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気化太郎  作者: トキタマケイ
2/5

 夫婦は赤ん坊に、気化太郎と名付けました。


 「ほら気化太郎、べろべろばあ」

 父親は気化太郎を笑わせようとしますが、彼の表情は微動だにしません。

 生まれてからもう半年が経過したというのに、気化太郎はまだ一度として笑顔を見せたことがなく、この日もやはり彼が笑うことはありませんでした。

 夫婦はとうぜん不安に思います。


 「どうしてかしら。べろべろばあ如きじゃ笑わないのかしら、今の子供って」

 「焦ることないさ。あれだけ元気に生まれて来たのだから、何か楽しいことがあればそれはもう大きな声で笑うだろうよ」

 父親は母親を励ましますが、やはり二人とも心配でたまりません。


 その時です。

 「あ、ちょっと失礼……へっくしょい!!!!!!!!」

 鼻にかゆみを感じた父親が、特大のくしゃみを放ったのです。


 それは日頃の育児疲れが彼に許した油断でありました。

 間近で聞いていた気化太郎は驚き、顔をひきつらせます。

 「しまった……!」

 固まって動けなくなってしまった父親の代わりに、母親が漬物壺を取りに台所へ走ります。


 ですが気化太郎は――。

 「きゃはっ、きゃはっ」

 気化太郎は、笑ったのです。

 そう、このとき彼は初めて笑顔を見せたのでした。


 「おお……おお……!」

 「気化太郎が笑った! 笑ったわ!」

 夫婦は手を取り合い、飛び跳ねました。

 それほどまでに、我が子の笑顔とは無垢で愛らしいものだったのです。


 「きゃはっ、きゃ」

 ――しかし気化太郎は、蒸発してしまいました。

 母親は慌てて壺を被せ、すぐに蓋をします。

 


 静まり返った室内で夫婦は二人、壺を挟んで呆然としました。

 やがて肩を震わせ、声も震わせて、父親がささやくように言います。

 「これは憶測に過ぎないのだが、いや……」


 壺へそっと手を触れ、彼は続けました。

 「気化太郎は『感情的になってはいけない』。ああ、神はなんということを」

 「どうすればいいというの」

 「この子はそれを知っていたんだ。だからずっと笑わなかった。俺達に心配を掛けないためであったのかもしれない。優しい子だ。それなら、たとえ感情を表に出さずとも、我々がこの子の心を分かってあげようじゃないか。なに、親として当たり前のことをするだけだ」

 「……そうね」

 母親は答えました。


 あまりにも多難な我が子の人生に、そう言う他なかったのです。

読んで頂きありがとうございます。

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