壱
どこぞの世界の、いつかの時代。
ある小さな村で暮らす夫婦の間に、一人の赤ん坊が生まれました。
それは元気な男の子で、けたたましい産声に二人はとても喜びます。
「元気な子だ。元気過ぎるくらいだ」
「嬉しい。この子が、私たちの子なのね」
母親は赤ん坊を抱きかかえ、涙を浮かべました。
しかし次の瞬間、なんと赤ん坊はふっと蒸発してしまったのです。
父親は何を思ったか、すぐに漬物壺を持ってきて、赤ん坊がいた場所へ被せてかたく蓋をしました。
「あなた……」
母親はどうしていいのか分からず、この世の終わりみたいな表情で父親を見つめていることしかできません。
「これはとんでもない。しばらくすれば元に戻るだろうか……」
冷静に言いますが、彼も心底困惑していたことは言うまでもありません。
・・・・・
次の日、父親が壺を振ってみると、中で赤ん坊が転がる手ごたえがありました。
「ふぇ……」
ですが喜ぶのも束の間、赤ん坊が泣きだしそうになったため急いでそれを取り出して抱きかかえ、必死にあやします。
赤ん坊が落ち着いたのを見て、父親ようやくはほっと胸を撫でおろすのでした。
「泣けば、この子はまた蒸発してしまうだろう。信じられないが、きっとそうなのだろう」
「生まれたばかりだというのに可哀想な。でもそれなら、この子には笑顔の絶えない人生を歩んで欲しいわ」
母親がそっと寄り添い、赤ん坊の頭を優しく撫でます。
赤ん坊はその手の温もりに、泣きもせず、笑いもすることなくただ身を委ねておりました。
それは自身が背負った定めを、この時すでに理解していたためでありましょうか。
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