参
自らの気持ちを内に閉じ込めて孤独に生きていくほかない気化太郎を、我々が支えてやらなければいけない。
そう決心した夫婦でしたが、気化太郎が6歳になった春、彼に一人の友達が出来たのでした。
3軒となりの家に住む小なつという同い年の少女です。
小なつは年相応に明るくはつらつとしており、無感情な気化太郎とは正反対の性格をしておりました。
二人は気化太郎の家の前に並んで座り、そこで話をして過ごすようになりました。
それだけが気化太郎に許された唯一の遊びだったからです。
そして家の中では、彼がいつ蒸発してもいいように、夫婦が常に聞き耳を立てておりました。
「気化太郎って、変な名前よね。あと笑ったり怒ったりもしないし、すごく変」
と、小なつ。
無遠慮な物言いですが、いくつもの蒸発を経て強かな精神を獲得した気化太郎は、この程度ではなんとも思いません。
「僕を表すにはぴったりの名前だ」
実に落ち着いた様子で、そう返します。
自分よりも大人びた態度の気化太郎に、小なつは少しふくれました。
「なんでぴったりなのよ」
「なんでだろうね」
「……ずっと家のなかに居て、きっとまだ何も知らないから、そんなふうなのね。今度一緒に原っぱへ行きましょうよ。そこには綺麗な花がたくさん咲いていて、小鳥や虫もいて、とっても楽しい場所なのよ。変な気化太郎も、ちょっとは人間らしくなるんじゃないかしら」
「人間らしく。ここを離れて――」
気化太郎は蒸発しないように、少しだけ悩みました。
家の中では夫婦が共に、冷や汗を流していたそうな。
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