。それが私の仕事。」
「ありがとうございます」
シロンもアジェンダにペコリと頭を下げる。
それをにこやかにアジェンダは受け取ると、部屋を後にした。
§
2日が過ぎた。
タカハシたち残された時間は、ヨシナガに会うための1日と、帰るための1日だった。
タカハシは、3日目の朝、アジェンダの邸宅の地下にある訓練場を寝ぼけ眼で訪れた。
彼もいわば、今日の段階で既に、残された7種類の武器を完璧に扱えるようになっていなければならなかった。
無論、彼には能力はないため、自力でその目標を達成しなければならない。
おかげでこの2日間は、指、腕、肩、頭に相当な負荷がかかり、それらの部位にあまり感覚が残っていなかった。
タカハシは、感覚のない左肩をぐるぐるを回しながら訓練場の入り口を入ると、明朝にもかかわらず、銃の音が鳴り響いていた。
それも一発ごとに異なる質の音が響き渡る。
「早いですね、シロン」
「寝てないの。でももう終わった。完成」
「もうここに来て翌日の昼には全て扱えていましたからね。使用人の方々に感謝を言わねばなりません」
シロンはもうすでに18種類全ての武器を2日前には扱えるようになっていた。
各武器を専門に扱っている使用人の記憶を一人一人、少しずつ断片的に切り取ってつなげていくことで、シロンの中には武器の扱いの経験が蓄積されていき、今朝の段階ではもうほとんどの武器の扱いは達人の段階に達していた。
やはり能力者というものは、どこか規格外の存在であると認めざるを得ない。
「あなたは、大丈夫なの?タカハシ」
シロンは、いまだ呼び慣れない名前を呼んだ。
先日から、シロンに名前で呼ばれたことのなかったタカハシが要望を出し、名前で呼んでもらうように頼んだのだった。
「僕もなんとか間に合いそうです。今日の正午、アジェンダ本人に腕前を見せて、二人とも合格ならばそのままヨシナガくんの元に案内してくださるそうですよ」
「そう。お互い頑張ろう」
「はい」
頑張ろう、などとシロンが言うのが少しおかしくなって、タカハシは笑みを溢す。
しかし、その時にはもうシロンは次の武器に持ち替えて、射撃を試していた。
ところで、決して彼女は筋肉質というわけではないが、長時間撃ち続けても痛みを感じないそうだ。
どうやら、能力による経験の積み重ねはそうした身体的蓄積も加味されているようで、しかし見た目に変化が訪れないという奇妙なものだった。
見た目は細い腕でも、筋肉としての経験だけそこに付与されているというべきか。
タカハシは、シロンの横の射撃台に並び、唯一仕上がりの甘い一型散弾銃を取り出して最後の調整に入ることにした。
シロンは隣で、三型狙撃銃を2キロ先の的に命中させていた。
まず、この邸宅の地下に直線距離3キロの空間があることが驚きだが、設定できる最長飛距離で的に命中させているシロンにタカハシは思わず息を飲む。
「なんか、ずるしてるみたい」
「え?」
「私は、こうして他の人が必死で訓練してきたことを、努力もしないで盗んで自分のものにしてる」
「...」
シロンのどこか物憂げな表情を、タカハシは黙って見つめる。
「アジェンダの過去も見た。酷い過去だった。家族はトレジャーハンターとして外界に出たものの死体となって街に帰還。その後彼女本人は賊の間で人身売買されて、日銭を稼いで生きていた。どうして今のこの豪邸に住めるようになったのかまではわからないけどね」
「シロン、いつの間にそこまで人の過去を見れるようになったのですか」
シロンは、出会ったつい数日前までは、一人につき断片的に3つほどの過去しか見れなかった。
しかし、すでに現在の時点で使用人やアジェンダの過去について、かなり多くの過去の情報を彼女は見出していた。
「目覚めてから今まで、タカハシたち、街ですれ違う人々、アジェンダや使用人、それらの人の過去を見るたびに、その過去の範囲がどんどん拡張されていくようになったの。その度に私の経験もどんどん蓄積されていって、彼らの感情までも流れ込んでくる。私は、そうして人の努力を奪って、気持ちを覗き見てるんだ」
そういうと、シロンは再び三型狙撃銃で遠い的の中心を撃ち抜く。
しかし、そこに喜びの感情はなく、ただトリガーを引いただけだと言わんばかりの表情を浮かべた。
「シロン、それはすごいことですよ」
「...?」
「あなたは、誰よりも"人の気持ちがわかる"ということです。そしてその人に寄り添うことができる」
「違うよ私は...」
「では、アジェンダの過去を見て何も感じなかったのですか?酷い過去とシロンは言いましたが、それは彼女を嘲笑したのですか?」
「...」
「違うでしょう。気持ちを汲み取って悲しくなったはずです。あなたが盗んだという他人の経験も、その気持ちに応えるために使えば、それはとても素敵なことです」
シロンは黙って考え込むそぶりを見せた。
確かに、シロンの能力は自らを記憶の器として、他人の記憶をそこにため込んでいくという、あまりに強力で、あまりに有用な能力だった。
能力に対するリスクもなく、大きいリターンが望まれる能力。
そんな力にこの数日でシロンはすでに疲弊していたのである。
ゆえに、考え方を180度変えたタカハシのその言葉に、虚を衝かれ、同時に彼女に安らぎを与えた。
「...でもそれってでも少し、都合いいかも」
シロンのいうことにタカハシが少し笑う。
「確かにそうかもしれないですね。意外と僕は偽善者かもしれません」
「意外とって、自分じゃ言わないかも」
そう言いながら、シロンも少し笑った。