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中枢と、白い鍵と、女の子

とりあえずゆるーく不定期で始めます。

溜まったら定期投稿にできたらと考えています。

 空に浮かんだ直方体を、タカハシは今日も眺めていた。


 夕刻の穏やかな、黄昏色の空。

 その雲間に、とてつもなく巨大な建造物が斜めに、上に向かって刺さっている。

 その直方体の一辺の角が、ちょうど真下の地面に向いていた。


 "世界の中枢"と呼ばれているそこに、タカハシは未だ行ったことがない。


「またここにいたのか」


 高台で中枢を眺めていたタカハシは、後ろからの声に少しビクついた。

 振り向けば、ランペルがそこにいた。

 ランペルは、少しばかり筋肉質で、野太いがよく通る声の男だった。

 背も高く、性格もやや横柄で、タカハシはいつ彼から殴られてもいいように、話をするときは腹筋に少し力を入れる。

 無論、ランペルはタカハシを殴る予定などなかった。

 タカハシは、やや被害妄想にふける男だった。


「まあ確かに、ここは"中枢"を眺めるにはもってこいの場所だけどな」

「眺めてるだけじゃ、いつまで経ってもあそこには行けませんよ」

「仕方ねえだろ、俺たちはまだあそこに入る"資格"がない」


 世界の中枢は、空中にそびえる巨大な白い直方体の建物で、この世界のちょうど真ん中に位置していると言われている。

 空に向かって斜めに刺さっているこの建物は、そのあまりの巨大さに全貌が見えない。

 雲間から見え隠れするほんの一部だけでも、地上にあるどの建物をも凌ぐ圧倒的な大きさだ。


 この世界の中枢には、誰でも入れるわけではない。

 ある条件を満たしているものでないと入ることは許されていない、という噂だ。

 その条件は3つある。


 一つ目は、中枢に到達出来る者。

 これは単純に、空中に浮かぶ中枢まで、何かしらの方法で到達することができるかどうかということだ。

 この世界において、上空を飛行する行為は制限がかけられており、行く手段はいくつかに限られる。


 二つ目は、白い鍵を持つ者。

 この条件はに関しては謎が多い。

 噂によれば、中枢に到達した者は白い鍵の提示を求められ、もし持っていなかった場合はその場で殺されると言われている。

 そもそも、この白い鍵というのは何かを比喩して言われているモノなのか、それとも本当に白い鍵の形の物体なのか、そこから既に明らかにされていない。

 そして、持っていなかったものが殺されるというのも、どのように殺されるのか、そもそも本当に殺されるのかも、定かではない。

 この二つ目の条件に多くの者が尻込みし、中枢に近づく者はほとんど現れていない。

 タカハシたちもその多くの者たちの一塊に過ぎなかった。


 三つ目は、中枢から帰還しなくてもよい者。

 これもあくまで噂に過ぎないが、白い鍵の提示を求められると同時に、中枢に入った者は地上へ再び帰ることはできないという旨を伝えられるという話だ。

 もし仮に、白い鍵を提示できたとして、その条件を飲めなかった場合どうなるのか、ということはいまだ明らかにされていない。

 タカハシもこの三つ目の条件に関しての信憑性が薄いため、現在はあまり重要視していなかった。


 この三つの条件を克服した者が、世界の中枢へ入ることを許される、とされている。


「タカハシ、そろそろ帰るぞ。遅くなるとミクニに怒られる」

「そうですね、ミクニさんを怒らせると料理に何を混ぜられるかわかったもんじゃないですからね」

「いや、あいつはそこまで酷いことはしねえと思うが...それ絶対ミクニに言うんじゃねえぞ」


 ミクニ、と言うのはタカハシ、ランペルと共同生活(シェアハウス)をしている女性だ。

 手足の長い綺麗な身なりが特徴で、ランペルはミクニにずっと前から好意を寄せているらしい。

 彼女は料理が得意で、朝と夜に全員分の食事を作ってくれる料理番でもある。

 心優しい反面、食事の席に全員揃っていないことを極端に嫌い、遅れた者をこっぴどく叱る。

 タカハシたち二人も叱られた経験がもちろんあり、思い出すと身震いをするほどだ。

 そんな経験から、二人は帰路を急いだ。


 とは言っても。


「よし、入れ」

「ありがとうございます」


 ランペルは懐から、手に収まるほどの黒い球体を出すと、球体上部のスイッチを押し、その場に"出入り口(ゲート)"を出現させた。

 出入り口(ゲート)と言うのは、いわばワープホールだ。

 壁面、床、天井、空中にも出現させることができる縁のない四角い枠のようなもので、そこをくぐれば任意の場所に移動することができる。

 しかしこの移動先は、事前申請による登録が必要で、移動先に問題があれば申請が通らないこともある。

 また一つの球体(デバイス)に登録できる移動先は一つのみである。

 この申請登録を受け付けているのは、"出入り口(ゲート)管理委員会"といういかにもな名称の団体だ。

 

 つまり、帰路を急ぐとはいえ、この球体(デバイス)さえあればいつでも帰ることはできるのである。

 ランペルは家への出入り口(ゲート)を開く球体(デバイス)の管理を任されていた。


「おっ!おかえりだにゃあ」

「ただいま、マルチ」


 出入り口(ゲート)をくぐった二人をマルチという女性が出迎えた。

 マルチは顔の可愛い女の子で、"にゃぁ"とか"みゃあ"とか独特の語尾で話すのが特徴だ。

 家で出る洗濯物は全て彼女が洗ってくれており、掃除も得意だ。

 だが、料理は大の苦手なので、その点をミクニと家事分担しているというわけだ。

 ちなみにタカハシは炊事洗濯掃除のどれも大の苦手である。


「あら、帰ったの。もうご飯できるわよ」


 同時に、ミクニも調理場から顔を覗かせ、帰った二人を出迎えた。


「いい匂いですね。あれ、そういえばルークスはまだ帰ってないのですか?」

「そうなの。もう、ご飯までには帰ってきてって言ってるのに。あの子のだけご飯に何か混ぜてやろうかしら」

「あはは...」


 その一言を聞いてタカハシとランペルは顔を引きつらせる。

 ルークスというのは、タカハシよりも少し若い青年で、たびたび外出してはこうして夕飯に遅れる常習犯だった。

 しかし、中枢に関する情報を何処かから仕入れてくることも多く、その人脈はいまだ謎に包まれている。

 その点ミクニも彼には少しだけ甘く、多少の遅れは許していた。

 彼は球体(デバイス)を持ち歩いていないため、いつもレンタルの自動転回車(アクロモルタ)を漕いで帰ってくる。


「まあ遅いってことは何か収穫があるのかもにゃぁ」

「そうか?あいつは何かを掴んでこようがこまいが、いつも帰りは遅えぞ」

「どっちでもいいわ。マルチ、食卓にお皿運ぶの手伝って?」

「うみゃあ」


 彼らの住む家は、かなり広いところであった。

 調理場、食卓、リビングが一直線に見渡せる広大な部屋に、二階へ続く階段が脇にあり、そこを登ると各々の部屋が一人ひとつずつ用意されている。それでも個室にはいくつか余りがあり、その他に洗面所、風呂、トイレが別々にある。

 ちなみに生活用品や消耗品、食材の買い出しはタカハシとランペル、そしてルークスが交代で行っている。

 一回の買い物で一週間分ほど買い込むので出費が激しいが、マルチが謎の副業で稼いでいるという大金によってそれが賄われていた。

 怖くて誰も詳しい金の出所について深く詮索したことはない。


 しばらくすると玄関の方から何かドタドタと物音が聞こえた。


「なんだ、ルークスが帰ってきたんじゃねえか?」

「にしてはなんか騒々しいわね、いつもはバレないようにそぉーっと帰ってくるのに。バレバレだけど」

「僕、見てきますよ」


 食卓の準備を進めるミクニたちを気遣い、タカハシは玄関に様子を見に行く。

 するとそこには、案の定ルークスがいたのだが。


「おあっ!タカハシ!ねえこれ見てよ!」

「い、一体どこから"連れてきた”んですか!?」

「違うんだ、あそこのこの前みんなで行った湖に気を失って浮かんでたんだ!でも息はしてるから大丈夫だ!それよりもこっちだよこっち!」


 ルークスは、湖から"白い髪の女の子"をどうやら担いできたようだった。

 ルークスも女の子も、体はびしょびしょに濡れていて今にも風邪をひきそうだったが、ルークスは興奮醒めやらぬ表情で、女の子の首元を指差していた。

 そこを見てみると、さしものタカハシも驚きを隠さざるを得なかった。


「それって...」


「白い鍵だよ!この子、白い鍵を首から提げて湖に浮かんでたんだ!」


§


 ミクニが作った、根菜のゴロゴロ入ったスープはとても美味しそうで、タカハシはすぐにでもありつきたかったが、状況が状況なので今は我慢する。


 ルークスの連れてきた白い髪の女の子は、背丈はこの5人の誰よりも低かったが、そもそもこの5人はそこそこ身長が高いのでチビとは言えない程だった。

 顔立ちから見て年齢もタカハシとほとんど変わらない程だと見受けられた。

 今は気を失って眠ってしまっているが、呼吸はしっかりとしていた。

 そして何より、首から紐のようなモノで提げられた白い鍵に、5人とも興味津々だった。


「これがあの噂の白い鍵ってのか?ただのオモチャとかなんじゃねえの?」

「いや、オモチャにしては精巧に作られ過ぎてるわ。それにこの小ささに反してこの重量感。なんらかの鉱石が削られて作られてるに違いないかしら」

「みゃあ、マルチにも見せてぇ!」


 皆、白い鍵をそれぞれ手に取って眺めては、思い思いの意見を口にしていった。

 例の噂に関して、白い鍵に対する情報が少なすぎるという点から、皆まだ半信半疑と言った様子だった。

 しかし、どれもこれも、詰まるところ実際に中枢にて確認してみないことにはわからないことだった。


 そんな中、ルークスは皆が一番言い難いことを言った。


「ねえ、中枢に行って確かめてみようよ」


 すると皆似たような苦い表情でルークスを見つめた。


「なんだみんなマルチ作った料理を食べた時みたいな顔して」

「にゃっ!?それはさすがに失礼じゃにゃいか?」

「ルークス、それは危険すぎます。殺されるかもしれないんですよ?」


 タカハシは、中枢へ入るための二つ目の条件に関して、ある懸念していた。

 白い鍵を提示できなかったものは殺される、という噂だ。

 確かにこの白い髪の女の子が持っているのは白い鍵であることに間違いはないが、それが中枢が求めているモノかどうかは、やはり定かではなかった。


「でも行ってみなきゃずっとわからないままじゃないか、せっかく訪れたまたとない機会だよ?」

「それはそうだけどなぁ、死んじまったら元も子もないだろうが」

「なんだよランペルまで、君が一番中枢に行きたがってたじゃないか。あそこには"何か"ある、っていつも息巻いてたのに」

「ねえ、みんな待って」


 話がヒートアップしてきたタイミングで、ミクニが何かに気づいた。

 ミクニの視線をみんなが追うと、目を今にも覚ましそうな様子の白い髪の女の子がそこにはいた。

 まだ意識が朦朧としているのか、小さく唸り声が聞こえる。


「ぅう...」

「おい、あんた!!平気か!?」

「...ん」

「どうやら気がついたみたいね」


 ランペルの強い呼びかけに、白い髪の女の子はパチっと目を覚ました。

 その瞳は青く澄んだ美しい色だった。


「...あなたは、誰?」

「俺はランペルだ。あんた、自分のことわかるか?」

「らんぺる。ん...そう言えば、思い出せない。私は...誰?」

「典型的な記憶障害ですね。厄介なことになりました」


 白い髪の女の子は、あたりをキョロキョロと見回して、不安げな表情を浮かべている。

 言葉が話せる分、意思疎通には困らないようだが、自分の素性やこの世界についての知識には乏しいといった様子だった。


「ねえ、あなた。この白い鍵は何かわかる?」

「おい、まだ目覚めたばっかだぞ?いきなりそんなこと聞いても」

「いいから」


 ミクニがランペルの意見を無視してじっと白い髪の女の子を見つめる。

 白い髪の女の子は、自分の首から下げられた白い鍵を見つめ、しばらく考える素振りを見せる。

 そして。


「んー、これは...何かだいじなもの」

「大事なもの?」

「そう、これをある場所に持って行かなきゃならない...気がする」

「...中枢のことだよ!!」


 白い髪の女の子の言葉に、ルークスがすぐさま反応する。

 ルークスは目を輝かせて、ランペルの方を"ほらみろ"と言わんばかりの表情で嗜めた。

 ランペルは依然、渋い表情でルークスの方を見返した。


「それ以外にわかることはないかしら」

「...んー、この鍵をたくさんの人が欲しがっている、から早くある場所に行かなきゃならない」

「どうやら、決まりみたいだにゃ」


 マルチのその言葉に、もはや誰も疑いをかける余地はなかった。

 この白い髪の女の子が持つ白い鍵は、本物であると認めざるを得なかった。

 確証はないが、そうであって欲しいという全員の考えが重なってしまった。

 もう、中枢へ行くことを躊躇う人物は、その場には存在しなかった。


§


「髪が白いからシロンっていうのはどうかにゃ」

「安直だねマルチはいつも」

「僕の時も、服にタカハシって書いてあったからタカハシにしてましたしね」

「覚えやすくていいじゃにゃーか!」


 マルチ、ルークス、タカハシのやりとりを、白い髪の女の子、改めシロンはニコニコしながら眺めていた。

 食卓に出された、根菜のスープも美味しそうに食べており、意識ももう完全に戻っているようだった。

 精神状況も安定しているように見える。


「シロンがいい。いい名前」

「ほらにゃ!シロンは違いがわかる女だみゃ」


 得意げなマルチを尻目に、ミクニとランペルは依然険しい表情のままだった。

 これほどまでに順調に計画が進んだことなど今までなかったのである。


「俺たちがここ二、三年苦労して集めてきた情報はなんだったんだ」

「それを今言っても仕方ないじゃない。こうして現に白い鍵が私たちの元に巡ってきた。それもこれも無駄じゃなかったかもしれないじゃない」

「それもそうだけどよ...」


 ランペルは、誰よりも中枢に行くことへの願望が強い人物だった。

 彼の経歴当初、トレジャーハンターの用心棒として雇われていたランペルは、度々中枢内に隠されている"秘宝"の噂を耳にしていた。

 基本的にトレジャーハンターは"外界"での任務がその全てであり、中枢を狙いに行くような無謀なハンターは存在せず、もし存在していたのであればいくら金を積んででもランペルはそいつに雇ってもらう心算(こころづもり)だった。


 "外界"というのは、いわば世界の外側と言われている区域だ。

 中枢を中心として外側に向かってずっと進んでいくと、中枢から遥か遠くのある一定の区域以降、その先に進めないように関所が設けられている。関所は中枢を中心として大きな外円状の壁となっており、それより外側に進むためには"権利書"が必要となる。

 権利書を手に入れる手段はいくつか存在するが、その一つがトレジャーハンター又はその用心棒としての功績だった。

 高い功績を挙げれば権利書が発行され、その先のハンティングを行うことができるようになる。

 ちなみに、関所は最初の一箇所だけではなく、噂では4段階に設けられているらしい。

 さらにその4段階目の権利書を使って関所を進んだ先は、"外界の果て"を目指すことができるようになっており、未だその外界の果てにたどり着いたことがある者は存在しないという、これももっぱらの噂だ。

 加えて言えば、外界の果てにたどり着いたものは、4枚の権利書と引き換えに、白い鍵が与えられるとも言われており、中枢を目指す者はこの外界の果てを目指すのがほとんどであった。


 無論、ランペルたちもその例外ではない。


「それがいきなり白い鍵が先に俺のもとまで来ちまうなんて...」

「いいじゃん!これで外界の果てを目指す必要もなくなったんだ、危険を冒さずに済むってもんだよ」

「お前はどこまで楽観主義者なんだか」


 不安で胃がキリキリとなるランペルとは裏腹に、ルークスは好奇心で目の前が真っ白になっているような面持ちだった。

 タカハシもどちらかと言えばランペルと同じ気持ちではあったが、こうなった以上は引き下がれないと腹を括っていた。


「それで、出発はいつにするんですか」

「中枢を目指す自動操縦車(アクロモビル)なんて目立って仕方ないからね、次の明け方よりもう少し早い時間に出発するわ。夜間モードで夜闇に紛れれば、気付かれはしないわよ」

「シロンはどうするのにゃ?」

「もちろん連れて行くわ、いいわよねシロン?」

「ん。私は大丈夫」

「じゃあ決まりね、明朝三刻。各々装備を整えてタカハシの自動操縦車(アクロモビル)で出発よ」


 ミクニはそういうと、目の前のスープを全て飲み干して調理場に皿を洗いに向かった。



「記憶を失っているというのに、やけに中枢を匂わせる発言が多いのですね、シロン」



 不躾に、語気を強めに、突然タカハシはシロンに質問を投げかけた。

 それは質問というより、尋問に近い問いかけだった。


「なんだタカハシ、藪から棒に...」

「ルークス、しばらく静かにしていてください。大事な質問です」


 いつもは弱腰なタカハシの言い草に、ルークスも思わず黙り込む。

 食事を終え、リビングに移動したタカハシ、シロン、ルークス、マルチは各々がソファや座椅子に腰をかけていた。

 ランペルはミクニを手伝いに調理場へ向かっていた。

 リビングでの会話はミクニとランペルには聞こえない。

 マルチは、タカハシの様子を見て、少し背筋を伸ばした。


「どうして...そんなこと聞くの」

「いえ、自分の名前は記憶にないのに、それを差し置いてなぜその白い鍵が重要であることは理解できているのかが知りたいだけです」

「記憶がそこだけ、残っているから」

「そうですか、もしそれが本当であればそれでいいでしょう。僕はてっきりシロンが僕たちをあえて中枢に誘導するかのように断片的に情報を与えているように感じたのです。やけにことが順調に運んでいるので盲目になっていましたが、少しおかしいと感じたので」

「...」


 シロンは黙り込んだ。

 まるで嘘をついたのを悔いているかのような顔つきになった。

 信頼を得ようと取った行動が、逆に信用を損なう結果となってしまった、と言わんばかりの表情だ。


「私は...」

「私は...なんですか?」

「私は、少しだけ嘘をついてた」

「そうですか、その嘘とはなんですか?」

「まず...記憶を失っているというのは本当。でも白い鍵のことは覚えていたことじゃなくて、さっき目覚めた後に知ったこと。だからそれが嘘。」

「どうやって知ったのですか?」

「私は、私に関する過去と、他人の過去をほんの少しだけ断片的に見ることができる能力を持っているの。それはさっき気がついた」

「気がついた上で、どうして僕たちに黙っていたのですか」

「気がついた直後、私は自分の過去を断片的に見たの」


 シロンはその際に見たことは次の3つだと言う。

・自分の能力を誰かに明かしてはいけないと誰かに言われている過去

・多くの人が白い鍵を求めて自分を追いかけてくる過去

・白い鍵を何処かへ持って行くことを告げられている過去


 加えて、能力を発動している間は周りの時間は止まったかのように動かなくなり、過去を見終えると再び周りの時間が動き出す、と言うような感覚があるとシロンはタカハシたちに話した。


「その能力が本当であるということを証明できますか?」

「わかった...少し待って」


 するとシロンはほんの数秒だけ目を瞑り、そしてすぐに目を開いた。


「高台から遠くを眺めている。草原で横たわって泣いている。あとはある誰かを探している」

「...どうやら能力は本当みたいですね」


 シロンが言った事柄は、どれもタカハシが過去に経験したことに関するものだった。


「ちょっといいかにゃ?」


 ここでマルチが二人の会話に割り込んでくる。


「シロンはじゃあ自分の見た過去を私たちに伝えてどうしたかったのにゃ?」

「私は...この白い鍵を辿っていけば自分の記憶を取り戻すことができるかもしれないと考えて」

「じゃあ、目的は私たちと同じですね。これでシロンは名の通りシロと言うわけですね」

「も、もしクロだったらどうなってたと思ってるんだ?」


 恐る恐るルークスがタカハシに尋ねる。


「そうですね、シロンが中枢側の人間で、中枢を嗅ぎ回っている僕たちをあえて誘って皆殺しにするとか、ですかね」

「タカハシ、もうそれ被害妄想の域をとっくに超えてるよ...」

「そうだにゃ!シロンがそんなひどいことをするわけない!!」

「あくまで可能性を一つ潰したまでの話ですよ。悪気はなかったのです、ごめんなさいシロン」

「ううん、私も紛らわしいことをしてごめんなさい...」


 これで一件落着かと思いきや、タカハシは最後に一つある付け足しをした。


「あとシロンの能力のことは、ランペルとミクニには黙っていようと思います」

「な、なんで!?」

「彼らの性格上、シロンの能力のことを考慮すると、また中枢に行くのがなんらかの理由で先延ばしにされてしまうかもしれないからです。僕もかなり用心深い方ですが、プロの用心棒として実績にあるあの二人はさらにその上をいく」

「確かににゃ」

「ルークスも、これ以上予定が引き延ばされることは喜ばしいとは言えないでしょう」

「まあ、そうだな。そう言うことなら協力するよ」

「シロンもそれで構わないですか?」

「うん、わかった」


 タカハシ、シロン、ルークス、マルチ。

 秘匿事項を抱えるにはやや人数は多いが、あくまで中枢にたどり着いてしまえばシロンの能力を隠しておく理由はなくなるため、それまでの短期契約だと思えば簡単な話だ。

 ルークスの言う通り、白い鍵に関しては中枢へ近づいてみないことにはわからないため、ここで用心深く待っていても事態は好転しないと踏んでのタカハシの判断だった。

 あとは自分の装備を整え、明朝を待つのみ。


 そのはずだった。


§


「誰だ、あんた」


 明朝まであと1時間というところ。

 装備を全員が整えている最中の出来事だった。


 突然リビングに、"黒い仮面をつけた男"が現れた。

 出入り口(ゲート)を使われた痕跡もなく、玄関を突破された様子もないことから、突然現れたその男に、ランペルは少し気後れしてしまった。


「いやね、これをもらいに来ただけですわ」


 すると、どんな手を使ったのか、先刻(さっき)までシロンの首から提げられていた白い鍵が、黒い仮面をつけた男の手の中に握られていたのだった。


「おまえさん方からこの"白い鍵"を奪って来いとの"上"からの通達でな?でももう用は済んでもうたわ」

「てめえ、少しでもそこから離れてみろ。こいつをぶっ放すぞ」


 装備を整えている途中であったランペルの両手には、銃が握られていた。


「ほぉ、二型散弾銃(スケープゴート)かいな。こいつはちと厳しいなぁ」

「白い鍵を渡せ」


 男の存在に気づいているのは未だリビングに居合わせたランペルのみで、他の面々は地下にある武器格納庫にて装備の準備をしていた。

 ランペルはこの場で大きな声を出してタカハシたちを呼んでも良かったが、この黒い仮面をつけた男の動きが読めない以上、この場に大勢を呼ぶのは危険と考えた。

 しかし、そろそろシロンが鍵をなくしたことに気がつくのも時間の問題であり、絶妙なタイミングがもうすぐそこに迫っていた。


「悪いな兄ちゃん。今日はここでお暇させてもらうわ」

「そうはさせるかよ」


 その言葉と同時に、弾丸を黒い仮面をつけた男に撃ち込んだ。

 轟音が部屋の中に反響する。

 しかし。


「逃げ足が早いな」


 既に黒い仮面をつけた男は姿を消してしまっていた。

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